18.召喚


 おれが起こした最初の事件。

 それがこの『新秋南部旧家の落日』だった。



 おれの名前は『ベルグリッドのロイド』として知られるようになった。




 しかしこの頃はまだ、平民を養子に入れたことをごまかすためのヒースクリフによる演出だと思う人も多かったようだ。『剃刀伯爵』、それが一時期ヒースクリフを現す異名になった。切れ者って意味らしい。



 周囲からすれば厄介な大家に寄生され、乗っ取りされる寸前だったのに、大逆転の完全勝利を収めた形になるからね。



 まぁ、6歳がやることではないから当然と言えばそうだろう。



 この事件によって大きく変わったことがいくつかあるけど、一番はやはりこの後あった二番目の大事件になる。




 おれのターニングポイントだ。

 それはおれの意図とは関係なしに、降って湧いたチャンスだった。






「お元気になられて良かったです、坊ちゃま」

「坊ちゃま、街からこんなにお見舞いのお花が」

「今日は坊ちゃまの好きな料理にしましょう」

「本売りが来ていましたので坊ちゃまがお求めになりそうなものを見繕っておきました」

「南の辺境伯からお手紙と、贈り物をいくつか預かっていますよ」

「お洋服の仕立てをしなければ。坊ちゃま、本日お時間は如何ですか?」

「坊ちゃま……」




 寝込んでいる間に、屋敷の雰囲気がガラリと変わった。それに知らない人も増えて、少々違和感を覚えた。


 見覚えがある人もいるから出戻りもいたのだろう。

 おれはその変化を歓迎した。



「ロイド、身体はもう平気かい?」

「父上、はい。もうすっかり良くなりました」

「そうか……でも、今日は一日ゆっくりしなさい。いきなり無理をしてぶり返してもいけない」

「はい」

「坊ちゃま、今日はお日様もぽかぽかで気持ちがいいですよ。お庭に出ませんか?」



 ブルゴス襲撃以降、暗殺の脅威を常に感じていた。

 それとはえらい違いだ。



 戦いの終わりを実感した。



「あれ~、若様~病み上がりでヴィオラちゃんとデート~?」



 ローレルがスパロウと共にやって来た。

 そう言えば二人はいつも一緒にいたな。



 それよりもヴィオラとの時間を邪魔されておれは嫌味であいさつした。



「駐屯騎士は暇なんですか?」



 この二人はこの広いベルグリッドを護る駐屯騎士の部隊長たちだ。ちゃんと仕事してますか?

 おれの嫌味を不服としてスパロウが反論した。



「そんなことありませんよ。事実若様が寝ている間も」

「ちょっと! 今言う事?」

「あ、そっか、すまん」

「え? なんですか?」



 ローレルが笑ってごまかしてくる。

 これは何かあったのか?と思うだろう。

 こういう時ウソを付けないスパロウと、素直なヴィオラを追求したらすぐにわかった。



 なんと、おれが寝ている間に襲撃があったらしい。



 それも三回も。



 多いな!!!

 おれは平静を装いつつ、身を震わせた。



「聞きたくなかった」

「若様が聞くから」

「大丈夫です、全部未然に防ぎましたよー。と言っても私たちだけじゃないですけどね」

「あの冒険者たちがしばらく残って屋敷を護ってたみたいです」

「タンクたちが?」



 おれは頼んでないのに。

 意外と律儀な奴だったとおれは感心した。

 てっきり屋敷に入り浸ってタダメシにありつこうとかいう魂胆だと思っていた。

 ごめんよ。



「逆上した者たちが南からやって来てたようです。今は軍が出動して暴動を抑えることに成功したようなのでもう安心です」

「それで、彼らは……」

「もう発ちました。依頼が滞るからと……」



 本当におれは大きな借りを作ってしまった。

 あれだけの大人物の協力を得られたからこその計画成功だった。

 要は運が良かっただけだったんだな。



「すごいですよねー。私~握手してもらっちゃいましたよ~」

「あの戦いぶりは格が違った」

「え? タンクですか?」



 おれ、結局あの人がどう戦うのか見て無いんだよなー。金級冒険者ですらあれだけ強いのに、その上なんてどんなだろう――と、いなくなってから気になり始めた。



「若君、お手紙が届いて居ります。それとお客様でございます」

「ぼくに?」



 ヒースクリフの従者が手紙を持って来た。



「手紙の紋章は‥‥‥」

「うわ。若様それって……」

「フォード家の紋章。これは王家からの手紙……?」




 こうしておれは、この王国を統べる国王プラウドの使者に王都へと連行されることとなった。




 ◇




 ベルグリッド領から約二日。




「うわーすごい! あれって……七階建てだ!! あっちはもっと高い!!」

「ロイド……お前」

「父上、あれは闘技場ですか!? ギルドの演習場よりずっと広いですね!」




 王都はさすがの発展ぶりで、見て楽しめるものがたくさんあった。

 せっかくだし観光していきたいよね。



「ロイド、これからどこに行くのか、わかっているね?」

「はい、王宮ですよね! 見てみたかったんですよ!!」



 

 馬車で王宮までやって来た。



 ヒースクリフと使用人たちは緊張していた。

 一方おれは物珍しい王都の風景を楽しみ、帰りにどこに行きたいかを話していた。


 当然、国王様に呼び出しを食らったんだから緊張はしていた。





 もしかしなくても原因はボスコーン家との一件だ。

 おれのしたことはただの自衛行為だが、それで南部の勢力図が変わり、裁かれる関係者も大勢いた。


 もちろんすごい怒られるかもしれないなーとは覚悟していた。


 でも、もし状況が不利になっても切り抜けられる秘策があった。




『あれー、ぼく何かしちゃいました?』




 これだよ。すっとぼけ。

 これで大体大丈夫だよ、きっと。

 ぼくまだ六歳だしね。

 子供のしたことにわざわざ国王様がそんな目くじらたてないでしょう。

 


―――そんな見当違いな楽観視をしていた。



 結論から言って、無邪気な子供の演技をするにはもう遅かったのだ。



 ■ちょこっとメモ

ロイドという名前は太郎とかジョンとかありふれた名前で、めちゃくちゃいる。

同じ通りにニ、三人はいるので「大工屋のロイド」とか「安食堂のロイド」と呼ばれることが多い。

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