16.釣果


 暗殺の危機。



 その最中、おれは森に居た。



 ベルグリッド領から北部にある王家が管理する小さな森だ。



「おや、御覧なさいよ。こんな高貴な祭事に、平民が紛れ込んでいますよ」

「何かとお騒がせなギブソニアですね」

「よくもまぁ、恥ずかしくないものだ」

「本当だ。全く、貴族の権威を損なっていい迷惑だというのに」



 皆さんどう思います?

 絶妙に本人に聞こえるように話すその技術、どこで学んだんでしょうね。

 貴族の権威?

 聞いて呆れる。


 父、ヒースクリフが普段浴びている陰口も似たようなものだろう。よく耐えているものだと感心した。




 この高貴な祭事は王が狩猟の最初を務めることで、狩猟解禁を報せる年中行事。


 秋の狩猟祭だ。



 この年はたまたまベルグリッド近郊の森で行われるということで、ヒースクリフも参加しないわけにはいかなかった。



 

「はぁ、ロイド。やはりお前まで来ることは無かったのに」

「いえ、陛下がお越しになっているのに屋敷で留守番はひどいですよ。それに護衛を二手に分ける余力は無いでしょう?」

「だが、お前は森での騎馬に慣れていない。ここには魔獣もいるし、離れるなよ」




 あ、誰ですか? 今笑ったのは?



 命を狙われてるのに、不慣れな森に不慣れな騎馬で付いて来たのが自殺行為だって?




 そんなことないよ。

 ぼくだって社交界に出て、貴族の仲間入りしたいんだい。



 大丈夫さ。何も起こらない。

 ここには駐屯騎士たちと、陛下の王宮騎士たちがいるしね。


 きっと大丈夫さ。




 そんな楽観視をしていたら、みんなとはぐれて森で迷子になっちゃったよ。



「全く、お前が勝手に駆け出すからだぞ。どうするんだよ」

「ブルルゥ」



 どこか反論した気な馬をなだめつつ、おれは狼狽えた。



 泣きそうになりながら助けを呼ぼうとしたとき、物陰から男が現れた。



「よぉ、迷子か?」

「良かったー、助かったー! そうなんです。帰り道をご存じありませんか?」

「ああ、おれが案内してやるよ」

「ありがとう、知らないおじさん」



「ただし、おれが案内するのは、あの世だかな!」




 知らないおじさんは魔獣の角をおれに振りかざした。



 このおじさん、何を隠そうおれを殺しに来た刺客。



 うっかり偶然たまたまはぐれてしまったおれを追って、事故に見せかけて殺すために、用意していた魔獣の角を取り出した。



 用意周到なのも当然だ。



 彼は依頼を受けた時点で、おれがこの秋の狩猟祭に参加する情報を得ていたのだ。


 そして勝手知ったるこの森でならと快諾し、魔獣をおびき寄せる撒き餌で混乱を生み、その隙におれを暗殺する算段だった。



 ところが、魔獣をおびき寄せる担当から合図が無い。おれが馬の操作を誤り、森に迷い込んだため、急遽決行することにしたのであった。




 自分が狩られる側とも知らずに。




「ぐわぁ!!」



 男の手から角が落ち、代わりに矢が刺さっていた。




「ち、ちくしょう、誰だ!?」



 刺客の誰何に、木の上から声が聞こえた。



「法で裁けぬ悪がある‥‥‥助けを求める声がする‥‥‥悪を憎み、か弱き者を救う正義の使者! 参上!!」



 そう言って、男が木から降りてきた。



 リトナリアにくっ付いている冒険者だ。演習の時、やたらとリトナリアをデカい声で応援していた奴。

 今回協力者として紹介された。




 名前はマス。弓使いだ。




「お、お前は、最近名を上げてる冒険者! なんでここに!?」

「闇が蔓延るところ、光差す‥‥‥窮地に遭って救い在り! 放つは断罪の矢、穿つは罪の心! 悪を憎み、か弱きものを救う正義の使者! 参上!!」



 かっこいい登場の仕方を模索していた19歳。


 おれは『記憶の神殿』にどうでもいい前口上のレパートリーを記録させられた。

 よく恥ずかしくないもんだな。




「彼にはずっとここで待ってもらってたんだ」

「ちょっと、ロイド君~! ダメだよ。それじゃあおれが駆け付けた感がないじゃん!!」



 お調子者だが、腕は確かだ。



「ど、どういうことだ!?」





「つまり、こういうことだ」



 狩猟祭の後、誰の獲物が一番か決める品評会で、タンクが突き出したのは暗殺ギルドの刺客10名。



 おれが森を彷徨っている間に、同じように釣られた輩をタンク、リトナリア、マスの三人に確保してもらったのだ。




「どういうことだ? 大陸一位のあなたがたまたまそのギブソニア家養子のロイドを護衛していたのか?」



 貴族の一人が質問した。



「そんなわけねぇだろ。全部この坊ちゃんの計画だ。暗殺者を釣って、その背後にいる連中を裁くためにな」



 すると貴族たちから嘲笑が聞こえた。




「そんな輩を捕らえたところで何を答えるというのだ?」

「依頼主がその黒幕本人のはずがあるまい」




 そう。

 こんなことは貴族の社会では日常茶飯事。

 敵対勢力のトップに居る者が、まさか自分で暗殺ギルドに依頼を出すわけがない。



 間に人を挟めばいくらでも知らない振りができる。




「無駄かどうかはこの男を神殿で審議にかけてから言うんだな」




 そう言ってタンクは暗殺者たちとは別の男を突き出した。



 その顔を見て暗殺者の一人が驚いた。

 男も暗殺者の顔を見て驚いた。

 

 それもそのはず。

 この二人は依頼人と請負人の関係だからだ。



 互いに詳しい素性は知らない。

 捕まった時知らないで通せるからだ。

 だがこうして両方捕まっては言い逃れできない。




 おれの計画の重要なキーマンはこの男。



 ボスコーン家の使用人を務め、裏の仕事に関わって来た忠臣の一人だ。



 おれが自分を囮にしてここまで計画したのはこの男を捕まえるためでもあった。





「王国の法では確かな証言があれば、訴えを起こし、裁定を開くことが可能なはずですよね?」



 おれの「確かな証拠」という言葉にどよめく場内。

 


 暗殺者たちがこの閉鎖された森に居た。

 それは誰かを狙ったという証拠だ。

 捕まった暗殺者には誰かが依頼を出したはず。

 


 誰かは最初から分かっている。

 このデイルだ。


 彼は間者から、おれが秋の狩猟祭に参加するという報せを受け、狩猟祭が開かれる森に土地勘を持ち、ボスコーン家とも関わりの無い手練れの暗殺者を雇った。



 あとは簡単だ。



 暗殺者からデイルに依頼されたという証言を引き出す。




「なるほど、暗殺者の証言でそのデイルという者を裁きに掛けることは可能だ。しかし、その者を審議にかけ、黒幕を吐かせたとしても、無駄なことだ」




 言い逃れの方法として、「他人が自分に成りすまして命令した。本人は自分から命令されたと思い込んでいる」という方法だ。



 結局、黒幕を裁きの場に引っ張り出すには証言だけでは不十分なのだ。


 うわ~そうだった!




「まぁ、平民なりに無い知恵を絞ったほうだが、こんなくだらないことで陛下の御時間を割くなど言語道断だ。さっさとこの場から消え去れ!」

「ヒースクリフ卿、これは問題ですぞ」

「この茶番の責任を誰が取るのだ?」



 

 困ったな~どうしよう!?



 そんな時はこれだ。




 物証~!!




 リトナリアが一冊の本を取り出した。

 それを見てデイルがガタガタと震え出した。



「これはデイルを捕らえた時に一緒に発見した日記帳だ」

「日記帳? それがなんだ?」

「説明するより、王が読んでくれた方が早ぇんだけどな」



 タンクのおかげで話が早くて助かる。

 子どものおれがやっては門前払いだっただろう。


 すんなりデイルの日記帳は王様の下へと家臣の人たちを経由して届けられた。




「おっと、それとこれもだ」



 おれが考察したボスコーン関連の事件簿。




 それも王の下に届けられた。



「一体何が起きてるんだ?」



 困惑する貴族たちを尻目に、しばらくパラパラと紙をめくる音だけが聞こえた。



 

 やがて音が止まると初めて王様の声を聴いた。




「タイル・セイロン・ボスコーンを余の名の下に陰謀の罪で捕らえ、法院の裁きを受けさせるものとする」





 唖然とするヒースクリフ達。そのほかの貴族たち。




 そんな中、タンク、リトナリア、マスとおれの四人だけがハイタッチして喜んでいた。




 作戦は完璧に成功した。

 



■ちょこっとメモ

なぜ暗殺依頼を出したのがデイルだと初めからわかってたのか。

実行犯、依頼者、黒幕の順番ではなく、依頼者のデイルが最初から捕まっていたのはロイドがデイルが来ることを知っていたわけではなく、ボスコーンの暗殺に関わる数人を全員張っていたから。

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