15.傑物

 演習に飛び入り参加し、あと一歩というところで敗れたおれは、リトナリアに負わされた名誉の傷を癒し、大人しく屋敷で静養していた。



 決してヒースクリフに怒られて、屋敷で謹慎していたわけではない。



 そんな時、来客が訪れた。




 来客用の居室で、静謐せいひつに佇むその姿はやはり人間離れした、不思議な魅力を有していた。



「ようこそお越しくださいました、リトナリアさん」



 部屋に入りあいさつすると、彼女はたおやかに立ち上がり礼をした。パラノーツには無い礼儀作法だが、日本的でとても誠意の籠った作法だと感じた。自然とおれも頭を下げると、彼女はその悩まし気な表情を破顔して、微笑んだ。



「突然押しかけて申し訳ない。その後体調の方はどうかと思ってな。本当にすまなかった」

「大したことはありません。それに、これは名誉の負傷。おかげで男が上がったこと請け合いです」

「フフ。傷なんて無くても君はいい男になるさ」



 リトナリアと言葉を交わし、席に着いた。



 すると対面に座る、大男と眼が合った。



(デカいな。リトナリアさんのお付きの冒険者かな? この人に護衛なんていらないと思うけど)



「それで、そちらは?」

「ああ、すまない。彼は勝手に付いて来てしまって。旧友の――」

「タンクだ! ローア大陸一位と言ったらわかるだろ?」



(わかりません。誰?)



 冒険者にはリトナリアの『レッドハンズ』のように異名がある。

 冒険者との交流の無かったおれには異名を言われてもさっぱりわからなかったが、家の者たちは知っていたらしい。



「きゃ~、サインください!!」

「ローレル! 失礼だぞ! あ、でもおれも‥‥‥」



 おれはそれとなく家令に耳打ちさせた。



「大人物でございます。この方はローア大陸で唯一の極銀ミスリル級冒険者ですので」

「え?」



 確かに~!!


 ただ者じゃないって思ってたんですよね~!!




 この男、日焼けして筋骨隆々で、一件ただの粗野で狂暴そうな、典型的冒険者に見えるが、ただ者ではなかった。



 なにせおれが歯が立たなかったリトナリアより等級が高いのだ。



 金級のリトナリアですら、人を超越した存在と称される。


 その上の極銀ミスリル級。



 世界に数十名しか存在しない規格外の強さを誇る冒険者。


 このレベルになると、もはや出自など誰も気にしない。各国の有力者、王族がこぞって食客に迎え入れる、真の英傑。


 冒険者ギルドも、任意のクエストに介入できる特権を与える程だ。自由に他の冒険者が受けたクエストに介入できる。



 

 粗野で荒々しい見た目や口調は、そこらへんの冒険者と変わらない。


 しかしそれは世を忍ぶ仮の姿。


 能ある鷹は爪を隠す。


 大賢は愚なるが如し。



「初めまして、ロイドと申します」

「‥‥‥おう」



 タンクはおれをギロリとにらみつけた。



(なんだ? この程度でおれがビビるとでも思ってんのか?)



 タンクの印象は愛想の悪いおっさん。




 おれはお上品なリトナリアと会話をしつつ、タンクを観察した。



 時折おれの方を睨みつけていたが、ほとんど隣のリトナリアに見惚れていた。



(普通だな)



 おれには用事が無いようだし、本当にただリトナリアに付いて来ただけだと察した。


 惚れてる。



 エルフにはある種の魅惑がある。

 魔族に嫌悪感を抱くように、それは本能的な反応だ。



 だが、このタンクはそれだけじゃなく、様々な因縁と本人曰く運命によって、切っても切れない関係となのだそうだ。

 興味が無いから詳しくは聞いてないけど。




「何を見ている?」

「う、おう‥‥‥何でもねぇ」



 リトナリアに見られていることを気付かれたタンクは照れながら視線を逸らした。



 腹芸ができるタイプじゃない。



 モロに顔に出るタイプだ。



 わかりやすい。



 おれは惚れた女の横でソワソワしている英傑をからかう気持ちをグッと堪えていた。



「お二人は付き合って長いんですか?」

「おいおい、別に付き合ってねぇよ!!‥‥‥そう見えるか?」



(ちょろいな)



 大人なリトナリアは落ち着いた様子で話し始めた。



「最初に出会ったのはもう十年以上前だ」

「13年前な」

「私が死にかけていたコイツを助けてやった。それだけだ」

「それだけってことねぇだろ。あの後何度も組んだだろ?」

「勝手にお前が付いて来ただけだ」

「ちっ、薄情な奴だな」



 まるで、憧れのお姉さんに思いを寄せる子供のような関係だ。



「報われませんねぇ」

「うっせいなガキ」

「おい、不敬だぞ。こちらはギブソニア家の後継者だ」

「フン、いけ好かねぇな‥‥‥ん? ギブソニアだと?」



 タンクはリトナリアに夢中で、ここがギブソニア家だと初めて知ったらしかった。



 結構時間経ったけどな。



「そうか、お前が元平民から伯爵家の跡取りになったっていうガキか‥‥‥」




 タンクはニヤッと笑った。



「お前、命狙われてるぞ」




 タンクのカミングアウトに、真っ先に反応したのは横にいたリトナリア。



「いきなり何を言っている! 不敬だぞ!!」



 そう言ってタンクの腹に一発入れた。



 悶絶するタンク。




(うわ~。美人だけどやっぱ冒険者だな)




「げほっ、げほっ! 魔導士のくせに相変わらず強烈だな…‥‥」

「謝れ、タンク。私に恥をかかせに来たのか?」

「ちげぇって! おれは忠告してやってんだよ。おれが南から来たのはお前も知ってんだろ? その時よぉ‥‥‥」



 タンクは事のあらましを話した。



 南、ボスコーン家の支配する領地に居た時、一族の長、セイロン一族当主タイルに招かれたタンクはある提案を受けたという。



『世の情勢の移ろいは激しく、我が一族の富と力を疎む輩が神殿を欺き、法の下の略奪を繰り返している。この地を平定し、秩序を護る者として、そなたにもこの聖なる戦いに参戦していただきたい』



 自分たちが被害者であることを強調し、大儀のために戦う。


 それに協力しろという内容。



 全く、恥知らずとはこのことだな。




「それで、どうしたんですか?」

「いや、だからー目当てはお前だよ。お前を全ての元凶として葬り、ギブソニア家を乗っ取る算段らしい。馬鹿らしいから断ったんだがしつこくてな。ありゃ諦めねぇぞ」




 リトナリアやローレル、スパロウ、ヴィオラは驚いていた。




「タンク殿、その話本当ですか?」

「すぐに伯爵に伝えないとね」

「うわわ、ロイド様、早く隠れて下さい!! とりあえず私の後ろに!!」




 慌ただしくなる部屋。




「皆落ちついて下さい。大丈夫ですよ。知ってましたから」




 タンクが驚いた。



「う、嘘つくな。おれが南を発ったのは一週間前だぞ。まだ動いてねぇ計画をお前が知ってるはずがなねぇ」

「計画の詳しい内容は知りませんが、暗殺計画があるのは予想していました」




 理由はブルゴスの強襲だ。



 あの時、屋敷に侵入したブルゴス以外の五人は金で雇われた南部の傭兵。



 ブルゴスたちは屋敷の隠し通路から侵入した。

 屋敷に入り浸っていたブルゴスがそれを知っていたのは不思議じゃない。


 でも通路は外からこじ開けられないようになっている。出入り自在だと困るからね。



 ブルゴスが事前に開けておいたとも思えない。

 そんな用意周到なマネをする奴じゃない。



 つまり、内部から招き入れた者がいる。

 他の五人は屋敷の関係者ではないから無理だ。

 


 おれはそれが気になり、屋敷に残った使用人たちを観察した。



 それで、ある使用人の妙な動きに気が付いて泳がすことにした。

 やがて、間者がボスコーンと繋がっていることを突き止めた。



 仲介人を挟んだ暗号での手紙のやり取り。



 それはブルゴスが捕まった後もずっと続いていた。



 ブルゴスが調べに対し、間者の存在を告白するのは時間の問題。


 なのに、屋敷に潜り込ませ続けているのはすぐに次の暗殺計画が実行されるからだ。




「ぼくはボスコーン絡みの事件や、関わった者にまつわる興亡を調べて、その手口についていくつか仮説を立てました。それで、次の手口についてもおおよその予想をしていたわけです」



 現在、ベスとブルゴスの失敗でボスコーン家の関係者はベルグリッドからほとんど排除された。動かせる者は限られる。




 過去の例から次にタイル・セイロン・ボスコーンがどうしかけて来るのか、おれにはほとんどわかっていた。



「おい、いいのか? 私たちにそんな話をしても?」

「ええ、リトナリアさんを信用してます」

「おれはいいのか? 初対面だぞ」

「これでも人を見る目はある方ですから」



 腹芸できないもんな、この人。



「じゃあ、ついでに聞かせろ。この後どうする気だ? こうして知り合っちまったら知らねぇフリするわけにも行かねぇ。どっか身を隠すところでもあるのか?」

「いえ。隠れるつもりはありません」




 おれは計画について話した。

 ずっと準備してきた計画だ。




「暗殺犯を捕まえて、当主タイル・セイロン・ボスコーンを裁定の場に引きずり出します」

「‥‥‥そりゃ無理だぜ」



 タンクはあきれ顔でそう言った。



「古い貴族の力はそんな生易しいものじゃねぇ。王ですら無視できない影響力がある。神殿の裁きにこの手の有力者が出廷させられることはねぇ」



 そんなことは分かっていた。



 一族の当主を裁くとなれば、もちろん抵抗する。

 それはもはや戦争だ。

 王も戦争は望まない。

 裁きにはまず調べる口実が必要だ。

 その上で確たる証拠がいる。

 その証拠を元に神殿の法院で裁きを決定する。

 

 

 だが裏を返すと証拠さえ出なければ法院まで訴えは及ばない。



 もみ消し、捏造、でっち上げ、身代わり。



 裁きを逃れる手はいくらでもある。




 決定的なボロを出さなければ、罪を逃れられてしまう。




「なら、そのボロを出させればいいんです」

「なに?」



 ただ相手の動きを読んで、待ち構えているのではなく、こちらから相手の動きをコントロールする。




「そのために間者を泳がせてきたんです」



 おれは詳しい計画内容をリトナリアとタンクの二人に話した。




「気に食わねぇ。ここまで話されたら、黙って帰れねぇだろ」

「やられたな。ここは彼の狙い通り、計画に加担するしかあるまい」

「いや、これは冒険者の流儀じゃねぇぜ?」

「だが、正義はこちらにある。よもや怖気づいてはいまいな、『大陸一位』」

「ああ、もうわかった。その代わり、これは借りだからな」



 不承不承、タンクが納得し、思いがけずっと準備してきた計画に強力な味方が二人もできた。



■ちょこっとメモ

ベルグリッド駐屯騎士団は第一~第八大隊まであり、それぞれがベルグリッド各地に配備されている。

ギブソニア邸があるベルグリッド市には第一、第二とエルゴン隊長の精鋭部隊が駐留する。

総勢1500名、ベルグリッド市には300名軍人騎士がいる。

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