幕間 父親
◆ベルグリッド領 領主 宮廷魔導士 ヒースクリフ・ドラコ・ギブソニア伯爵
ベスとの離婚は困難を極めた。
ボスコーン家はベスへの同情を誘うように世論操作した。
しかし、ベスの悪行の数々は知れ渡っており、逆効果だった。
離婚を阻止しようとボスコーン家が交渉を求めて来た。
全てをうやむやにしたいのだ。
だが、調停人が決まると引き下がった。
ありがたい。
憐れで情けない私にも味方がいた。
ジョルジオ・ネス・ブルボン。
西の大領主。四大貴族の一つブルボン家の当主であり、ローレルの父。
彼が力を貸してくれたのは、ローレルの口添えのおかげだろう。
アプル・ド=ミルズ・ナイブズ。
東のリヴァンプール港湾都市を治める伯爵。大運河を所有し、ブルボン家と並ぶ四大貴族の当主。
彼女には幼い頃から世話になってきた。
今でも子ども扱いで全く頭が上がらない。
気になるのはもう一人の調停人だ。
南のピストックノーツ辺境伯。四大貴族最大の勢力を誇るレディントン家の当主。
『南の戦王』
エシュロン・バルロ=ノーツ・レディントン。
国王陛下と
使者と共に手紙が届いた時胃が悲鳴を上げ、読むのをためらったが、彼は私側の調停人に名乗りを上げたのだ。
なぜ私の味方をするのか。
心当たりがない。
手紙の最後は『北部の勇猛果敢なる少年を称えて』とあった。
ロイド?
いや、確かに魔法の精度、魔力量は驚異的だ。
将来は宮廷魔導士。
いや『星昂十士選』の『大魔導一位』にも選ばれるかもしれない。
だがまだ6歳だ。
対魔級魔法以上は教えてない。
外で魔法を使わせてもいない。
謎は解けないが、『南の戦王』が私に味方したことがトドメになった。
ボスコーン家は要求を取り下げた。
ベスの保釈金と私への賠償金で地位も危うい。
追い詰められた獣は恐ろしいが、一先ず縁は切れた。
社交界や王宮から距離を置くことになり3か月経ち、落ち着き始めた。
屋敷はまるで憑き物が落ちたかのように明るくなった。
ロイドが我が屋敷に来て一年。
毎日、馬術や剣術の稽古をして、同時に歴史や家紋と力関係を学び、その間も魔法の訓練も怠らない。
常時【基礎級魔法】を発動させる訓練は他の魔導士に教わったようだ。
どんな者だったが訊ねるとロイドは彼女を絵に描いた。
白髪に深緑の瞳。非常に整った顔立ちの若い女だ。
まず驚いたのはその美しさだ。
絵が美しかった。
新しい息子は実に多才だ。
彼女は魔力で惨事が起こると言って魔力を吸い取ったらしい。
それが本当だとしたらロイドは【魔物堕ち】しかけてその女性に救われたことになる。
【魔物堕ち】は体内の魔力が集中して蓄積することで不安定な魔石ができて、それに合わせて肉体が魔物に変わる現象だ。
対応策が魔力を吸い取ることなのかは知らないが、防いでくれたというなら彼女に感謝せねばなるまい。
ロイドは彼女について私に心当たりを訊ねたが、おそらくこの国の者ではあるまい。
【魔物堕ち】を防ぐほどの知識と技術を持つものは私が知る限りこの国にはいない。
おそらく帝国の筆頭魔導士か中央大陸の東南の共和国の魔導士だろう。どちらもこの国より魔導について先に進んでいる。
それを伝えると、稽古の合間に中央大陸の言語まで学び始めた。末恐ろしくも頼もしい限りだ。
食卓を共に囲み、ロイドがその日学んだことを聞き、その探求心に感化され、使用人に止められるまで魔法について話し込んだ。
「つまり複合魔法は属性が違う魔力で反魔法と同じように安定を失うということですか」
「そうだ。だが属性の違う魔力が干渉し合うことなく発動する鍵もそこにあると思う。例えば――」
「もう、二人とも、いい加減食べて下さいよ!!」
「「はい‥‥‥」」
魔法に夢中になるなんていつ以来か。
私はベスと結婚する前の探求心のあったころの自分が呼び覚まされた気がした。
32歳はまだ魔導士としては若輩。
私は魔法の研究を始め、発表し、それが王立魔道学院で認められ王都復帰を果たした。
ロイドとは不思議な関係だ。
家族としての親しみを感じながら、親子である実感はない。
年の離れた弟のような、信頼と期待がある。
食卓で家族と話をすることをこんなにも楽しみにするとは思わなかった。
その成長が自分のことのように喜ばしいことが新鮮だった。
ロイドと過ごし、私は今まで家族と過ごしたことなど一度も無かったのだと気が付いた。
私はこの食卓を護るために生きようと決めた。
■ちょこっとメモ
ドラコ一族がヒースクリフ一人なのは、壮絶な家督争いがあったからであり、ヒースクリフは家族の情を知らずに育った。
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