26.節目

 

 おれとヒースクリフは静かな居室のソファーにどっぷりと身を預け、ようやく一息ついた。



 そこは王都にあるギブソニア家の別宅。



「お疲れですね。何かあったんですか?」



 心配そうにヴィオラが尋ねてきた。



 何か。

 あった。

 あり過ぎた。




「ヴィオラ、ロイドが騎士になったよ」

「そうですか」



 ヴィオラが紅茶を淹れて、テーブルに運んだ。



 お盆を抱えて、おれたちがそれを飲むのを見ている。



 しばらく経った。



「えぇ~!! 坊ちゃまが騎士ですか!!」

「遅っ」

「しかも、王女殿下の近衛騎士『紅月隊』に入団した」

「‥‥‥坊ちゃまが? どうすれば姫様の誕生日パーティーでそういう話になるんですか?」



 おれにもわからない。


 気が付いたらなってたんだもん。



「だが、まぁ悪い話では無い」

「そうでしょうか」

「近衛騎士とは言っても学院には通える。それに王宮騎士は間違いなく名誉な使命だ」

「父上?」



 メリットを上げてもそれだけだ。

 それに対してデメリットは上げたらキリがない。



「えぇ~、悪い話どころか、すごいことじゃないですか!」

「そうだね」

「6歳で王宮騎士だなんてすごいです坊ちゃま!!」

「そうだね。でも入隊するのは『紅月隊』で、姫様の近衛騎士だ」

「はい‥‥‥?」



 ヴィオラは首を傾げた。



 有名なことだ。

 王族にはそれぞれ近衛騎士が就く。



 国王には『金冠隊』

 隊長はヴァイス・スパーダ卿。

 王妃には『金華隊』

 隊長はリア・ハート卿。

 王弟には『銀河隊』

 隊長はデリック・スパーダ卿。

 王太子には『蒼天隊』

 隊長はハイウエスト・スパーダ卿。

 第一王女には『紅月隊』

 隊長はマイヤ・ハート卿。

 第二王女には『緑玉隊』

 隊長はコレット・ハート卿。



 スパーダは男性王族の近衛騎士の称号。

 ハートは女性王族の近衛騎士の称号。



 そして、スパーダを持つ騎士は男。

 ハートの騎士は女だ。



 一応言っておくとおれは男だ。

 実は女の子でしたー!



 という設定は無いから。



「え? 『紅月隊』は女性騎士の方しかいなんですか?」

「いじめられる」



 おまけに仕えるのは王女。



 人に運命を感じさせる特別な人間だ。

 まだ10歳なのに、人を従える天性の力を持っている。



 ああいうのをカリスマというのだろう。



 でもまだ子供だ。



「お姫様とは仲良くなれないですか?」

「ううん。そんなことはないけど‥‥‥」




 叙任されて、システィーナはおれを部屋に招いた。



 それからは質問攻めだ。


『どうやって魔法を覚えたの?』

『魔法をもっと見せて』

『今までどこに行ったことあるの?』

『下町の暮らしはどう?』

『冒険者は怖くない?』

『どうやってボスコーンを倒したの?』



 彼女は話し相手が欲しかったのだ。

 平民生まれで魔法が使える珍しい子供に対する好奇心。



 それがおれを騎士にした理由。



「姫は賢い方だ。それに姫のおかげで、四大貴族も退いただろう」



 それぞれが娘やら孫をおれに紹介してきた。

 また奪い合いだ。



 でも、騎士だから姫が部屋に引っ込むタイミングで連れ出してもらえた。



 四大貴族の争いなどシャレにならない。



「でも、ジェレミア公に恨みを買いましたよね」

「それも、姫の騎士である間は安全だ」



 命はね。


 嫌がらせは続きそうだ。

 ジェレミアだけではない。



 おれが『紅月隊』に入ることを嫌そうにしている者はたくさんいた。


 騎士には従騎士たちがいて、彼女たちも騎士を目指している。

 そんな彼女たちの列をおれは横入りしたような形になったのだ。



 剣の実力も無いのに。



「今からでも魔導顧問になりませんかね」

「あんなに立派な宣誓をしておいて何を言っているんだい。ロイド、君はまだ6歳。これから剣も伸びるさ。あのマイヤ卿から一本取ったんだから」



 マイヤ卿は有名な騎士。



 元は西にある小領の地方貴族の出で、剣の才覚だけで王宮騎士の隊長となった。



 おれのテストではもちろん手加減していた。



 対魔戦闘に特化した西の武術を修め、16歳で先王の近衛騎士隊長に剣術大会で勝利。

 17歳の時、生まれてきたシスティーナ王女の近衛騎士となった。



 スーパーキャリアウーマンだ。



 おれの実力を確かめつつ、姫の望みを叶えたのだろう。



「姫様の護衛だなんて‥‥‥もしかしたら、姫様と仲良くなってそのまま婚約なんてことも」

「おいおい、ヴィオラ。畏れ多いことを言うんじゃない」

「ぼくは身を弁えてます。そもそも、王室が平民を入れるわけないですし」



 こんなことを言ってるよ。


 ヴィオラったらそんなロマンス小説みたいな展開あるわけないだろ。

 まったく、もう~。



 あれ、これフラグみたいだな。



 冗談みたいな話だから深く考えなかったんだわ。





「でも、もし本当に姫様が坊ちゃまをお慕いしていたらどうします?」

「なにその宝くじ当たったら何に使う? みたいな話」

「そうしたら私は王族の父、陛下と親類になるのか」

「ちょっと~父上まで~。畏れ多いですよ」



 こんな冗談を言えたのも、本当にそんなことあるはずないと思っていたからだ。




 思えば、姫の行動はおふざけのようで一貫性があった。


 いや、ただのおふざけでおれを騎士にまでするなんておかしいのだ。



 しかし、当時のおれは姫のことをよく知らなかった。その胸中も。



 システィーナ。



 君は当時何を考えてた?



■ちょこっとメモ

王宮騎士になる=騎士に叙任=騎士爵に陞爵

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