23.忠誠

「なん、だと?」




 宮殿の庭で、勝負は始まった。



 宮廷で魔導顧問を務めるのだから期待したが、全然大したことなかった。



 男はおれの放った『土流』に飲み込まれ、そこから抜け出せずに降参した。



「い、一体何が!? こ、こんなはずじゃ‥‥‥こんなことあるはずが無い!!!」

「見苦しいぞジェレミア」

「何か不正をしたに決まってる!! 詠唱も何の構えもしていなかったのに。そうか、ベルグリッド伯爵が魔法を‥‥‥」



 まるでおれが勝つことがおかしいかのようにジェレミアは負けを認めず、何人もの側近を差し向けた。



「ははは!!! ロイド、お前は予想を裏切らねぇな!!」

「いっそ私かタンクが相手をした方がハッキリするんじゃないか?」



 ジェレミアの側近たち顧問官は全く話にならなかった。



 所詮は研究、専門家畑の人たちだ。



 ヒースクリフ、リトナリアという実戦派の二人と訓練してきたおれには物足りない。




「【基礎級魔法】の発動と規模が全く規格外だ」

「魔導士は動けないものだが、ここまで動かずに魔法を行使する者がいるとは」

「連戦して消耗した様子もない。魔力量も尋常じゃないぞ」



 狙い通り、宮廷魔導士たちはおれを高く評価してくれた。


 ジェレミアの執着はかえっておれの評価を高める結果になった。



「これは何かの間違いだ! 魔導士の正当な家系の者たちばかりだぞ!! こんなことは道理にそぐわない! その子供はどこかおかしい!!!」



 とジェレミア。



「問題はお前だジェレミア。バリリス侯の実力は確かだと証明された。この者はこの力で王国に忠誠を誓っている。喜ばしいことだ」



 と国王。



「兄上、まだわからないのか! こんなことが続けば、王国はなんの伝統も無い、空っぽの国になる! 諸外国からも侮られることになる!!」



 とジェレミア。



「血筋や家柄の上で胡坐をかき、優れたものを妬み、蔑み、追い落とすことで地位を守る。余が治める王国にそのような伝統は不要だ」



 と国王。



「バリリス侯はやはり、南に来るべきじゃな」

「いや、我が都市で活躍してもらいたいですね」

「バカ言うんじゃないよ。あの子は渡さないよ」

「魔法に長けた彼の才能を活かすなら私と来るべきだね」



 なんか雰囲気が悪くなっていくな。




 結局、四大貴族の争いも振出しに戻った。



「宮廷魔導士団はロイド卿をすぐにでも入団させる手配を進めます」

「おい、何を言っている。宮廷魔導士団は王立魔道学院の卒業資格が必須だ」

「ならば免除する。陛下と魔道学院長の許しがあれば問題ない」

「別に宮廷魔導士団に所属する分には問題ないんじゃないかい」

「なぜ貴様が決める。せめて軍務局魔法師団にしろ。それなら駐屯地が王都から離れても問題ない」

「勝手な。南には十分兵がいるではありませんか」

「何? それは貴様のところも同じだろう」



 おれをめぐる取り合いは白熱した。




 その時だった。



 彼らを止めたのは一人の少女だった。



「皆さま、ひどいです。今日は私の誕生日なのに‥‥‥」



 そう言って幼気な少女が泣きだしてしまった。



 慌て始める大人たち。



 そう、みんなも忘れてたんじゃない?

 この日は姫の誕生日で、主役は姫だ。



 なのに、まったくあなたたちは他のことで盛り上がって姫をほったらかし。



 反省しなさい。



 え? おれも?


 真に申し訳ございません。



「おお、システィーナ。すまない。どうか泣き止んでおくれ」



 まだ10歳の少女が自分の誕生日で泣いている。


 この居たたまれない空気を何とかしようと、大人たちは必死になった。



「いいんです。皆さんは私よりロイド卿に会いに来たのでしょう」



 この子はまったく。


 末恐ろしい。



 むしろ巻き込まれていたおれが、まるで戦犯。



 なんという大胆な印象操作。


 マジシャンみたいだ。




「姫様、どうか私に償いの機会を」




 誰だ、このペテンに引っ掛かって謝っているバカは。



 おれだぁぁぁ!!



 当然のようにおれは自分が悪いことをしたと反省してしまった。


 いやいや気づけおれ!!

 何も悪いことはしてないぞ!!


 悪いことした空気に負けるな!!




 姫は落ち度のないおれをこうして追い込み、この言葉を引き出した。




「何でもします」

「ホント?」

「はい」



 ほとんど魔法じゃねぇか。



「では‥‥‥」



 おれはようやくちょっとおかしいかなと思った。



 そして姫の顔を見ると、すでに泣き止み‥‥‥というか初めから泣いてたのこの子?



 彼女は満面の笑みだった。



 それまで陰惨な殺人現場のような空気だったのが、この笑顔で解放された。



 見事なマッチポンプ。


 このプレッシャーの乱高下でおれは思考力を手放していた。



「私の騎士になって下さい」

「仰せのままに!!」





 おれがこの問題の問題点に気が付くのは数秒のブランクがあった。



 それは国王の宣言の途中だった。




「良かろう。我が名の下にロイド・バリリス・ギブソニアに『ハート』の称号と与えると共に王宮騎士に叙任する」



 あれ?


 王宮騎士。



 おれは宮廷魔導士になるんだよね?




 平民がうんぬんかんぬんと主張していたジェレミア。


 おれを誰のものになるかで揉めていた四大貴族。


 入団を強行しようとしていた宮廷魔導士長。



 タンク、リトナリア、ヒースクリフ全員が唖然としていた。



■ちょこっとメモ

ロイドに敗れた魔導顧問。

貴族の生まれで驕り、ジェレミアの配下として他人を見下すように生きて来た。

しかし、ロイドに敗れ、意気消沈。


「まさか、このおれがあんな子供に‥‥‥くそ!! もう魔導顧問など名乗れない。お終いだ」


会場に戻るとふと場違いな鍋に目がいった。


「なんだこれは。湯に肉を浸すのか。ひょっとしてそれをこの卵黄に‥‥‥う、美味い!!」


しゃぶしゃぶに感動した。


「これこそ最高の贅沢。南部のローア牛、西の魚醤、そして新鮮な卵が無くてはこの料理は食べられない。いや、権威に囚われているわけではない。各地の食材を合わせればこのように素晴らしい料理がまたまだ生み出せるのではないか?」


男は閃いた。

それには自分の高度な魔法の知識と技術が役立てられる。

食材を新鮮なままこの広いローア大陸に行き渡らせる。



食糧輸送に革命を起こした男はこうして自分の本当の道を見出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る