第15話 高校生デビュー(二度目)
「どどどっ、どういうことだよ七識!」
「だ、大丈夫なの?」
「俺のこと覚えてるかっ、なぁ?」
ショートホームルームが終わった瞬間、俺は息つく暇もなくクラスメイト達に詰め寄られていた。あるものは机を揺すり、顔を覗き込み、何度も質問をしてきた。だが俺はそのほとんどに答えられず、しどろもどろになってしまう。
「こらこら、七識が困ってるだろ。あんまり詰め寄るな。一応半月ほど前までは病院患者だったんだぞ」
そう言って担任が宥めると生徒の勢い落ち着く。だが、それでも周りの生徒たちが納得のいかない顔をしているのは間違いない。きっとナナシマヨイはみんなとすごく仲が良かったんだろうなとつくづく痛感する。なんか、申し訳なくなってきた。
「えっと七識くん、私のことは覚えてますか?」
俺にそう言ってきたのは隣の席に座っている伏見さん。だが当然覚えているわけもなく、俺は正直に覚えていないといって謝った。
「その、ごめんなさい」
「……そう、ですか。い、いえ、いいんです」
彼女は悲しそうに目に見えて落ち込んでいた。隣の席というからには、きっと彼女は俺と仲が良かったのだろう。余計に申し訳なさが増してきた。そして一時間目の授業が始まる……というわけでもなく、すぐに教室を出て体育館に移動する。今日の一時間目は始業式となっているのだ。俺は周りの生徒が移動するのを見て慌てて後を追いかけようとする。だが
「あ、七識君。私と一緒に行きませんか?」
「えっと、お願いします」
伏見さんがそう提案してくれた。どうやらすべてを忘れてしまった俺に気を遣ってくれているらしい。だが、彼女はどこか寂しそうで、不服そうだった。けどそれを言葉にすることはなく、ついでに通った場所にある教室もいくつか紹介してくれた。そしてそのまま一緒に体育館に入る。
「わぁ、広い」
「ふふっ、私も初めて見た時はそう思ったなぁ」
そうして俺たちはクラスの人たちが並んでいる場所に近づきそのまま腰を下ろした。ふと隣のクラスを見てみると瑞希さんの姿が見えた。カフェで働いているときよりも尖った雰囲気というか、また違う顔を持っているのかもしれない。すると、俺の後ろに座っていた伏見さんが俺の肩をつついてきた。
「あの、七識君。本当にすべて忘れてしまったのですか?」
「えっと、人間関係については、うん」
「そう、ですか。それは寂しいですね」
すると今度は目に見えて落ち込んでしまった伏見さん。だがすぐに笑顔を作り、その悲嘆そうな雰囲気を切り替えた。
「えっと、私は七識くんにとてもお世話になってたんです。だから、わからないことや困ったことがあったら私に何でも聞いてくださいね」
「その、ありがとうございます」
「敬語じゃなくていいんですよ。私はもとからこんな口調ですけど、七識くんはもう少しフランクな口調でした。なんていうか、今の七識くんは違和感が凄くて」
そうか。確かに口調とかそういう細かい所は意識したことがなかった。今までは敬語を主体にしていたせいでこれが身に染みてしまい当たり前だと思い込んでいたのだ。少しいいことを聞いたかもしれない。早速実践してみよう。
「あ、やっぱり今のは私のわがままですよね。すみません、忘れてくださ……」
「えっと、こんな感じでいいか?」
「っ!?」
試しに砕けた口調で話してみたのだが、その途端に伏見さんは伏せていた顔を上げ驚いた顔で俺のことを見てきた。何か失敗しただろうかと考えていたのだが、伏見さんは唇を震わせながら縋るように確認してくる。
「七識君、本当に記憶喪失なんですよね?」
「そう、だけど」
「……すみません、少しトイレに行ってきますね」
そう言うと伏見さんは立ち上がりクラスを離れ体育館を出ていった。ここを出てすぐ右にトイレがあったのできっとそこに行ったのだろう。悲しそうな顔をしていたのが気にかかったが。
その後、伏見さんが戻ってきたタイミングで始業式が始まった。夏休みはどうだったとか、二学期は気を引き締めてとか当たり障りのない会話から始まり、生活指導や進路指導の先生から話が合ったりとゆっくり時間が過ぎていった。
(……誰一人として顔を覚えてないや)
もしかしたらと淡い希望を抱いていたのだが、この学校に入ってから誰一人として知っている顔がいない。いや、記憶喪失だから知っている顔など端からいるはずもないのだが、もしかしたら何かをきっかけに思い出すなどがあるかもしれない。だが、今のところそんな兆候はない。やっぱり俺は、一生このままなのだろうか。
「えー、であるからして……」
俺が落ち込んでいると、今度は教務主任と名乗る先生が成績について話を始めていた。聞いた話を要約すると『この学校の成績が落ち込んでいる。赤点保持者が去年より増加した。良くない傾向にある』とのことだった。
「諸君らには夏休みに積み重ねただろう、勉学の成果を発揮して……」
(どうしよう、勉強について行けるかな?)
一応教科書は一通り読んでみたが、果たしてどれほどの授業が展開されるのだろうか。ここ数日なんてカフェの営業が忙しくてまともに勉強できていなかった。その分店は繁盛したのだが、それを引き換えに勉強時間を失った。
(……これは……神頼み、かな?)
とりあえず後のことは後で考えよう。そうして始業式が終わり俺たちはクラスごとに教室へと戻る。俺は置いて行かれないように自クラスの人たちに混ざって自分の机へと向かっていった。だが、そのとき
「……」
(ん?……ってうわっ!?)
ふと隣を見ると俺の腕に触れるか触れないかの距離で女子生徒が歩いていたことに気づく。髪は腰ほどまで伸ばした白髪で顔立ちの整った子。しかもなぜかその女子生徒は俺のことをじーっと見つめているのだ。気まずいというか、なんか竦んでしまう。
「えっと、なにか?」
思わず小声でそう問いかけてしまった。本来覚えてもいないクラスメイトに話しかけるのは関係性を危うくする恐れがあるので避けるべきなのかもしれないが、なぜか俺はこの少女に話しかけていた。
「……やったの?」
「はい?」
「……そう」
その女子生徒は俺に数度話しかけるとそのまま俺の下を離れていった。いったい何だったんだろうか? 幸い人には見られていなかったようだが、不気味だ。まあクラスメイトだろうし、また話す機会があるかと俺は今のやり取りを一度忘れ、教室までの道のりを覚えることに専念することにした。
その途中で何度か話しかけられたり違う方向へ歩きそうになるなどの出来事があったが、どれも不思議な笑いを生み出すという謎の現象を生み出していた。もしかして俺、笑われてる?
「それでは二、三時間目は普通に授業だ。それぞれ励むように。四時間目のホームルームまでには、色々と落ち着いていることを願う」
担任の先生はそう言い残し、教室を出ていった。始業式が予定より早く終わったので次の授業が始まるまであと15分ある。その時間を使って少しでも勉強しようかと思ったのだが、雪崩のような勢いでクラスメイト達が再び俺の元へと集まってきた。
「大丈夫か七識?」
「さっきは急に詰め寄ってごめんね」
「わかんないことあったら聞けよな」
「七ちん、ファイト~」
俺のことを心配してくれる人が沢山いて、俺は可能な限りその一人一人にお礼を言った。そのたびに変な顔をされたが、きっとそこが俺とナナシマヨイの違いなんだろう。こんな時、ナナシマヨイならどう答えていたのだろうか。
「はい、じゃあみんな席つけ。授業始めるぞー」
そんな風に過ごしていると、二時間目の授業を担当する先生がやってきた。俺が記憶を失ってから初めて受ける授業は数学だ。ついて行けずとも、せめて内容の理解くらいは多少できればいいのだが。
「それじゃ、教科書の75ページを……」
(……ん? 75ページ?)
俺は教科書を見て自分が事前にやっていたところを再確認する。確か俺が昨日せめて付け焼刃になればと思ってやっていたところは210ページ。え、思っていたより進行が遅い? 教科書の半分以上は行っているものだと思っていたのだが。
(って、そうだよ! 俺ってまだ高校一年生じゃん!)
追い詰められていたせいで忘れていたが俺はまだ高校一年生で、今日から二学期が始まった段階。みんなに追いつこうと躍起になりすぎてページを飛ばしすぎたようだ。さらに瑞希さんは二年生の範囲に手を付けているらしく、それがさらに俺の焦りを加速させてしまった。
俺は今黒板に板書されている内容を見る。あれは結構前に勉強したところで、何度も復習したためすぐに答えが分かる。だが先生が丁寧に説明している割に、周りの生徒の理解が遅れているように感じた。あれはそこまで難しい内容じゃないのに。
(あれ、ということは他の教科も?)
もしかしたら俺、色々とやりすぎたのかもしれない。ひょっとしたらやらなくてもいい場所までやっていた? いや、いずれは習う場所だし予習していて損はないと思うが、何か納得いかない。
そんな公開に苛まれていると、俺の左腕がつんつんと突かれた。隣を見ると伏見さんが俺の腕をシャーペンで小突いていたようだ。
「七識くん七識くん」
「伏見さん、何?」
「もしわからないところがあったら遠慮せずに聞いてくださいね。これでも私、勉強得意ので」
「へぇ、そうなんだ」
「というか、七識くんが先生にあてられたときに、こっそり答えを呟いて教えてたんですよ?」
「あっ、あはは。ごめんなさい?」
「まったくです。これを機にもっと勉強してください」
えっと、以前の俺がごめんなさい。あと伏見さん、ノートに書いてある練習問題の答え多分だけど間違ってる。あれ、なんでこんなに気まずいんだろう?
「それじゃあこの問題は……七識くん」
「あ、はい」
「この問題、答えられるかな? 無理なら無理と言ってくれていいよ」
先生は俺を当てて確認するようにそう言った。きっと先生も俺との距離感を測りかねているのだろう。しょうがないと言えばしょうがないが、やっぱりドキッとする。これが授業? という謎の感動に浸りつつ俺はノートで計算した結果を声に出す。
「えっと、この二次関数のxの最大値は5で、最小値は範囲が定まられていないためない……と、思い、ます」
「おお、正解だ。よく勉強しているね」
俺が答えたことに先生が感心したように褒め、周りの生徒はざわざわと驚いていた。あれ、俺変なこと言った? いや、でも先生は正解だって言ってたし……と、後ろの方から少し声が聞こえて来た。
「な、七識が正解、だと!?」
「おお、前は赤点ギリギリのはずだったのにね」
「やっぱ記憶喪失って本当だったのか」
(………………えー)
もしかして俺ってそんなに頭悪かった? そう言えばさっき始業式で成績が悪い生徒が多いって言ってたけど、あれってもしかして俺が含まれてる? あ、ヤバい、急に恥ずかしくなってきた。何やってんだよナナシマヨイっ! あと、正解できたことイコール記憶喪失と結び付けられたのちょっと悲しい。
「よ、よくわかりましたね七識くん」
「追いつこうと思って勉強してたから」
「……ふーん」
伏見さんは伏見さんでなんかちょっと不機嫌だった。正解したはずなのに解せない。だが不機嫌な理由を聞ける度胸が俺にあるはずもなく、授業はどんどん進んでいく。そして進み具合を見て確信した。俺が予習した範囲が一年生の範囲でも終盤にあたるということを。
そうして午前中までという短い時間を過ごし、俺は学校生活というものを体感する。こうして俺の新たな高校生デビューは成功なのか失敗なのかよくわからない形で幕を閉じるのだった。
——あとがき——
予約投稿忘れてましたすみません<( _ _ )>
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