第16話 粗挽きエモーション


「おいおい、本当に記憶喪失になっちまったのかよお前」


「?」

 


 この日最後の授業が終わると一人の男子生徒が俺の元へとやってきた。確かこいつは朝登校してきたとき、俺に一番最初に絡んできた男子生徒だ。確か名前は……



「もしかして俺の事忘れたのか? 遠藤だよ、遠藤聡えんどうさとる。聡でいいぜ」


「わかった。聡」


「おお、やけに素直だな。いつものお前なら、『ははっ、何言ってんだよお前。頭おかしくなったのか?』みたいに一度は反抗してくるのに」


「え、ええっ!?」


「いや、お前に驚かれてもな……」



 俺って、いったいどんな奴だったのだろうか? どちらにしろ俺に以前の記憶はない。だからこそ彼らとも新たな関係を築かなければならないのだが、やはりみんなは戸惑ってしまうのだろう。いや、もうすでに戸惑っているよな。



「それより、色々困ってるだろ。今日は俺と一緒に帰ろうぜ」


「あ、それなら私もご一緒します。遠藤君だけだとどんなトラブルに巻き込まれるのかわかったものじゃないので」


「伏見もかよ。お前は舞宵と一緒に帰りたいだけだ……イデッ!?」


「え・ん・ど・う・く・ん?」


「あ、はい。なんでもないですどうかご一緒させてください」



 そう言って俺と帰る予定を立てる二人。友達(まだ距離は空いているが)と一緒の登下校。まさに、青春って感じだ。これが文乃さんが俺に体験させたかったことなのだろうか。その気持ちが、今なんとなくわかった。だが、あいにくだが俺には先約がある。この後、瑞希さんと校門の前で合流する約束をしているのだ。



「悪いけど、この後用事があるから」


「ふーん、それなら仕方ないな」


「まあ、そうですよね。色々と差し出がましいことをしてすみません」


「あ、いや、大丈夫だよ。また今度お願い」



 二人にはそう言って無難にやり過ごした。とりあえず瑞希さんに事情を話して、クラスの人と放課後を過ごしたりする時間を作ってみよう。あ、そこに瑞希さんを誘うのもいいかもしれないな。まぁ、瑞希さんは人と群れるのが苦手そうだが。



「よーしお前ら、帰りのホームルーム始めるぞー」



 そうして担任の先生がやってきてこの日は放課後になった。俺は鞄に教科書を詰め込んで一目散に教室を飛び出そうとする。しかし俺が席を立ちあがる前にまた遠藤が俺の元へとやってきた。



「そうだ七識。お前スマホ変えたんだろ? 連絡先教えろよ」


「あ、それなら私もお願いします!」


「ああ、うん。いいよ」



 俺はスマホを取り出し、チャットのアプリに二人の連絡先を交換する。おお、連絡先が少しずつ増えていくのは少し楽しいな。これがスタンプラリー気分なのだろうか。



「それじゃ、困ったことあったら呼べよ」


「わかった」



 そう言って遠藤は俺より先に教室を出ていった。リュックサックも大きかったし、何か部活でもやっているのだろうか? 俺はカフェでのアルバイト上がるし、部活動はできそうにないな。



「七識くん。この連絡先を他の人にも教えてあげていいですか? 七識くんと連絡が繋がらなくなったという人がこの夏休みでたくさんいたので」


「あ、ごめん。いいよ」


「はい、それじゃ一人一人に教えるのは面倒くさいのでこのクラスのグループチャットに招待しておきますのでご参加ください」



 すると俺のスマホがバイブレーションで震える。どうやら早速スマホを操作して俺のことを招待してくれたようだ。それにしてもグループチャットか。カフェに続き二つ目の参加だな。とりあえず、そろそろ校門の方へと向かうか。



「じゃあ、俺はこれで」


「あっ、はい。じゃ七識くん、また明日会いましょうね」


「ああ、また明日」



 そうして伏見と挨拶をして席を立ちあがる俺。他にも俺と話したそうな人もいたが、また今度ゆっくり話してみることにしよう。そういうときに、カフェで培われたコミュニケーション能力が役に立つのだ。そうして俺は教室を出る。



(えっと、昇降口はあっちだよな)



 校内のマップはまだうろ覚えだが、さすがに外に出るくらいはできるだろう。そうして俺は放課後になってできた人混みの中をかいくぐり、昇降口まで戻ることができた。周りを見渡してみるが、まだ瑞希さんが来ている様子はない。どうやら早く来すぎてしまったようだ。



(仕方ないし待つか)



 俺はスマホを弄りつつ瑞希さんが来てくれるのを待つ。ちなみに午後からはカフェで普通に働くことになっている。今回、というか今までは開店時間から働くことができていたが、これから俺と瑞希さんは夕方からの参加になるだろう。本当に早いところ追加の人員を何とかしてもらわないとな。俺たちはともかく、このままじゃ文乃さんが過労死してしまう。



(それにしても、凄く濃い時間だったな)



 午前中だけのスクールタイムだったが、疲労してしまうくらいにはたくさんのことがあった。俺の記憶がないことが速攻でバレるというのは想定外だったが、それでも今日一日全体を見れば、上手くやれた方だと思う。少なくとも不登校になろうとかそういうことは思ってない。きっと俺は周りに恵まれてたんだろうな。


 そうしみじみしていると、昇降口から瑞希さんがやってくるのが見えた。瑞希さんの友達がいたらどうしようかと思ったが、彼女は一人でこちらへとやってきた。同じ学校とはいえ、知らない人がいたら絶対に気まずくなるだろうなと思っていたのでその点に安心する。



「おい、さっさと行くぞ」


「あ、ちょ、待ってくださいよ!」


「目立つんだよ、いつまでも校門の前で突っ立たれてるとな」



 そう言って瑞希さんは俺に声を掛けた途端に早足で歩きだした。周りの目があるからだろうか、その足取りは登校の時より早い。俺は慌ててその後を追う。すると瑞希さんも徐々にペースを落としてくれた。



「で、どうだったんだよ。念願の学校は」


「念願ってわけじゃなかったですけど。でも、そうですね……すごく面白そうでした」


「勉強のために作られた監獄のことを楽しそうって、お前の脳内はお花畑か」


「いや、勉強の為だけじゃないと思いますけど……」



 そうして一緒に歩きながら、俺は今日あったことを瑞希さんに話した。彼女は複雑そうな顔をしていたものの、俺がクラスに馴染めた……かどうかはまだわからないが、その一歩を踏み出せたことを素直に「よかったじゃん」と誉め、喜んでくれた。何がともあれ、俺の(新)高校生活一日目は滞りなく終了するのだった。













「おいおい、そう落ち込むなよ伏見」


「逆に、どうして遠藤君は落ち着いてられるんですか!」


「俺だって混乱してるよ。でも、俺らがあたふたしてもあいつが困るだけだろ」


「それは……そうですけど、でも!」



 舞宵が立ち去った後の教室で二人は言い争いをしていた。議題はもちろん、二人にとって大切な存在である友人のこと。最初は混乱したものの時間経過による落ち着きを見せていた伏見。しかし、ここにきて溜め込んでいた混乱が爆発したのだ。



「お前の心中はお察しするよ。正直慰めの言葉が見つからない」


「……何のことですか?」


「だってお前、あいつのことが好きだったんだからさ」


「か、からかわないでください」


「まあそう言うな。お前にとっては真剣な悩みだろ。というか、みんなだって混乱してるし」



 二人が周りを見渡すと、放課後になったにもかかわらず帰らない生徒が多くいた。彼らが話しているのはもちろん舞宵の事。混乱しているのは自分たちだけではないと痛感し、伏見はようやく落ち着く。



「……やっぱり私、七識くんのところに行ってきます」


「お?」


「きっと七識くんは困ってます! 私が助けてあげないと」


「ちょ、伏見?」



 そう言って伏見は慌てて鞄に荷物を詰め込んだ。舞宵が出ていったのは3分ほど前なので今行けばすぐに追いつけるだろう。遠藤が目を丸くして自身の事を見つめてきたがそれを無視して急ぎ帰り支度を済ませた。



「それじゃ、私行ってきます!」


「お、おう。気をつけてな」



 遠藤は伏見の行動力に呆れつつもそう言って伏見を送り出す。そうして伏見はものすごい勢いで教室を出ていった。そしてそれを見守るクラスメイトが笑いながらつぶやいた。



「恋っていうのは、とんでもない原動力になるんだな」


「あいつの場合、猪突猛進と言えなくもないがな」


「いや、意外と奥手だろ。ずっと告白するのを照れて先送りにしてたし」



 思い思いに自分が感じたことを話しているクラスメイト達。彼らも彼らで混乱しているのだが、そんな中好きな人の為に突き進む伏見の姿に安心するのだった。




 そして一方の伏見はというと……



「え……だれ、あの女の人?」



 教室から走って奇跡的に舞宵のことを見つけることができた伏見。しかし、必死胃追いついて見つけた自分の好きな人が知らない女の子と歩いている姿を見て呆然とするのだった。










——あとがき——

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