25.試験
お姫様の騎士になるテスト。
それは筆記でも面接でも無かった。
騎士たちが訓練で使う広い演習場で、おれの前に立ち塞がったのは長身の女騎士。
マイヤ・ハート・リーグ。
システィーナ王女の近衛騎士団『紅月隊』の隊長。
この国で五指に入る騎士。
「では、ロイド卿。魔法を使わずに私に一太刀入れたら、あなたの勝ちです。いいですね?」
「それって同意するかを聞いてます? しませんよ」
「ロイド、大丈夫だ。彼女は無茶をする人ではない。下手にやる過ごそうとするな」
「父上」
「ヒースクリフ卿」
「マイヤ卿」
おや~、お二人で示し合わせてる?
これは逃れられそうにない。
なぜこうなった?
宮廷魔導士長が見ているから、どうせなら全力を出し、魔導学院の初等科と言わず、中等科と高等科も免除してもらおう。
うん、そうすべきだ。
騎士をやりつつ、学院の卒業試験をパスして宮廷魔導士になる。
最短ルートだろう。
始めは前向きに考えたけどやっぱりだめだ。
なのに四大貴族たちが勝手にそれぞれテスト方法に条件を付けた。
魔法無し。
おれを不合格にするためだ。
(魔法を見せられないんじゃ、がんばる意味もない)
最終手段だ。
ちょっと恥ずかしいけどあれをやるしかない。
おれは追い詰められていた。
(うわぁ~ん。怖いよぉ~)
これだ。
幼気な子供アピール。
精神力を大きく消耗するからできるのは一日に一回が限界だ。
さっき無駄遣いしなくてよかったね。
「言っておきますが、ロイド卿」
「あ、はい」
「私は普段、あなたぐらいの歳の入隊希望者をよく見ています。あなたの二面性もヒースクリフ卿から聞き及んでいる」
ギクリ。
い、いつの間に!
「それに、あなたの行動次第でヒースクリフ卿の面目を潰すことにもなることを忘れないで下さい」
「マイヤ卿と戦えることは名誉なことだ。手を抜いて彼女に恥をかかせるんじゃないぞ」
この二人、考える間でも無く知り合いだ。
騎士と魔導士はそりが合わないと思っていたが、例外もあるらしい。
まぁお互いに年齢離れした子供を世話しているので話も合ったのだろう。
まぁ、本気でやらないと姫も納得しないし、あまり無様すぎるとヒースクリフの顔に泥を塗ることになる。それは確かだ。
「それと、姫様を落胆させないで下さい」
何を期待しているのだろう。
魔法無しでの勝負になった時点でおれに勝ち目など無い。
それなのに、システィーナはおれに期待の眼差しを向けていた。
まるで、おれが正解のある問題に挑戦していて、正解すると確信しているかのようだった。
(勝てるはずはない。王宮騎士の隊長に)
これは姫におれが騎士になるのをあきらめさせるための予定調和だ。
示し合わせのやらせともいえる。
なのに、彼女はおれが勝つと思っている。
マイヤ卿がヘルメットを下ろし、剣を持った。
バカでかい木剣だ。
助かった。真剣ならまともに戦えない。
(大剣の両手持ち。ってことは西の流派か)
「やぁぁぁ!!」
おれは剣を振り回し突撃した。
「あ、あれは‥‥‥」
「‥‥‥本気ですかね?」
「剣はからきしじゃのう」
「まだ七歳だろう。仕方ないよ」
おれが剣技を披露したのは初めてだ。
誰もおれの実力など知らない。
それを利用することにした。
『記憶の神殿』で剣を握った最初のころの動きを再現した。
どうだ、このへっぴり腰!
ふらつき具合!
剣の持ち方も違うし、振り回して自分にあたりそう!
これが約一年前のおれのリアルな実力。
おれの剣術のレベルで勝つには約一年の実力の緩急で、油断を突くしかない。
そのために完璧な初心者を装った。
油断させつつ、同時にマイヤ卿に剣を振らせて少しでも情報を得る。
重心、目線、間合い。
それらがおれの『記憶の神殿』に映像情報として記録されていく。
(間違いない、西の流派。なら勝ち目があるかも)
西の流派に対する対応策はローレルから教わったことがある。
西の大都市を統べるブルボン家の彼女は当然、西の流派の返し技や弱点を知っていた。
おれは油断させつつマイヤ卿に剣を振らせ、何度も吹っ飛ばされながら、タイミングを計った。
そして、彼女が振り下ろした瞬間、その策を使った。
「む」
「とった!!」
『記憶の神殿』にあるローレルの動きを完コピした。
奇策。
曲芸乗り。
「あれは!?」
「剣に乗ったぞ」
半身で躱しつつ、身体を捻り、脚をかけて、そのまま剣に乗り、剣を突き付ける。
完璧なタイミング。
ローレルと寸分たがわない動き。
(いくら騎士でも、人が乗った状態の剣は振れな――)
「うわぁ!!!」
気が付くと宙高く飛んでいた。
「ここまでですね」
まさか、軽々とおれを打ち上げるとはね。
鎧の下は全部筋肉かっつーの。
キャッチャーフライのように、マイヤ卿がヘルメットを上げておれを受け止めようとしている。
だがおれはそこに勝機を見出した。
(まだおれは負けてない‥‥‥いや、おれが子供だと思って、これであきらめると思っているんだな)
残念ながら、おれは一度死んでいる。
死よりも恐ろしい後悔も知っている。
「根性みせろ、ロイドォォ!!!」
(いける!!)
大丈夫、ちょっと痛いだけだ。
「『我が意に応えし炎よ』!!」
「攻撃魔法? やめなさい! 結果はもう――」
おれが落ちると思って剣を納めていたマイヤ卿はおれが攻撃魔法を撃つと考え、身体が硬直していた。
詠唱など必要なおれにとっては完全にフリだけど、マイヤ卿は焦った。
おれを受け止めるか、剣を取るか、回避するかという選択で判断に迷ったのだ。
おれはそのまま剣を振るった。
最適な持ち方、最適な構え、一番練習した基本の型だ。
パラノーツ軍隊剣術の教え。
基本こそ奥義!!
「っ?! ブラフか!?」
「ぜあああ!!!」
落下の勢いのまま、おれは剣を叩きつけた。
「ロイド!!」
派手な接触プレイに、場内は騒然。
「魔法を囮に斬りかかるとは、見事だ」
「身の安全より、勝ちを優先させたようだね。無茶するよ」
「‥‥‥勝負の寸前まで真剣にやるか迷っておったくせに」
「全く優雅じゃないね。でもあの勇気は認めざるを得ない」
気が付くと、おれは地面を転がって何とかかすり傷で済んだようだった。
周囲の声が聞こえてきた。
歓声と拍手だ。
周囲を確認すると、マイヤ卿が手を挙げていた。
その手には傷がついていた。
徹甲に付いた、ほんのかすり傷だ。
接触した時ぶつかったのかもしれない。
「私の負けです」
マイヤ卿がヘルメットを脱ぎ、こちらに手を差し伸べた。
「ただのマグレですよ」
勝利の余韻に浸りながら、歓声を浴びていると、国王がこちらにやって来た。
「誰の眼にも明らか。異論はあるまい。この者は正統なる試験で勝利した。よって、ロイド・バリリス・ギブソニア。そなたに『ハート』の称号と共に王宮騎士団『紅月隊』に任命する」
こうしておれはなりたくもない騎士になってしまった。
■ちょこっとメモ
騎士「魔導士なんていざ戦いになったら役に立たない臆病者の集団だ」
魔導士「騎士なんて魔法が使えない無能な上、王族におもねり、付いて回るただの犬だ」
超仲が悪い。
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