第10話 しょーがねーな


 カフェの営業が成功を迎えた次の日。この日は瑞希さんと一緒にスマホを買いに行く約束をしていた。部屋で待機していろと言われたが暇だったので俺は掃除をして過ごしつつ、どのような装いでショッピングに行くかなど細かいことを気にしていた。



「……本当によかったのかな?」



 俺の机の上には少し厚みがある封筒が置かれている。あれは先ほど部屋を訪ねてきた文乃さんに渡されたものだ。



『舞宵君、肝心なことを忘れてたよ』


『どうしたんですか?』


『はいこれ』


『これって……お金ですか?』


『最新機種が買える程度の金額はあると思うから、分割じゃなくて一括で買っていいよ』



 そう言って無理やり文乃さんに押し付けられた。もちろん一度どころか二度は受け取るのを断ったのだ。だが文乃さんは



『だとしても、今の君にはお金がないだろ? 余った分は給料日までの生活費に充てていいから、もらっておいてくれ。まあ、特別手当のようなものだと思っておきたまえ』



 生活費のことを言われてはぐうの音も出ず、俺はしぶしぶそのお金を受け取った。まかないがなくなってしまったため食料調達の手段がなくなり死活問題だったので、こればかりは甘んじて受け入れるしかないだろう。いつかお返しができたらいいのだが。



「それにしても、文乃さんって何者なんだろう?」



 封筒の中にはそこそこの大金が入っているが、文乃さんは特に顔色を変えることなくその大金を俺に渡した。店の経営で切羽詰まっていると思っていたがそんな様子は微塵もなく、むしろ好調といっていいほどだそうだ。


 だが冷静に考えれば文乃さんほどの若さの人がどうしてカフェの店長になろうと思ったのだろう。そして、たった一年足らずでどうやってこれほどの資金を得たのだろうか? 考えれば考えるほど謎は尽きない。



 コンコン



 俺があれこれ考えているタイミングで扉がノックされ思わずビクッと身を震わせ驚いてしまう。だが、ちょうど約束の時間を迎えていたため待ち人が来たのだと察した俺はすぐに扉を開けた。



「ったく、出るのが遅いんだよ。ほら、さっさと行くぞ」



 瑞希さんはいつも着ている店の制服や部屋着とは違い、女子高生というより少しかっこいい感じのファッションをしていた。黒いパーカー付きのTシャツにダメージジーンズという瑞希さんの性格が出ているような服だ。



「今日はおしゃれですね。とっても似合ってると思います」


「あっそ。戯言言ってないでとっとと支度しろ」



 一応誉め言葉のつもりだったのだが瑞希さんにはあまり効果がないようだ。言われ慣れているか、言われるのが鬱陶しいかのどちらかなのだろう。あまり気軽に女性の衣服のことについて意見しない方がいいのかもしれない。今後の教訓にしよう。



 そうして俺たちは一階に降り、戸締りをしたことを確認して店を出る。俺にとっては2週間ぶりくらいの外出だ。相変わらず見慣れない光景なので新鮮さが損なわれていない。



「で、今日行くケータイショップだけど、ここでいい?」


「えっと……ド〇モ?」


「変なキノコがマスコットのとこ。軽く調べてみたけど、たぶんここが最安値」


「そうですか。じゃあそこでお願いします」



 謎のキャラクターに見入ってしまったが、瑞希さんがそう言うなら間違いないだろう。その後は瑞希さんのスマホのマップに従い店を目指す。近くの店舗までそこまで距離がないので三十分くらいで着くだろう。と、思っていたのだが……



「ここ、さっきも通りませんでした?」


「……」


「あの、瑞希さん?」



 店を出てからかれこれ一時間以上。すぐ着くと思っていた店舗は一向に現れず、先程も見たような景色が周りに広がっている。あの八百屋、十分くらい前にも通ったような……



「もしかして、迷……」


「迷ってねーし!」


「そ、そうですか」



 とりあえず瑞希さんをもう少し信じてついていくことにしたのだが、相変わらず一向に店舗は見えない。それどころか、当初訪れる予定のなかった河川敷の方へと歩いてきてしまった。ここってさっきちらっと見えた地図が正しければ、店舗と逆方向なんじゃ……



「えっと、瑞希さ……」


「はいはい、迷った、迷いましたよ。これでいーか!?」


「えっと、その……おぅ」



 瑞希さんが頬だけではなく耳も真っ赤にして大声をあげて来るので思わず変な声が出てしまった。とりあえず、俺たちは揃って迷子になってしまったと。何がともあれ、今はできることをするしかないだろう。



「えっと瑞希さん。もしよろしければ自分に地図を見せてもらってもいいですか?」


「いいけど、これ現在地がちょいちょいずれるからすげー見にくいぞ?」


「まあ、物は試しということで」



 そうして俺は瑞希さんからスマホを貸してもらい画面をのぞき込む。そこにはこの辺一帯の地図と自分の現在地、さらにはコンパスや尺度など様々な情報が詰め込まれていた。瑞希さん、こんなに詳しい地図を見て迷ったのか。



(えっと、あそこの道を直進してその角を右に……)



 なんとなくだが、大体の経路は分かった。何度か地図を確認しながらケータイショップに行くしかないだろう。俺は瑞希さんの方を見て意気込む。



「今度は自分が挑戦します。行きましょう!」


「いいけど、あんま無理すんなよ。多分変なところに出るから」


「えっと、頑張ります」


「ま、付き合うって言ったのはアタシだし、着いてってやるよ。もっともそう簡単には……」


















「ここですよね?」


「……だな!」



 あれから三分もかからずにショップへと辿り着いた俺たち。ちゃんと自分の位置を意識していればそう簡単に迷わず辿り着くことができた。ついた途端に瑞希さんは若干キレ気味だったが、さすがにこれは勘弁してほしい。



「オラ、とっとと入んぞ!」


「あ、ちょ、引っ張らないでくださいよ!」



 そうしてプンスカしている水木さんに連れられて、俺は引きずられるように店の中へと入っていく。そこには数多くのスマホやそのアクセサリーが飾られており、一瞬で目を奪われてしまった。瑞希さんは手慣れたように近くの機種に近づき眺める。



「お前はi〇hone? それともand〇oid?」


「えっと、愛フォンと、アンドロ……ロボット?」


「……そこからかよ」



 瑞希さん曰く、スマートフォンはOS(オペレーティング・システム)というソフトウェアによって成り立っているらしく、日本ではその二つが主流なのだそうだ。とは言われたものの、俺にはよくわからない。



「なんかこう、かっこよさとかでいいんじゃねーの?」


「うーん、そういわれても……」


「ったく、男ならバシッと決めろよな」



 だがこの店舗だけでも百種類に迫る勢いの機種が置かれており、その違いが説明を呼んでもよくわからない。しかも端っこの方にはガラケーが置かれているし、何ならそれでもいい気がする。まあ、さすがに現代では不便か。



 迷いに迷った俺は最後の手段を使うことにする。



「それなら、瑞希さんと同じやつとかは?」


「え、アタシの?」


「その方が色々と都合が良さそうなので」



 そして店内を見渡してみると瑞希さんと同じ機種のスマホを発見する。値段的には高くもなく安くもないと言ったところだろうか。スペック的にも普段使いする分には問題ない。文乃さんにもらったお金で支払っても、十分以上におつりがくる。



「おいおい、ほんとにそれでいいのかよ? もっといい機種はたくさんあるぞ。テンチョからお金貰ってんなら、ちょっとくらいは贅沢すればいいのに」


「いえ、いいんです。どうせなら、瑞希さんに教えてもらおうかなって」


「教えてもらうって、地図で迷うような奴にか」


「あーそれはまあ……ケースバイケース的な?」


「説明になってねーよ……ったく、しょーがねーな」



 俺がそう押し切ると瑞希さんは照れ臭そうにしながら肩をすくめていた。俺は間髪入れずに店員を呼び契約の手続きを始める。最初は未成年だけだったので胡散臭そうにしていたが、文乃さんが書いてくれた同意書を見せると案外あっさりと手続きを完了することができた。ちなみに瑞希さんの機種の色はイエロー。一緒にするのはさすがに攻めすぎだと思ったので、俺はブラックを選択した。



「では、こちらが商品になります。初期設定はこちらで行ってしまいますね」


「はい、お願いします」



 手続き中は瑞希さんが俺の後ろに立ち変な契約やオプションをつけられないか見守っていた。だがそんな話を持ち掛けられることもなく、取引はスムーズに進んでいきそのままスマホをケースごと受け取った。



「よかったじゃん」


「はい、ありがとうございます!」



 俺は店を出てすぐにスマホを開封し、一緒に購入したケースにはめて早速起動しようとした。だが、購入したばかりのせいかバッテリーがゼロで画面は真っ暗のままだった。



「はしゃぎすぎだろ。ほら、帰んぞ」


「ちょ、待ってくださいよ!」



 そうして走り出した瑞希さんを追いかけるように俺は街を駆け抜けた。目の前を走る瑞希さんの足取りはどこか軽々しく、まるでうれしいことがあった後のようだ。対する俺は病院生活の影響もあってすぐに息を切らしてしまう。だが、こんな日常がいつまでも続けばいいのにと思うくらいに、俺はこれからの生活にワクワクしていた。



 ちなみにその後、俺は走り去る瑞希さんについて行ったのだが彼女が明後日の方向に走っていたことが発覚し運悪く彼女のスマホもバッテリー切れに。そのまま二人そろって本当に迷子になってしまうのだが、この時の俺たちは浮かれていてそんなことは知りもしない。


 そしてそのまま仲良く交番のお世話になりましたとさ。

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