第17話 新風フレーバー



「そういえば瑞希さん、どうして瑞希さんは2年生で習う内容を勉強してたんですか?」


「……サボるための努力だよ。ほっとけ」


「でも凄いですよ。すごく難しそうな内容ばっかりでしたし」



 実際のところ、今日やった勉強は1年生で習う範囲の中でもだいぶ初歩の部分だ。しかし瑞希さんはそれを飛び越えているどころか一脱した範囲を勉強しているのだ。何か目的があるのだと思っていたのだが……



「お前も別に私に合わせて勉強する必要はないぞ。どうせ大変なだけだし」


「も、もう少しだけ頑張ってみます」


「はぁ、勝手にしろ」



 そんなことを言いながら俺たちは『ファミリア』へと帰っていく。まだ昼間ということもあってか学生よりサラリーマンの姿が多く、俺たちは少し目立っていたが。だが、カフェのある住宅街に入っていくにつれ人混みは徐々に消え気が付けば主婦などが多く見受けられるようになってきた。



「……暑いな」


「今が夏の中で一番暑いですからね」



 夏休みが終わったばかりとはいえ、まだまだ世の中は残暑のざの字も見えないくらいの猛暑に包まれている。確か今年は例年に比べて酷いそうだ。これも地球温暖化の影響なのだろうか。今はともかく、涼しいカフェの中に入って涼みたい。



 そんな思いを胸に歩き続けて数分、ようやくカフェに帰ってくることができた。通学時間もそこまでかからないし、本当にいい立地だ。俺は扉に手を掛け中に入ろう……としたのだが



「本日はありがとうございました!」



 中からばっと人が出てきて、俺は思わずよろめき後ろへと下がってしまう。なんとか踏ん張って転ぶことはなかったが、それでもちょっとびっくりした。瑞希さんも出て来た人物を訝しげな目で見つめている。



「あっ、ごめんなさい。それでは」



 一瞬だがその人物と目が合った。顔立ちは童顔っぽいがおそらく俺や瑞希さんより年上。大学生くらいだろうか? 髪は金髪で物凄く柔らかい口調でぱっと見優しそうな人だった。俺と瑞希さんはその人が去っていく背中を眺めているが、すぐに事情を聞くため揃って店内へと入る。



「ただいま帰りましたー!」


「おっ、お帰り二人とも」



 案の定というべきか、文乃さんは開店準備をしながら俺たちのことを待っていてくれた。さらにカウンターにはサンドウィッチなどの軽食を用意してくれていたらしい。俺たちは鞄を置いて席に腰かけた。



「舞宵君、学校はどうだったかな?」


「はい、初日からいろんな人と話せて、何とかやっていけそうでした」


「そうかそうか。それは上出来だ」



 そう言って文乃さんは俺たちにスープを出してくれる。コンソメが聞いててソーセージなども入っておりとてもおいしい。ちなみにこのスープはメニューには載っていない。オムライスやパスタなどで使う調味料や食材を使ったまかないである。



「それで文乃さん、先程お店を出ていった金髪の方なんですけど」


「ああ、見てたのか。それともすれ違ったかな?」



 そう言って嬉しそうな顔をする文乃さん。これは、もしかして……



「たった今、採用が決まった人だ。大学1年生の子さ」


「大学生……ね」


「そう。しかも日によってはお昼から入って来れるみたいだ。さすが大学生。モラトリアムを享受してるよ」



 そう言ってテキパキと開店準備を進める文乃さん。本来は俺たちも早く食べ終えて手伝わなければならないのだが、文乃さんに制された。ゆっくりでいいから昼食に集中してくれとのことだった。



「あの子の自己紹介とかはまた今度本人からね。その時まで楽しみにしておくように……といっても、明日から入ってくれるからすぐに会えるよ」



 どうやら明日からこの店で働いてくれるらしい。俺と瑞希さんは明日から通常授業となるため、夕方までは学校に拘束される。おそらくその人とは夕方のシフトの時に会えるだろう。



「どうだ、嬉しいだろ瑞希ちゃん。かわいい女の子だよ」


「……別に」


「なんかムスッてしてるね。ちなみにその子は近所で一人暮らしだ。このビルには住まないらしい」


「いや、そんなことアタシに教えられても」



 相変わらずというべきか、ぶっきらぼうな言葉のキャッチボールを続ける二人。一見瑞希さんは新しい人が入ってくるのが気に食わないように見えるが、これはおそらく緊張しているのだ。瑞希さん、人づきあいがあまり得意なタイプじゃなさそうだし。当日は俺もフォローに回らないとな。



「そんなに心配しなくても、とってもいい子だよ。私、これでも人を見る目だけはあるからね」


「別にそこを疑ってるわけじゃねーよ」


「可愛いと思ったら可愛げがないなぁ瑞希ちゃん。ほら、せっかく美味しいものを食べてるんだしスマイルだ」


「……あむあむ」


「とうとう無視されたよ舞宵君」


「あ、アハハ……」



 そんなこんなで昼食を食べ終え、俺たち二人も開店の準備を始める。明日からは休日以外できなくなってしまうので、少しでも文乃さんの負担を減らすために今日はいつもより頑張った。


 後願うとするならば、文乃さんが採用を決めたという大学生の人が良い人であると願うばかりだ。少なくとも俺は職場の先輩ということになるし、いい関係性を保ちたい。それと必要なら瑞希さんとの懸け橋になってあげないと。だって瑞希さんのあの性格じゃいろいろ誤解を招いて怯えさせてしまいそうだし。



 そして今日もカフェ『ファミリア』での一日が始まる。















 一方その頃学校では




「……」



 一人の少女が、いなくなった舞宵の席を見つめていた。その少女は始業式から帰る際に舞宵に近づいてきた少女であり、騒がしいこのクラスで比較的無口な少女。舞宵の記憶喪失が発覚し混乱していたこのクラスで唯一大人しかった生徒と言っても過言ではない。



「なんだよ、素っ気ない態度取ってたけどやっぱりお前も心配なのかよ……猫宮」



 その少女、猫宮桐乃ねこみやきりのは近づいてくる遠藤を尻目に小さなため息を一つ溢す。面倒くさい奴に絡まれたという感情を一切隠そうとしていない。だが遠藤はそれが猫宮の性格だと知っているので構わずに話を進める。



「お前、ある意味で伏見よりあいつと距離近かったからな」


「別に」


「そうか? 気が付けばあいつの隣にいたろお前」


「関係ないよ」



 からかい交じりに猫宮の心配をする遠藤。今回の記憶喪失の件で一番傷ついているのは間違いなく伏見なのだが、それと同等以上に傷ついていてもおかしくないのが猫宮だと遠藤は考えていた。


 なにせ、男友達の自分よりも舞宵と猫宮の距離感はほぼゼロに等しいくらいに近かった。それこそ、伏見が影で嫉妬するくらいには。付き合っているのかという疑問に両者否定していたが、それが事実だとしても異様な距離感だったことに変わりない。だがどうあれ、猫宮が舞宵と親しかったのは確か。多かれ少なかれ、心に多少のダメージは負っているはずだ。



「無理、してるんじゃないのか?」


「え、なんで?」


「いや、なんでってお前……」



 心配をしたのだが、真顔で疑問をそのまま返されてしまい思わずたじろぐ遠藤。



 そういえばと遠藤は思い出す。猫宮が全くつかみどころのない人物だったということに。一学期あればほとんどの人が本当の性格を親しくなった友人にさらけ出してくる。だが、猫宮だけは終始クールな性格を徹底していた。いや、クールというより素っ気ない猫のような性格だったのだが。



「私のことは、ほっといて」


「……わーったよ。もう知らねーよ」


「……」



 そう言ってそのまま帰路に着く猫宮。一方の遠藤はほかの友人と舞宵のことを再び話すことにしたようだ。彼にとって七識舞宵はそれほどに大切な友人だったのだ。



 それとは対照的な態度で、教室を出る猫宮。



「私は、舞宵が幸せになれたなら、それで……」



 彼女のその呟きは、教室で騒いでいるクラスメイト達には聞こえなかった。











——あとがき——


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