17.裁定


「なぜだ! なぜワシが裁かれねばならんのだ!!!」



 タイル・セイロン・ボスコーンの叫びが法院に響き渡った。



 しかし、冷静に神殿の裁定者がその根拠を明示した。




「訴えの根拠はこの日記帳です」

「な、なんだそれは!?」

「これはあなたの従者、デイルがあなたから受けた命令を記載した記録です」

「な、なに!!?」



 このデイルの記録こそ、タイルを破滅へと誘う、決定的な証拠。



 おれが造り出したボロだ。



 おれはデイルという男を知らなかったが、元ギブソニア家の使用人をしていたボスコーン家の家臣たちはよく知っていた。



 怪しい仕事を引き受けていたデイル。

 風見鶏な性格で、強気におもねる気弱なデイル。

 几帳面で神経質な上、文字の読み書きが得意だったデイル。

平民生まれのためこき使われてきたデイル。

 いつ使い捨てられるか怯えていたデイル。




「貴様、裏切ったな!!」



 証人としてその場にいたデイル。



 しかし、彼は別におれと通じていたわけではない。

 彼自身、記録を残したのは自分の意志だと思っている。

 


 デイルはこの場においても困惑していた。




 そこでネタ晴らし。




 デイルに目を付けたおれは彼と文通したのだ。

 



 ヴィオラを装って。




「そうか、これはでっち上げだ!! 何もかも捏造だ!! ワシを陥れようというのだな!!」

「いいえ、この証拠文書はデイルが日々の精神的労苦から解放する手段として用いたものです」

「は?」



 証言台に立たされたデイルは正直に告白した。




「私は悪人じゃない。命令されて仕方なくやって来た。けど、仕事のことで悩んでも誰にも相談できないし、誰にも聞いてもらえない。そんな時、精神を安定させるために日記を始めると良いと聞いたんです」



 デイルは傍聴席にいたおれのとなりのヴィオラに視線を送った。


 ヴィオラは首を傾げた。



 当たり前だ。



 君にアドバイスしたのも、日記帳を贈ったのも、全ておれなのだから。




 

 元々、ベルグリッドに来た際にヴィオラに気があったことも、元使用人たちの証言で分かっていた。



 罪を一人で抱え込み、悩んでいたデイルにとっては救いとなっただろう。




「そんな日記如き、何の証拠になるというんだ!! デタラメを書いたに決まってるだろう!!」

「いいえ、そこで重要となるのが、この証拠文章2です」

「なんだそれは?」

「これは近年ボスコーン家の周囲で起こった変化、増えた土地、増えた税収、増えた金の流れを追ったものです。同時に、ボスコーン家への訴えを起こした者たちの興亡についても綿密にまとめられています」




 証拠はない。

 だが、ボスコーン家にとって都合の悪い人間が突然消えたり、死体となって発見された例は枚挙にいとまがない。

 ボスコーン家にとって都合のいい話の裏に、人が死に、土地を失い、権利を奪われている事実は消せない。


 それがボスコーンによるものだとは証明できず、皆涙を呑んで、世の不条理を呪うしかなかったのだ。



 しかし、彼らの悲痛な訴えはおれに届いた。




 証拠能力の無いただの文章でも、デイルの日記が合わさると、話が変わってくる。



 要は証拠のすり合わせが叶い、今まで証拠無しとされ聞き届けられなかった訴えが、覆ったのだ。




「ば、バカな‥‥‥! そんなもの、ヒースクリフが捏造したに決まっている!! ワシを恨んでそんなことを!!」

「いいえ、この二つの文章に捏造が無いことは審議官の審議によって証明されています。それに、この証拠文章2をまとめたのはベルグリッド伯爵ヒースクリフではありません」

「‥‥‥だ、誰だ!!」




 裁定人は口を噤んだ。

 



「はい!」




 おれは元気よく手を挙げて立ち上がった。




「初めまして、ロイドです。今までご苦労様でした」

「そんな、そんなガキが!!?」



 そう、そんなガキです。

 名乗り出る必要があった。


 今回の一件でヒースクリフに頼らず、自分で事を成したのは決意表明だ。



 おれは平民の生まれ。

 だが、敵対すれば、どうなるか。



 わかりやすいメッセージになった。




 それに、倒した敵の顔をちゃんと見ておきたかったからだ。



 タイルは虚ろな目で納得いかないと言った様子でおれに問うた。



「デイルがお前の暗殺依頼を出すとなぜわかった? ワシが誰をベルグリッドに送り込むか、なぜわかった?」

「え~っと、頑張って考えました」


 

 タイルは膝から崩れ落ちた。




「手を出すべきでは無かった‥‥‥こんなバケモノだったと、知っていればぁぁ!!!」





 その後はあれよあれよと罪が明るみになっていった。

 我が身可愛さのために、減刑と引き換えに次々と証言する者が現れ、これまでにセイロン一族が絡んだ悪行の数々が明らかになっていった。




 あまりにも罪が多く、その審議には膨大な時間が掛かり、全てが終わったのは数年後のことだった。



 この件はあまりにも影響が大きく、被害者も多かったため、王家が介入し、ボスコーン家はお取り潰し、土地と財産は没収され、被害者への救済金へと充てられた。




「南部の闇が晴れた。それも、やったのは少年らしいぞ」

「ベルグリッドのロイドだろう」

「なんでもとんでもなく頭が良いらしい」





 おれの噂は王国中に広まった。




 おかげで屋敷には連日、謎の面会人がひっきりなしに訪れるようになった。




「大変だな、有名人」

「まぁ、騒がしいのは一刻のこと。その内治まるだろう」

「でも、恰好付かないよね、ロイド君。作戦は完璧だったのに」




 おれはというと、しばらく体調を崩していた。

 ベッドから起き上がれず、高熱でうなされた。



 精神的に張り詰めていたのが緩んだせいだ。




「あのさ、みんないつまでここにいるの?」

「あ? 見舞いに来てやってるのに生意気言うんじゃねぇ」

「いや、毎日いるのでもう住んでるのかと」

「私は住んでるぞ。街から往復するのは面倒だからな」


「「ええ~ズルっ!」」




 すっかり、冒険者たちのたまり場になってしまった。




 というのは彼らの方便だ。



 おれは知らなかったが、彼らは気の抜けたおれのために、護衛を買って出てくれていたのだ。



 屋敷にはもはやなり振り構わずおれを殺しに来る者もいたらしい。




 今回を機に、この三人とは仲良くさせてもらうことになった。



 この計画の半分は彼らがいたからできたし、おれの至らない部分をずいぶん補ってもらっていたようだ。




 特にヒースクリフに対して、おれは黙ってやっていたが、タンクたちがこっそり教えていたらしい。




『時折、祈っている者がいる。ボスコーンに何もかも奪われた人が、お前に感謝を伝えに来ているんだ。あれを見たら、怒れないさ。むしろ、私は感謝しているよ』




 どおりで森で一人になるのが簡単だった。

 



 それに心配をかけてしまった人がもう一人。



「皆さん、坊ちゃまはお休みになりますよ」

「「「は~い」」」





 ヴィオラには計画の詳細は話していなかった。仲間外れにして怒っていないかと思ったが、杞憂だった。



「坊ちゃまは何も悪いことはしていません。だから大丈夫ですよ」

「うん」

「でも、あまり危険なことはしないで下さいね。坊ちゃまは、今や皆が認めるギブソニア家の跡取りなんですから」

「うん。じゃあ、ヴィオラの名前で数か月間デイルと文通してたんだけど許してね」




 ヴィオラが絶句した。




「もう、坊ちゃま! 怖いからやめて下さい!!」

「もうやらないよ」

「むぅ~。やっぱり私信用されてないんですね。悲しいです」

「この屋敷に間者がいるってことは聞いてたでしょ」

「はい‥‥‥でも、それだけじゃ」

「庭師のピップだよ。ヴィオラ、仲良かったでしょ」

「えぇ~!! そう言えば最近見ないと思ったら!! ピップさんいい人だと思ってたのに!!」




 それは花をもらったらヴィオラが話してくれるからだよ。



 ちなみに、おれが秋の狩猟祭に参加する話もヴィオラからピップへ自然に伝言された。



 まぁ、誰でもそうするだろう。

 ヴィオラは人を疑わないから。


 そこがいいところなんだけど。



「す、すいません、坊ちゃま!!」

「いいんだよ。ヴィオラはずっとそのまま、誰に対しても正直居てね」

「はい。あ‥‥‥私、実は18歳ではなく16歳で――」

「それは知っているから大丈夫」

「えぇー!? 何でですか!?」



■ちょこっとメモ

デイル→ヴィオラの振りをして文通。日記作成させる。

スキン→元使用人を装って文通。文書の記録が無く罪が重くなったと不安を煽り告白書を作成させる。

トマ→ベスに成りすまし文通。自分の罪を軽くしたいからお前の悪事を暴露すると脅しベスやタイルの告発文を造らせる。

アーチ→トマに成りすまし文通。スキンが自己保身のために神殿に提出する記録を作っていると密告。真似させる。


ロイドが使ったトリックはマジシャンズセレクトと言われる手法。

タイルの選択肢は多いようで、誰を選択しても結果は変わらなかった。


デイルが来たのは偶然。

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