13.演習

 

「冒険者ギルドに行こう」



 父、ヒースクリフが王宮魔導士として復帰して一か月。


 忙しくなったヒースクリフがある日おれを冒険者ギルドに誘った。



 理由はベルグリッドにやって来た有名な冒険者だ。




 もったいぶる必要が無いから、彼女との出会いのエピソードを語る前に誰だか言っておこう。



 彼女の通り名は多い。

『長耳の解体魔』

『血塗られし惨殺魔』

『血染めの切り裂き魔』


 そう呼ぶと怒るから呼ばないように注意しよう。


 みんなは『レッド・ハンズ』、それか姐さん、もしくはリトナリアと呼ぶ。



 金級冒険者で、皆さんお待ちかねのエルフだ。



 そして生涯にわたりおれが世話になる人でもある。



 ◇



 おれは父ヒースクリフと護衛のスパロウ、ローレル、それとヴィオラと共に冒険者ギルドにやって来た。



 ちなみに冒険者ギルドについても少し触れておこう。



 その起源は詳しく知られておらず、一説では神殿から派生した組織が独立したのではないかと言われている。


 本当は違うんだけど、もっともらしいのでここではそういうことにしておく。


 そう言われているのは神殿と同じく国に属さない共同体だからだ。



 多国籍企業みたいなものだ。

 ただしどこの国から生まれたのかは知られていない。



 だがその信頼は絶大だ。

 国からしたら兵士になれない輩の受け皿になり、魔獣と戦わせてくれる上に、多額の税金を支払ってくれるのだから文句があるはずが無い。


 今じゃその信用を利用して多角的にビジネスを展開している。


 世界各地を行き交い、安全なルートとそうでないルートを知り尽くしている冒険者。


 その情報を利用し、情報と金を扱い、人の移動に対する保険を請け負う郵便事業、送金事業、保険事業を始めた。



 世界の情報を知るのは冒険者ギルドだし、金の預貯金も受け付けているのでほとんど銀行だ。



 まぁ、冒険者ギルドには逆らえないよねって話だ。



 そのギルドの長をする人は、冒険者として名を残した猛者だ。


 冒険者は超実力主義。


 力がある者にしか従わない。


 ここのギルド長も例外でない。

 顔面に傷がある、強面だ。




「ギルド長、今日は見学させてもらいますよ」

「ヒースクリフ卿。どうも~」



 憮然とした態度のギルド長に対し、伯爵であるヒースクリフが遜ってあいさつした。

 独特な地位だとつくづく思った。



「くひひ。ギルド長、その小奇麗な格好した兄さんはお客人ですかい?」

「お貴族様だ。それも嫁に騙されて他の男のガキを育てさせられてたってよ!!」

「ぎゃはは、知ってるぞ!! お間抜けな領主様だな!!」



 ヒースクリフをバカにする男たち。

 ピリつく護衛のスパロウと、ローレル。



「止せお前らぁ~。すいませんね~伯爵。こいつらは思ったことが口から出てしまうんで~」

「いえ、気にしていません」

「そうですか~」



 チラリとギルド長がおれを見た。



「その子が噂の新しい御子息で~?」

「ええ、ロイドです」



 おれはお辞儀してあいさつした。




「お行儀のいいお坊ちゃんだ~。しかし、その子に見せるにはまだ早いと思いますがね~」

「ロイドは優秀です。将来は大魔導も夢ではありません」

「ははは~、身びいきが過ぎますね~。お坊ちゃんに期待するには大き過ぎるでしょ~。大魔導が何かも知らないのでは~?」

「知っています」



 大魔導は魔導士の最高位の称号だ。

 ただ、国が定めるものでは無く、冒険者ギルドが決めたランキング『星導十士選』の一位をそう呼んでいる。



 冒険者のランキングが『栄位百傑』、常に入れ替わる冒険者の上位100人。

 魔導士のランキングが『星導十士選』、不定期で決まるこの世の優れた魔導士10名。

 総合的ランキングが『神士七勇』、純粋に強さだけで選ばれる現世最強7名。

 


 つまり『星導十士選』大魔導は世界最高の魔導士を指す。

 しかし現状おれより強いヒースクリフも選ばれてたことは無い。



「若者が夢を見るのは自由ですよ~。しかし、彼女を見てその子が自信を失っても文句は無しですよ~」



 感じ悪。


 脛蹴ったれ、おれ!



 この時のおれはまだ何の活躍もしていなかったため、ド平民のラッキーボーイという扱いだった。



 ヒースクリフはベスの一件で同情を集めていたがおれを跡継ぎとして育てることは、気を病んでの迷走だと思われていたそうだ。


 まだ若いから普通に良家の令嬢を嫁に迎えて、今度こそドラコの血筋で世継ぎを作ればいい。



 考えて見れば当たり前だが、彼はおれを当たり前のように息子として育ててくれた。


 ありがたいことだ。



 さて、超見下されてたおれたちは冒険者たちの奇異の眼に晒されながら演習場へ。



 演習場には多くの見物人が来ており、そのほとんどが冒険者と見受けられた。



「姐さん、行っけぇーーー!!」


 やけに気合の入った応援が聞こえた。

 その視線の先には一人の女性。




 そこへ別の冒険者が囲んで襲いかかった。



「うわ……」



 屈強な男たちが女性に群がる様子は犯罪に近い画だったので、その異様さに引いた。




 戦いは一瞬だったけど、あえて細かく話そう。




 女性は長い髪をなびかせながら、スルスルと器用に男たちの包囲網をすり抜け、省略詠唱で素早く魔法を発動させた。

 対人級魔法『突風』により、次々と男たちは吹っ飛ばされていく。


 この辺りでおれは気が付いた。


(あれ? ひょっとしてこれ、訓練を受けてるのはあの男たちの方か!)



『突風』を掻い潜り一人の素早い男が短剣を構えて接近した。


 他の者と明らかに違う動き。



「彼は銀級ですよ~。短剣と素早い動きに加え、素早い魔法の行使を可能とする~」

「ほう‥‥‥」



 ギルド長が説明し始めた。



「使える属性は~土と火。土は対魔級まで使える~」

「素晴らしいですね。動きながら魔法まで使えるとは」

「そうでしょ~」



 ギルド長は自慢気だ。



「小奇麗に遠くから魔法を放つだけ~、前衛で剣を振るうだけ~。実戦的ではない~。できることは全てする~。冒険者的な戦い方こそ~もっとも優れたスタイルだ~」



 短剣使いの魔導士は土魔法で障害物を形成。

 姿をくらまし、リトナリアの背後を取る。


 彼女の風魔法は避けられ、ついに近接戦の間合いに踏み込まれた。



「だが~、あの銀級ですら足元にも及ばない~。それが『レッド・ハンズ』だ~」



 女性は淡々と短剣を交わしながら、男を殴った。

 カウンターで入った拳は男のみぞおちをえぐり吹っ飛ばした。



「ええええ!!」


 明らかに女性の腕力ではない。


「風の魔法を纏って『風圧』で拳の威力を上げたんだよ」

「なるほど。いや、そんな精密な操作ができるのなら距離を取った方が安全に倒せるのでは?」



 風魔法を近接戦闘に応用するなんて発想は無かった。

 魔法がそもそも遠距離武器だ。

 機関銃があるなら殴るより撃つ方が確実だろう。



「若様ぁ、私たち前衛職から言わせてもらえば、遠距離の魔法は確かに怖いですけど、それを掻い潜った後、接近戦で魔法を撃たれるのはもっと怖いんですよー」

「そりゃ、まぁそうでしょうけど」

「うむ、若様は魔法を遠距離で使用することに固執して居られる。こちらは確かにやり辛くもあるが、予想できる戦法でもある。近距離で何かをしてくる相手の方が精神的プレッシャーを感じる」

「あの魔導士はまさに、攻めにくい、守りにくいを体現しているのだよ。私にはできないが、ロイド、お前には参考になる戦い方だと思ってね」



(ということは、あの人が、有名な魔導士……)



「彼女がリトナリアだ。〈血塗られた両手レッド・ハンズ〉の異名を持つゴールド級冒険者。見ての通りエルフ族だよ」


「うわぁ〜すっごい美人ですね、坊ちゃま!」

「ひどい二つ名の方が気になる!」




 彼女は主要登場人物になるので詳しく紹介しよう。


 人族には無い長い耳。


 煌めく長い金髪は金糸のよう。

 眩い瞳はエメラルドのように輝き、肌は赤ん坊のようにきめ細かく瑞々しい。


 長くスラッとした手足。

 引き込まれそうな美貌。

 それをひけらかさない気品。

 かえって増す妖艶さ。


 でも胸の方は伝統的エルフの――あ、ごめんなさい! ヤメテ!!








 と、とにかく、美人ってことで。

 あ、すごい、すごい美人です。



 その戦い方は美麗にして華麗。


 そして大胆なものだった。



 基本的に接近して、魔法を纏った拳や蹴りで相手を吹っ飛ばす。

 しかし、距離を取ると普通に遠距離攻撃も放ってくる。

 剣も風の魔法で弾いておりその精度も一級品と見受けられた。



 冒険者たちが果敢に挑んでいったのも最初だけで、挑む者は減っていった。




「お、お前まだだろ、行ってこい!」

「無理言うなよ! 一人じゃ何もできねぇじゃん、お前行けよ!」

「いや、たぶんここで見てた方が勉強になるんじゃないかと」

「「「確かに……」」」



 ヒースクリフをバカにしていた冒険者たちがしり込みしていた。



 かっこわるぅー!!!!



 リトナリアへの畏怖が場に萎縮した空気を生み出していた。



「これまでかな。他にめぼしい者は――ん、誰か挑戦者が現れたようだな」

「ご子息が~」

「え?」

「黙って席を立って行きましたよ~」



 勝ち目がない?


 そうだろうか?


 おれは見つけた。



 彼女に勝つ方法を。



「ん? まさか!!」

「私、気づいてましたけど黙ってました、ビシッ!」

「ローレル、貴様!!」


 慌てる大人たちを尻目にすでにおれは演習場へ降りていた。



 リトナリアはすぐおれに気が付いて、駆け寄って来た。先ほどと変わってにっこりと微笑んでいる。

 作り笑いだが。



「どうしたの? ここは遊ぶところではないんだよ?」

「いえ、見ているだけでは物足りなくて。飛び入りってありですか?」



 エルフは作り笑いを止めて、無表情になった。

 美人の無表情怖いよね。


 あ、いやその風格に圧倒されちゃいました。



「ロイド」

「若様大胆ねー」

「いや、だめでしょう! 止めましょう!!」

「ご苦労が忍ばれますな~伯爵~」



 ギルド長も特に止める素振りは無かった。



(これが金級か。この人と戦えば今のおれに足りないものが見えてくるかもしれない)



 先ほどから金と銀とか当たり前のように言っているけど、ここでギルドの階級について説明しておこう。

 じゃないとおれがただの無謀なバカに見えるからね。


 冒険者の階級は、銅、鉄、銀、金と上がっていく。

 銅は駆け出しで主な仕事は情報収集や薬草、素材集め。あと鳥獣駆除とか?

 鉄は一般冒険者で、魔獣と戦ったり、用心棒として雇われることが多い。


 その先の銀になると次元が異なる。

 銀級冒険者は熟練者で、一人で魔獣と戦うことができるし、修羅場を潜り抜けて来た冒険者の中の冒険者だ。



 金級冒険者はそのさらに上だ。

 一人で魔獣の群れと戦える。

 このレベルになるとギルドだけでなく、国からも時々仕事の要請が来たりするらしい。

 貴族と言えど金級には気を使う。



 そんな人になんで挑戦するのか。



 金級は数が少ないから、このチャンスを逃すと次はいつになるのかわからない。



 ね、おれの行動は理に適っているでしょ?



「ロイドは全力を出せる相手が必要だ。まぁ、見届けてやろう。戻ってきたら怒るけど」


「おい、なんだあのガキ、まさか挑むってのか?」


 観客が騒ぎ出した。

 彼らが見に来たのは冒険者同士の戦いだ。

 おれのような子供はお呼びで無いのは当然だろう。


 すいませんね。


「おい、職員はやくつまみ出せよ!」

「ボウズ!! そのネーちゃんは見た目よりおっかないぞ! 気ぃ付けな!」


 ヤジが飛ぶ中、リトナリアがおれを値踏みするように見つめる。



「真っ直ぐ見返すか、私の眼を。君は誰かな?」


「失礼しました。私はロイドです。あなたの魔法を間近で見たくて来ちゃいました」

「そうか、正直な子供は大好きだ」


 彼女が笑顔で構えた。

 おれはそれを了承と受け取って、戦闘態勢に入った。


「え? やるのか?」

「まじか」

「あれまだほんの五、六歳ぐらいだろ? 絶対冒険者じゃねえぞ……」

「おい、職員何してんだ!! 早くやめさせろ!!」


 制止は間に合わなかった。


 会場全体に響き渡る大きな音が周囲の雑音をかき消した。



 リトナリアがいきなり『暴風』を発動した。



【対魔級魔法】の『暴風』は『風圧』の上位互換。

 より殺傷力の高い魔法だ。



 6歳の幼気な子供にいきなりこれはない。

 これはないよね。

 後で聞いたら、防げると分かっていたとか言っていたけど嘘だね。



 彼女はたたき上げの冒険者。

 荒くれ者を束ねる元締め――あ、ああー! ごめんなさい!!


 うあ゛あ゛ー!!

 ヤメッ――――








 すごい慧眼の持ち主でございますね。


『暴風』を発動させたリトナリアに対し、おれは『暴風』で相殺させた。



 それを合図としておれと彼女の演習試合が始まった。



「あぁ゛~?! 防いだ~?!!」



 ギルド長が席を立ち驚きの声を上げた。



■ちょこっとメモ

『神士七勇』

一位『始祖』 神魔族

二位『黒獅子』獣魔族

三位『竜王』 竜人族

四位『大賢者』魔人族 

五位『韋駄天』人族(バルト民族)

六位『不死王』翼手族

七位『大災害』紅火族

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