22.対立

 プレゼントを渡し終えたら今日やることは終わり!



 それぐらいに考えていた。



 でも、この後が大変だったんだよね。



「平民出身らしく、実に他愛ない贈り物だな」



 姫に絵日記を贈ったら、喜んでもらえた。

 しかしケチを付けてきた奴がいた。



 王の弟。


 ジェレミアだ。



 おれが子爵になる際に猛反対してきた男。



「止せ、ジェレミア」

「兄上、平民がこの格式あるパーティーにいるだけも不遜ですよ。おまけに野蛮な冒険者まで連れて来て、その上贈り物の最低限の格も守らないとは‥‥‥これはベルグリッド伯爵の教育のせいだな」



 実力よりも血筋を重んじ、身分でしか人を判断しない奴だ。


 プラウド国王が即位したとき、能力のある平民を官吏に登用し、学院への入学を奨励した。

 ジェレミアはそれを非難した。


 しかしジェレミアを支持する貴族は少なかった。

 それは実力では平民に負けると断言しているのと同じだからだ。


 そのことに気が付かなかったジェレミアだったが、腐っても王族。



 その地位を利用し、血統だけの負け組で徒党を組み、まやかしの権威を振りかざすのであった。



「言い返せよロイド」

「今、私たちも馬鹿にしましたね。ねじ伏せなさいロイド」



 二人がブチ切れかけている。



 いやさすがに王の弟はまずいから。



「おじ様、私は大変気に入りましたわ。とても、心が籠っていて素敵です。まるで城の外を旅した気分になります」

「そうかい。それは良かった。絵が好きなら王国で腕のいい画家に肖像画を描かせよう。王族ならば高尚なものの価値を知っておくことこそ――」



 自分のプレゼントよりもシスティーナが喜んでいるのが気に入らなかったのかな?



 ジェレミアの講釈は永遠続いたからカットしよう。



「む、彼は‥‥‥」

「お知り合いですか、リトナリアさん」



 男が近づいてきた。



「絵は、どこで習ったんだい?」

「え? いえ、独学で」

「ほう‥‥‥素晴らしいね」



 話しかけてきたのは王族に似た金髪金眼の人だった。



「フル公。奥方は息災ですか」

「やぁ、リトナリア姫。久しぶり」

「姫はやめて下さい」



 リトナリアに紹介されたのは四大貴族の一人。

 フル・スターン・ロー公爵。



 プラウド国王の親戚で、各地に領地を持ち北部でも最大の魔導士団を有する。その力は宮廷魔導士団に匹敵すると言われている。



 しかし、政治ごとには興味がなく、芸術を愛し、自由奔放に外遊する変わり者だ。



 リトナリアとはその外遊先で出会ったらしい。



 ロー家は一人一人が才能に恵まれ、国のあらゆる重要機関、その上層部に在籍している。

 ゆえにロー家に逆らえる者はいない。



「画材はありふれたもの。だがこれだけの描写力は観察力と表現力の賜物だね」

「ありがとうございます」

「君、どこの家の子かな?」

「はい。ギブソニアです。父はベルグリッド伯爵です」

「そうかい。君、私の娘と婚約しようね」

「え?」



 唐突で驚いていると、あの三人が割り込んできた。



「フル! 貴様~!!」

「油断したらこれかい」

「はぁ、全く節操のない者ばかりだ」



 てっきり、独り身になったヒースクリフ狙いだと思ったら、おれが目的だったようだ。



 もうわけわかんない。

 おれは彼らと会ったのは初めてだ。

 あいさつしかしてないぞ。



 よくわからないまま、四大貴族のおれをめぐるバトルが始まった。



「我が娘はすでにベルグリッドで長く付き合いがある。ロイド卿とも懇意にしているという」



 そうだったっけ?


 ローレルとはそんな感じじゃないぞ。



「国防という大儀の為にも、ロイドはピストックノーツに来てもらう!!」

「待ちなよ。問題起こしておいてロイドを南にだって? 反感を買うだけさ。それより、ロイド坊の知恵を帝国との貿易に生かすべきさ! あの大国との商売で渡り合うことこそ国益になるだろ!」



 国防に貿易か。


 考えたことも無かった。


「この業突張りめ! お前は金のことしか考えられんのか!」

「あんたこそ、戦う事しかできないのかい!?」



 彼らはなせそこまでおれを買ってくれてるんだ。


 誰かと間違えてません?


 ロイドってたくさんいるからなぁ。



「私は才能ある若者を育てたいだけだよ。魔法が使えるならうちの魔導士団に来た方がいいよね」



 魔法か。それはちょっと心惹かれるな。



「お待ちください。ロイド卿は王立魔道学院に通い、宮廷魔導士となる。そう、ヒースクリフ卿と話し決まっている。宮廷魔導士団からロイド卿を引き抜くのは困る!!」



 宮廷魔導士長まで入って来た!!



 というかおれの意見は聞かないんだね。



「彼は冒険者ギルドを従わせたほどの策略家です。その頭脳は我が大都市の経営に生かすべきだ」

「冒険者を牛耳れる奴ならなおさら南部に来るべきじゃ!!」

「冒険者というより異国の者と渡り合えるってことだろ? 国の玄関口であるうちで能力を発揮してもらうべきさ!」

「それでは彼の才能の無駄遣いだね。高め合える才能豊かな者たちがいるのは我がロー家だよ」

「ロー家の魔導士団は自由過ぎる。宮廷魔導士団こそ彼のような忠誠心のある者に相応しい!!」



 収拾がつかなくなってきた。




 それを見ていたジェレミアがテーブルを叩き、大声で叫んだ。




「何と情けない!!! あなた方はそれでも王国を支える四大貴族の当主かぁ!!! 下賤な平民の子供一人に入れ込むなど、これは王国全体の格を下げる行為ですぞ!!!」



 これは問題発言だった。



 四大貴族が王国の権威を衰退させるとでもいう主張。



 この男は何も理解していない。

 四大貴族がいるからこそこのパラノーツ王国は戦争せずに済んでいる。


 ジョルジオ都市伯の治める都市は王国では王都の次に大きい都市だ。


 一国の王でもおかしくないほどの力がある。


 同じく、アプル伯爵も港湾都市を治めている。

 なにより巨大な運河を所有しているため、その財力は王国随一。


『南の戦王』エシュロンなど、ほとんど南部の貴族の取りまとめ役だ。

 仮にエシュロンが反乱を起こせば屈強な南部貴族たちが彼に付く。


 フル公爵も、所有する魔導士団だけで一国並みの戦力を有している。

 いや、要職に就いているロー家の者たちが反乱を起こしたらそれは静かに淡々と遂行されるだろう。



「まぁ、落ち着け。ジェレミア公」

「その子供が今の時点でどれだけの力があるというのだ!! あなた方の眼を覚まさせてみせよう!! おい!!」



 ジェレミアが呼ぶと、魔導士がやって来た。



 王族には側近に顧問官が配置される。

 その魔導顧問。

 自由にできる魔導士というわけだ。



「いい見世物を用意しよう。ロイド卿、この者と試合をして見せろ」



 退くに退けないジェレミアはおれを見せしめにして自分が正しいと証明しようと考えた。



 リトナリアさん、笑わないの。



「ジェレミア、止さないか。バリリス侯は客人であるぞ」

「そのバリリスの名も、やはりこの子供にはふさわしくありません!!」

「実力に見合った名だ」

「その実力を、ここに居る者の一体どれほどが知っているというのです!? 噂でしょう!? 大仰な噂を流し、我々貴族を騙すのは平民のよく使う手です。私がこの者のペテンを暴いて見せます」



 魔法の技術を隠しているのは貴族なのに。

 おれがそれでどれだけ苦労してきたか。



 もはや国王でも止められなくなった。



「なるほど、確かに実力は目で見た方がいいぜ」

「同感ね。ひょっとしたら大したことないのかも。フフひょっとしたらね」



 二人とも煽るな。



 止める理由が他の者達にはない。

 魔法を見られるのだから。



「陛下の御命令であれば、賜りしこの名がふさわしいこと、陛下の御判断が正しいことを証明してみせます」



 そしておれにも断る理由がない。



 だって、宮廷魔導士長の前で魔法を使えば、いいアピールになる。



 宮廷魔導士にしてもらえるかもしれない。




 それによく知らない人たちに好き勝手に噂されるのはいい加減うんざりだ。




■ちょこっとメモ

「これがローア牛の鉄板焼きを超える料理だ」

若者が出したのは鍋だった。

「何だと? 血迷ったか。ローア牛を煮込むだと? むっ、これはただの湯ではないか!!」

「そうだ。この湯に薄く切った肉をサッとくぐらせ、卵と絡める」

「フン。こんな品の無い食べ方がうまいはずが無い」

「能書きは食べてから言うんだな」

「‥‥‥こ、これは!!」

老人は目を見開いた。

「ローア牛は確かに美味い。だが、パーティーの食事のメインには必ずと言っていい程このローア牛の鉄板焼きが出される。どれだけ美味くても何度も食べていれば飽きてくる」

「しかし、それだけではない」

「そうだ。最上のローア牛は脂も美味い。だが余分な脂がくどく感じさせることもある。だからこうして少量の肉として出されるが、こうして湯にくぐらせ、油分な油が落ちることでより上品な味わいを堪能できる」

老人は溶き卵に肉をくぐらせ口に掻っ込む。

「くっ、そして卵黄に絡めることでまた違った濃密さが生まれる」

「どうだ。これでもまだローア牛の鉄板焼きが最高の食べ方だと?」

若者は勝ち誇った笑みを浮かべた。だが、老人は動じない。

「フン‥‥‥この食べ方。まだ完ぺきでは無いな」

「な、なんだと! 負け惜しみを!」

老人は懐から黒い液体を取り出し、溶き卵にかけた。

「魚醤を加えることで、より一層深みが出る」

「なんだと? た、確かに、なぜ気が付かなかったんだ!!」

「フフフ、貴様は半端なものを出した。それでよく美食家を名乗れるものだ!! まぁ今回は引き分けにしておいてやろう」

「ちくしょー!!」


二人の対決は引き分けに終わった。

だが、その戦いを見ているものは誰も居なかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る