21.王女


『秋の狩猟祭』とバリリス襲名からほどなく、おれとヒースクリフは再び王都を訪れた。




 誕生パーティーが開かれるからだ。

 もちろんおれのではない。



 この国の第一王女、システィーナ・スターン=フェルド・フォードの10歳の誕生日パーティーだ。





 ◇



 前回もそうだったが王都に来ても楽しむ暇がない。



 ヒースクリフと共に王宮に着くと広間に通される。

 集まった諸侯にあいさつをして回る。



「あれが、『陰謀潰し』」

「ベルグリッドのバリリス侯か」

「まだ子供じゃないか」



 何だがヒソヒソと噂されている。



「父上~、ぼくつまんないよ~」



 おれは涙ぐましい子供アピールで彼らの警戒心をコントロールする。



「いや、ロイド。そんな演技で『なんだ、本当にただの子供じゃないか』とはならないよ」

「えぇ?」

「もう手遅れだよ」



 おれに子爵位が与えられたのは事実だ。

 それにバリリスの名が子供の見た目に隠されたおれのパーソナリティーを顕わにしている。



 まさに手遅れだ。

 いや、まだだ!



「ここで駄々をこねて泣きわめいたら何とかなりませんか?」

「絶対にやめてくれ」



 ヒースクリフを困らせるわけにはいかないから大人しくしていた。



「フン、成り上がりが勢いづきおって」

「忌々しい。平民を貴族にするなど陛下は何を考えて居られるのだ」

「ボスコーンの一件もあの悪童の画策らしいぞ」



 おれは大人しくしていた。

 おれはね。



「画策だ? なら協力したおれらは共犯ってか?」



 そうそう。

 言い忘れてたが護衛という名目でついてきた奴らがいた。



「ま、まさか『大陸一位』か!!」

「じゃあ、隣に居るエルフは‥‥‥」

「『長耳の解体魔』だ!」

「誰でしょう? 今私を解体魔と呼んだのは?」



 二人とも普段の冒険者らしい恰好とは違っていて様になっている。


 タンクは意外と貴族の集まりに出るから慣れている。堂々としたものだ。


 リトナリアさんなど、普段は暗殺者みたいな黒ずくめの恰好だからすごい変わり様だ。緑色のドレスが良く似合っている。

 まるでエルフのお姫様。



 もう一人。

 弓使いのマス。

 彼は浮かれて酒を飲んで歌っている。

 吟遊詩人だと思われているのか、盛り上がっているから放っておこう。



「極銀級と金級の冒険者を連れて来るとは」

「『大陸一位コンチネンタル・ワン』と『赤い手レッド・ハンズ』はどちらも特定の貴族と懇意にしていないはずだったが‥‥‥」

「くっ、まさか二人ともロイド卿と」



 流石知らない者はいないらしく、注目の的だ。



「謀略で成り上がって来た迷惑な貴族を始末してやったんだ。感謝してもらいてぇがなぁ!?」

「タンク、声が大きいですよ」

「聞こえるように言ってやってるんだよ。文句があるなら聞くぜ!?」



 タンクの気迫に空気が張り詰めた。



「くっ、冒険者風情が‥‥‥」

「何て野蛮な!」



 圧倒され、腰を抜かす者たち。

 しかし、王ですらその言葉を無視できない極銀ミスリル級冒険者だ。

 面と向かって文句を言える者はいなかった。



 しかしその中を分け入ってやってくる者がいた。



「盛り上がっとるのう。うん?」



 他の者たちから頭一つ飛び出る背丈。

 獣のような眼光。

 猛々しく腹の底に響く声。



「おう、北の腑抜け貴族共にはありえん気配だと思うたが、タンクではないか!!」

「お、エシュロンじゃねぇか」



 そこに現れたのはタンクと同じくらいガタイのいい褐色のじいさんだった。



 二人は知り合いらしく、荒々しく腕を突き合わせた。


(なにそれ、かっこい! おれもやりたい)



「ひぃ、エシュロン侯」

「散れ、腑抜け共。ここは貴様らの自尊心を満たす場ではない」



 一瞬で空気が重くなった。

 社畜として致死量のパワハラを受けてきたおれですらプレッシャーを感じた。



 ひそひそと話してた奴らは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。




「エシュロン侯、お初にお目にかかる」

「ぐはは、そう固くなるな、ベルグリッド伯爵よ。今日は無礼講と行こうぞ。ぐはは!!」



 南の最大勢力。

 ピストックノーツ辺境伯。


『南の戦王』と呼ばれる人だ。

 連れている人たちも、顔という顔にビシィっと傷があって歴戦の猛者みたいだ。



「お主がプラウド肝いりの小僧か」

「ロイドです。お初にお目にかかります」

「ふむ‥‥‥本当にお主がロイドか?」



 エシュロンはごつい手でサンタみたいな髭を擦る。



(タンク、笑ってないで紹介しろよ!)



「あんたの前で泣かなかったガキがいたか?」

「お、おお、うん! それもそうだな!!」



(うわぁ‥‥‥)

 


 笑うと怖い。

 おれ以外の子供だった失禁してるぞ。



「その暑苦しい顔をどけな、じじい。その子が困ってるのが分からんのかい!?」

「何~!! ババア、ワシが無作法だとでも言うか!!」



 場がざわめいた。

 会場から逃げ出すものまで。



 現れたのはエシュロンと変わらない背丈をした気風の良さそうなおばさん。


 気品のある白いドレスを着ているが淑女って感じがしない。



 例えるならマフィアの女ボス。

 連れてる人たちもこれまた屈強だ。



「アプル伯爵。御無沙汰しております」

「ヒースクリフ! 顔色いいじゃないか!! だから私はあの女はやめとけって言っただろ?」



 東の港湾都市リヴァンプールを治める伯爵。

 王国でも屈指の経済力を持つ大富豪でもある。



「身ぎれいになったことだし、さっさとうちの孫と婚約しな!」

「あ、あはは」

「なんだい? それとも私が男にしてやろうか?」

「いや、遠慮しておきます」

「なんじゃ、業突張りのババアめ。それはボスコーンを裁けなかったワシへの当てつけか?」

「分かってるじゃないか。傘下を牛耳れず好き勝手させて何が四大貴族だい?」



 これはケンカか。

 仲裁して欲しいなぁと二人の連れてる護衛を見ると、互いにメンチ切ってた。



「全く、優雅さの欠片も無いですなぁ」



 すでに炎上している場に油を注いだ人物が現れた。



 先の二人に躊躇なく近づき、にらみつけた男。

 ザ、セレブリティ。

 ジェントルマン。



「ブルボン都市伯」

「ごきげんよう、ベルグリッド伯爵。娘が世話になっている」

「いえ、こちらの方こそ」



 ジョルジオ・ネス・ブルボンは西の大都市を統べる名家ブルボン家の当主で、ローレルの父だ。



 すでに広い会場の隅に他の人たちが追いやられている。


 ぼくら帰っていいですか?



「お主ら、ワシは二人に用がある。控えろ」

「なんだい、奇遇だね。私もさ」

「お二人とも、騒がしいですよ。お話ならパーティーの後でもいいでしょう」

「ジョルジオ、そう言って抜け駆けするのだろう、貴様」

「あんたの狙いはわかってるよ」

「心外ですね。私は欲に駆られた大家が醜い奪い合いをするのが耐えがたいだけです」



 バチバチになった三人。



 父、ヒースクリフが意を決して斬り込んだ。



「お三方とも、私事に御名をお貸し下さったこと、遅ればせながらお礼申し上げます」



 三人の大貴族は、顔を見合わせ、冷静になったようだ。

 三人ともベスとの離婚調停人として名乗りを上げた人物だ。




「気にするな。ワシはそもそもあの計略でのし上がった一族が嫌いじゃった」

「私があんたの味方をするのは当然さ」

「私は詳しい経緯を娘から聞いていましたので。災難でしたな、伯爵」



 ヒースクリフの機転で恐怖の三つ巴は一端落ち着きを得た。


 各大貴族とその側近たちはヒースクリフやタンク、リトナリアと歓談し、一段落したころ、いいタイミングで楽団の演奏と共に王と王妃が登場した。



「皆今日は我が娘、システィーナの10歳誕生パーティーに集まってくれて感謝する。こうして盛大なパーティーを開けるのも、王国の繁栄に尽力してくれている皆と平穏をもたらし導いてくださっている神々の賜物である。では、今宵の主役である我が娘からも一言あいさつをさせてもらう」



 その合図で楽団の演奏が再び始まり、上階から少女が侍女たちと共に降りてきた。



 これが王女システィーナを初めて見た瞬間だった。



(うわ。お姫様って実在したんだな)



 彼女は絵に描いたようなお姫様だった。



「コホン……皆さま、本日は私の10歳の誕生日にお集まりいただきありがとうございます。皆様のお力添えのおかげで健やかに、そして充実した毎日を平穏に送ることができました。これからも名に恥じぬ淑女となるべく邁進して参ります。どうか変わらずのご支援を賜りますようお願い申し上げます‥‥‥さて! 堅苦しいあいさつはこの辺で。感謝の気持ちとして本日は王国一の楽団と王宮一の料理人による食事をご用意いたしましたわ。皆様、ぜひ最後まで存分にお楽しみください」



 あいさつが終わると会場から拍手が鳴り響いた。



「10歳とは思えないくらいしっかりしてますねぇ」

「君が言うかい?」

「あれは大物になるのう。頭の冴えはプラウド譲りじゃが、加えてあの容姿。おまけに心臓も強い」



 やがて姫の方へとあいさつに向かう者の列ができていった。

 姫は一人ひとりに感謝の言葉を送り、プレゼントを受け取っていった。

 髪飾りやブローチなどだろうか。



「あれらはただの宝飾品ではない。一流の魔導士に作らせた魔道具だ」



 ちなみに魔道具類は事前に宮廷魔導士たちによって検分されている。



「魔道具ですか……確か倒した魔獣の魔法が宿っている魔石を利用するんですよね? どうやって使うんですか?」


「ただ魔力を流せばいいだけだ。ただし必要な魔力量が無いと起動しないから、魔導士以外では大して利用価値はない。だが今姫に贈られているものは効率化を徹底し必要な魔力量を低くした一級品だ。一級魔工技師の作品はそれ一つで豪邸が建つ」



(つまりあの連中はみんな豪邸をプレゼントしているも同然てことか……どうかしてるな)






「父上は何を贈るんですか?」


「見てのお楽しみだ」



 そうこうしているうちに順番が回ってきた。

 父が懐から取り出したのは小さな宝石箱だ。


「これは魔力を通さない〈聖銅オリハルコン〉で作らせたものです。魔道具に使われる強力な魔石は寄り集まると危ない時がありますので」


「まぁ、素敵だわ。それに気遣ってくださってありがとう、ヒースクリフ伯爵。高名な魔導士様のご忠言、痛み入ります」


 父らしい実に気が利いたプレゼントだ。

 あんなにたくさん魔石が付いたものを近くに置くのは魔導士でも怖い。

 どうやって動いているのかわからないのだから、干渉しあったらと考えてしまうだろう。



 順番はおれに回ってきた。


 この後だと実に気が引ける。


 周囲の注目が集まっている気がする。



「おい、みんなお前を見てるな」

「わかってるので、わざわざ言わないで下さい」

「大丈夫ですロイド。失敗しても助けられるから」

「失敗を前提に勇気付けないで」



 おれは意を決して姫の前に歩み出た。



「お、お初にお目にかかります姫様。ロイド・バリリス・ギブソニアと申します。本日はおめでとうございます」



(やばい、なんか緊張してきたぞ……)



 四大貴族や王を前にしても平気だったのに。



 姫様はまだ10歳だがちょっと大人びて見える。

 金髪金眼の非常に整った顔立ちで、華やかなドレスに身を包むその姿はまさにお人形のようだ。


 だがあの女神に会ってから人の美醜で臆することは無くなっていた。


 つまりこの緊張は場の空気のせいだ。

 何か良からぬ視線や息遣いのようなものに無意識に反応しているのだ。



 そう思っていた。



 でも、今考えれば違うとわかる。


 きっと、おれは彼女との深く結びつく、運命のめぐりあわせって奴を直感していたのだろう。




 何十回もあいさつされているから社交辞令は短めに終わらせる。

 それから小包を姫に献上した。

 それをやけにでかい侍女?らしき人が受け取り包みを開けた。



「えっ……」



 侍女が声を漏らした。

 その声にビクッとしてしまう。



(そんなにおかしいだろうか?)


 

 マズいものを贈れば当然心証は悪くなり、立場が一気に危うくなる。



「日記帳……ですか? いい装丁ですね」


「ほう、システィーナ、私の言葉を書かんでくれよ? バリリス侯に捕まってしまう」


「まぁ! お父様も陰謀を企てておいでで?」



 会場で笑い声が沸き上がった。



(ウケてる‥‥‥よね)


 心臓に悪い。



「あはは……いえ、あの、中をご覧ください」

「あっ……これ、まさか全て……」



 少し恥ずかしい。



「ベルグリッド領の風景や、人々の姿や顔を描いたものです。最後の方は王都も……」



 おれが贈ったのは絵だ。


 前世でも絵を描くのは得意な方だったが、転生して以来『記憶の神殿』に明確なイメージをストックできるようになって、より正確に描けるようになった。

 ここには娯楽というものが中々ない。

 だから美しい風景や出会った人々、珍しいものを記録する作業はライフワークになっていた。

 それらを綴りにして、鹿の魔獣の革で装丁した。

 誰かに贈るためのものではなかったから飾り気の無い、日記帳のようなぶ厚い画集となった。



「絵師に描かせたのでは無く自分で? バリリス侯は多才だな」

「……きれい……うわぁ……」



 姫が年相応の笑顔を見せた。

 その顔を見ておれは心底うれしく思った。



■ちょこっとメモ

一人の老人が豪華絢爛な食事に唸る。

「これは素晴らしい。ローア牛の最上のものを塩で食べる。シンプルでありながら素材の美味さを究極まで引き出している。焼き加減も完璧。塩も最上のものだ。ローア牛をこれ以上に美味く食べる方法はあるまい」

しかし、それに一人の若者が異を唱えた。

「ローア牛をもっと美味く食べる方法ならあるさ」

「何ぃ~? この肉の油の美味さ、肉質の柔らかさ、肉本来の旨味を引き出す塩の奥深さ。それらが混然一体となり完璧な協奏曲を生んでいる。これを超える調理法があるはずがない」

「ふん、確かにこの料理は美味い。だがローア牛は焼いて塩を掛けるだけで美味いなどという浅い食材ではない。お前はただローア牛の可能性を知らないだけだ」

「貴様~!! ならばローア牛を用いた料理で、この料理を超えるものを出してみろ!!」

「いいだろう。受けて立つぜ!」


という美食家親子の確執と戦いがあったが、みんなそれどころではなく誰も見ていなかった。

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