対モンスターペアレント

北見 柊吾

対モンスターペアレント

 モンスターペアレントは「我が子を大切に思うばかりに」という建前のもと子供達のクラス内での序列を高く持つことで自身の承認欲求を満たそうとするあまり、特に学習発表会などの他の保護者も介入する機会には積極的に自分の子供を押し上げたがる。そのせいで最近は「七人の桃太郎」など主人公や物語に大きく関わる役の人間の数を増やして対策している学校もあるのだとか。

 しかし、例えば桃太郎であれば、「桃太郎」は役職を指す一般名詞ではなく桃から生まれた子を指す固有名詞である。つまり、桃太郎は一人しか要らない。

 複数の桃太郎が存在する世界線というのは、子供の自由な発想を育む柔軟な発想であるとも言えるが本来の御伽噺の伝承の妨げになるのではないだろうか。

 一人の主人公を複数人に増やすという案は、やはりいささか強引な解決策で、御伽噺を後世に大筋を変えることなく伝えていくためにも得策とは言えないのではないだろうか。


 そこまでを一気呵成に語った僕は、茜の顔色をうかがう。


「それで? 劇にクレームをつけるモンスターペアレントにはどう対応しろ、と?」


「そう、そこで劇を考えてきた」


「はぁ」


「聞いてくれる?」


「残業代が出るのであれば」


「パパ活的発想はやめなさい」


 茜は小さく笑うと、顎で僕に続きを話すように促した。


「そもそも、桃太郎を劇でやろうとするから問題なんだよ」


「と、言うと」


「登場人物も少ないし、浦島太郎と違ってタイやヒラメのような端役も少ない。合理的に増やすことができるのは、鬼くらいでしょ」


「まぁ、確かに。そうなれば、木の役が増え始めるし」


「浦島太郎も、楽しいことに溺れていちゃダメですよって言いたいだけだから、わざわざ劇をやる必要はないし。子供にそんなことを教えても、むしろ教育ママの狗にしかならないし」


「なんで、考え方がそう極端なのかな」


「そもそも、御伽噺は読み聞かせでいいの。御伽噺は往々にして報復くらいのテーマしかないから、それであればもっと主題のある劇を自分達で演じることによって、そのテーマに対す……」


「どういう目的で劇をやるかは知らないけれど。それで、前置きはいいから劇を考えてきたんでしょ」


「そ。聞いて驚くがいい、幼稚園児にも理解できる内容で、ちゃんと子供達に伝えたい主題もある。完璧よ、これ、本当に全国の劇で使ってほしい」


「あなたの『完璧』ほど信頼に値しないものはないんだけど」


「まず、主人公。複数人必要というニーズにもお応えして、主人公は民衆です」


「民衆?」


「そう」


 茜は、呆れた、とため息をつく。


「茜好きでしょ、フランス革命。ああいう感じよ、間違っても全共闘のイメージを持たないでね」


「その拘りも分からないけれど、とりあえず続きを聞いて判断する」


 そこに住む民衆は奴隷のような扱いを受けていました。檻のついた部屋に入れられ、毎日少ない食べ物で朝から晩まで働かされています。逃げることは許されません。仕事をサボっていると、監視員が起こります。


「こんな生活はもう嫌だ!」


 この苦しい生活に耐えかねて一人の奴隷が立ち上がりました。自分達を支配している監視員達を倒し、仲間とともに脱出しようとしました。

 仲間たちもだんだんと加わって、大きくなった民衆たちは指揮官のいる部屋へ押しかけました。


「僕達を解放しろ!」


「お前たちを解放しない。なんとしても解放しないぞ!」


 聞かない指揮官を、民衆は倒しました。


 解放された民衆は外へと飛び出しました。しかし、そこに警察が待ち構えており、民衆は捕まってしまいました。


「君たちは悪いことをしたから罪を償うために牢獄で生活をして、さらに労働によって罪の償いを図っているのに、それを脱獄するとはどういうことかな」


「主人公たちは反省して檻の中に戻り、また少ない食べ物をもらい、労働に励みます。みんなも、自分が間違えたらきちんと非を認めて謝ろうね。おしまい」


 最後まで話し終えると僕は茜に誇らしい表情を向け、どう、と訊く。


「二・二六事件を思い出した」


「あー。書きながら、ちょっと思ったけど、もっといい印象を抱いてくれると思った」


「それで、主題は?」


「もちろん、悪いことをしたら認めてごめんなさいしようねってこと。あと、大人に対しては声を上げて運動を起こせばいいってことでもないよってこと」


「……ひとまず、謝ることは大事だよってことね」


「そう、必要なのは懺悔ではなく贖罪だよってこと」


「それは、言葉が強すぎる気がするけどさ」


 茜は、台本を見ながら渋い顔をした。


「主人公たちが悪役なんだ」


「そうだね。典型的な叙述トリックだけど、これくらいなら子供達でも分かるでしょ」


「なんで、主人公たちが悪者なのさ。最近のダークヒーローの流行りに乗っかって? それとも主人公になった我が子に満足するモンスターペアレントを笑うため?」


 そりゃあ、と言いかけた僕は厭らしい笑いをしていたと思う。


「主人公はいつだって、損な役回りさ」

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