【KAC20224】身の程知らずは滑稽って話

姫川翡翠

東藤と村瀬と真面目な話

「たまには真面目な話をしよう」

「どうしてん急に」

「たまには真面目な話をしよう」

「botかよ。真面目な話ってなんやねん」

「世界平和とか」

「薄っぺらいなぁ」

「こうして僕らが何でもない日々を送っている他方で、世界中ではいろいろな人が病気とか、戦争とか、飢餓とかで苦しんでいて、多くの人が亡くなっている現実を、東藤はどう思うんや」

「それはどうしようもないやろ。自分の無能さと無力さを噛みしめて、謙虚に生きるしかないんとちゃうか」

「それじゃあかんやろ!」

「そんなこと言われてもなぁ。それで村瀬はどうしたいん」

「僕はそういう人らを救える仕事に就きたい」

「それで?」

「それでって?」

「だから、そのために村瀬は何か努力をしてんの?」

「英語の勉強」

「あほか」

「なんで」

「世界平和のために英語なんかやっても何の意味もないやろ」

「そんなことないって」

「じゃあなんや? イギリス人とかアメリカ人とかは誰でも世界平和を実現できるんか?」

「それは……そんなことないやろうけど……」

「そりゃコミュニケーションのためにであることを否定はせんよ。でもではない。究極的には、村瀬の掲げるのためにはほとんど役に立たんと断言してもいい。苦しんでいる人たちの何人が英語を喋れるんや? 英語を喋れたら食べ物が湧いてくるんか? 病気が治るんか? 英語が話せればもできるんか? 結局お前は楽して偉そうにしたいだけなんよ。なんの覚悟もないし、自分の無能さにも気づいてない。ただ無意識に、いま苦しんでいる人々を——ひいてはのんびり平和に暮らしている人々のことも見下してるんや。『あなたたちには無理だから、私が救って見せます』って、なんぼほど傲慢やねん。神様にでもなったつもりか? たかだか英語ができるくらいで? 厳しいこというけどな、そんなしょうもない覚悟で世界平和とか、それに貢献する仕事に就く宣言するとか、完全にお笑い種やで。下手なコメディよりも笑えてくるわ」

「……」

「泣くなよ。別にお前のこと否定したいわけじゃなかったんや。ごめんって。まあなんや、俺も多少考えたことあるよ。中二病やったからな。ちょっと過去の自分と被ったっていうか、だから熱くなってしまった」

「泣いてへんし。……でも僕は諦めへんから」

「おう。応援してるで。そんで将来俺のことも養ってくれや」

「それは嫌や」

「なんでやねん。俺も『働きたくない病』で苦しんでるんやから助けてくれよ」

「将来かぁ」

「え? 無視?」

「東藤はなんかないん?」

「俺? そうやなぁ。どうでもいいけど空飛びたい」

「飛行機乗れば?」

「そういうのちゃうやん」

「じゃあ屋上から飛び降りるとか」

「婉曲的に自〇を勧めるな。いや、よく考えたらめっちゃ直球やな飛びゆうてるし」

「いや、天に召されるという意味で飛べる」

「やっぱり〇そうとしてるやん」

「でも東藤では無理か。地獄に落ちるやろうから」

「なんなん? もしかしてさっきの意趣返しか?」

「うん。東藤のくせにってむかついた。反省はしてない」

「ほらみてみぃ! 『くせに』って、やっぱり人のこと見下してるやないか!」

「当たり前やろ? 東藤なんやから」

「なにを! このやろうっ!」

「やめとけって。お前体力ないんやし、僕を追いかけても、1人で疲れるだけやで」

「はぁはぁ。そうやった忘れてた。はぁ」

「アホやなぁ」

「お前には言われたく、ない。ふぅ。まぁなんや。コミュ力あって、ちゃんと努力もしてて、だからそこそこ勉強も運動もできて、周りから『いいやつ』って慕われてる村瀬が、なんでこんなひねくれてる俺を『友達』というのかとか、その異様な正義感とか。高校からの付き合いの俺にはお前の過去に何があったのか全然しらんけど、もっと肩の力抜いて生きたらええんとちゃうか?」

「おいおい。そんなに褒めんなよ」

「過大評価やったわ」

「じゃあ次の真面目な話をしようか」

「えー。いややぁ。面白い話がいい」

「過去に戻れるなら何をしたい?」

「いうほど真面目な話か? 暇つぶし定番の話題やん」

「僕はいじめられてた同級生を、今度こそ救いたい」

「おんもっ。めっちゃ真面目な話やん」

「大したことじゃない。小中学生の頃は『友達』が多かった。自分で言うのはなんやけど、学校内ヒエラルキーってのがあったとして、それを自由に入れ替えられるくらいの影響力を中学の頃は持ってた。なんかよくわからんけど、僕はみんなから好かれてたから」

「ふーん」

「信じてもらえんかもしれんけど」

「いや、まあ嘘やとは思わん」

「ありがとう。それで続きなんやけど、僕がヒエラルキーを自由に入れ替えられる影響力を持っていたといっても、所詮は『入れ替え』で、ヒエラルキーそのものを破壊して平らにすることはできひんかった。誰かが上がれば、誰かが落ちた。そんで、『最底辺』を持ち上げることもできなかった。最底辺っていうのは、『いじめられてる人』のことや。僕の中学ではいじめがあった。僕は心の底からいじめが嫌いやった。みんなで仲良く楽しく過ごしたかった」

「それで?」

「もちろん知ってすぐ、いじめはやめろってブチ切れた。そうしたらなくなった——表面上では。僕がブチ切れた結果、いじめは見えないところで行われるようになって、より陰湿で悪質なものに変わった。僕はその子が不登校になるまで気が付かなかった。色々なことが嫌になった。いじめを続けたあの人たちとか、助けを求めなかったその子、なにより気が付かなかった僕自身に。そんで全部諦めようと思った。全部諦めて、何もかも見ないようにすれば——自分が認知しなければ何もないのままやから。全部リセットするために、高校は地元の人間が誰もいない遠い場所を選んだ。出会って最初になんでそんな遠いとこからわざわざって東藤は聞いたけど、そういうこと。本当は友達を1人も作る気はなかった。けどなんやろな、東藤と出会って、なぜかお前とは友達になりたいって思った。もしかしたら、いじめられてたその子と雰囲気が似ていたからかもしれん。しょうもない罪滅ぼしやったんかな。はは。笑ってよ。気持ち悪い」

「村瀬……」

「まあ実際は全然ちゃうかったけどな。その子はお前みたいに人格破綻者じゃないから」

「おいおーい! シリアスに悪口混ぜ込んでくんなや! 笑ってまうやろ」

「だから笑ってほしいんやって。笑い話やし」

「え? 笑ってよかったん? あははっ、なんやはよいってよ! 我慢して損した。あはははは! なんかいきってシリアス感出してかっこつけてるけど、自分、全然決まってないで? あはははっ! 自分語りきっしょ!!」

「えぇ。マジで人格破綻してるやん……」

「しかもお前矛盾しまくってるしな。結局人と関わりたいのか関わりたくないのか、みんな救いたいのか救いたくないのかどっちやねん」

「わからん」

「お前アホやしな」

「うっさいわ」

「お前コメディアンとか向いてるで。今日の話はどっちもおもろかった」

「……」

「いった! 無言で殴ってくんなや! ……とりあえずやで。村瀬は極端すぎるから、もうちょっと自分の限界を知る努力から始めたら? 『世界平和or自分の世界に引き篭もる』とか頭悪すぎるっていうか——これは茶化すわけじゃなくて真剣な話。せめて自分の手の届く範囲を調べてみるとか、やれることをちゃんとやってから悟った風になってくれないと、マジで滑稽にしかみえへん。できることからやっていこうや。必要なら俺も手伝うし」

「うん。そうする」

「素直やな。どうしたん?」

「たまにはそういうときもある」

「普段からそうあってほしいけどな」

「もうええわ。疲れた。飯食いに行こ」

「ええで。村瀬のおごりな。相談料」

「〇ね」

「だからいたーい!!」

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【KAC20224】身の程知らずは滑稽って話 姫川翡翠 @wataru-0919

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