12.覚悟
少し明るくなった屋敷で、おれはほとぼりが冷める間ずっと魔法を学んだ。
父、ヒースクリフは宮廷魔導士として一層働き、名誉回復に努めるようになり、屋敷で魔法を教わる機会は少なかった。
それでもおれは魔法の修練に明け暮れた。
修得したのは、魔法の無効化。
反魔法。
それから、より攻撃力の高い魔法。
ブルゴスにおれの魔法が効かなかった。
よし。
コツは掴んだ。
おれは攻撃力の高い魔法を手に入れた!
なんてうまい話があるわけなく‥‥‥
「若様は魔力があって、魔力の操作も御上手です。ですが、若様の魔法は利きません」
「‥‥‥悪口?」
「いや違いますよ」
スパロウ曰く、おれの魔法は当たる直前で弱くなっている。
それは人として当然のストッパーだ。
無意識に躊躇している。
だから相手の身体に自然に流れている魔力でおれの魔法は力を失う。
魔力は他の魔力の影響で乱れる。
ちょうど反魔法と同じ原理だ。
だから解決策も反魔法対策と同じ。
「最後まで気を抜かない」
「わかっていても、若様にはまだ早いかもねぇ~」
そう。
これはおれに人を殺せるかどうかだ。
人に向かってナイフを突き立てられるかどうか。
簡単なことじゃない。
おれは自分が刺されて殺された。
同じことをするなんてできない。
おれと同じ壁に突き当たり、学者の方に進路変更する人もいる。
おれにそのつもりはない。
だから、おれに必要なのは精密で、完璧なコントロール。
それと人で試す機会。
そんな物騒な機会があるかよと思うかもしれないが、あった。
それも割とすぐに。
◇
初めに言っておくと、おれには常に護衛が就いていた。
それにずっと屋敷に籠りきり。
危険なんて無いと思ってた。
深夜、ローレルに起こされるまでは。
「若様」
「ローレル?」
寝ぼけていたおれの思考はいつもと違う彼女の様子ですぐに覚醒した。
平服の彼女がこの時間におれの部屋に居るということは異常事態だ。
「今、スパロウが様子を伺ってます」
この時間はいつも別の兵士が門番にいる。
二人は日中いつも就いてくれているからこの時間は休んでいるはずだ。
「どうなってる?」
「外に刺客の気配が。もう入っているかもしれません」
「敵の数は? 応援は?」
「下手に動けば若様の居場所がバレます。付いて来て下さい。抜け道から脱出しましょう」
だが、それは出来なかった。
ここにはおれ以外にもたくさんの人がいる。
ヴィオラや使用人たちだ。
「敵は何人?」
「五人か、六人でしょう。こちらが不利です」
おれに逃げるという選択肢はなかった。
「それは、ぼくを勘定に入れてませんよね?」
「若様は護衛対象です。実戦なんて早すぎますよ」
「駐屯所まで逃げることなんて向こうも想定しているだろう。それに、ここまで侵入してきたってことは警備の穴も知ってる。抜け道も知っているかも」
「それは‥‥‥」
伯爵の邸宅に乗り込んできている。
相手は相当な覚悟だ。
しかもここまで警備の穴を突いている。
計画的。
「大丈夫。やれる」
この世界に他人の能力を上げる魔法なんて気の利いたものはない。
だからおれが魔導士として役に立つには本気で戦うしかない。
おれは覚悟を決めていた。
「わかりました。こちらから仕掛けて、できれば最初の待ち伏せで二人戦闘不能にしましょう」
作戦を立て、おれたちは迫る襲撃者たちをこちらから待ち伏せした。
剣を持った刺客がまず二人。
おれが光魔法の対人級『閃光』で視覚を奪った瞬間、スパロウとローレルが切り捨てた。
すぐに他の襲撃者たちが襲って来た。
ローレルの言った通り襲撃者は六人。
残りは四人。
「若様、魔法で報せを!」
おれは『発光』を外で使った。
これで異常を知った駐在所から騎士たちがやってくる。
それを知った刺客たちは焦るわけでもなく、スパロウとローレルに迫った。
「こいつら、戦い慣れているぞ!」
「南部の兵士だよ! 真っ向から斬り合わないで!!」
ローレルの忠告通り剣が鍔ぜり合うとスパロウは指を取られかけた。前蹴りで距離を保つ。
ローレルは軍隊剣術のセオリーにない戦術で敵を足止めした。
狭い通路で乱戦になった。
おれは刺客が二人の背後を取らない様に、魔法で牽制。
おれの中で葛藤があった。
できれば二人に片付けてもらいたい。
『できれば、喜多村さんにしてもらいたかったです』
どうやらおれの魂に巣食う弱い虫はまだ健在のようだ。
おれは自分の手を汚すことを恐れた。
これではおれの魔法は敵の魔法防御力を突破せず、霧散する。
スパロウとローレルを危険にさらす。
(ためらうな!! 生きるか死ぬかだ!!)
「話し合いで解決しませんか?」
おれの提案に一瞬動きが止まった。
「若様っ? グッ、しまった!!」
スパロウが突破された。
「ローレル!!」
ローレルの元へ2人が迫った。
彼女は逃げることなく、おれを庇い立ち塞がる。
そうだ。
これが戦うということだ。
「――うぇ?」
いつもの調子のローレルの声が聞こえた。
刺客の二人が両耳から流血してバタンと倒れた。
「若様?」
「ぼくは話し合おうと言ったぞ!!」
続いてスパロウと交戦する二人が倒れた。
兜がメコリとひしゃげる。
「がぁぁぁ‥‥‥ぐぉぉ!!!」
そのうちの一人が立ち上がった。
熊のような巨体。
「何しやがったガキがぁ!!」
兜を無理やり外した。
「お前は!」
「ベスの側近だった男」
刺客の一人はブルゴスだった。
「『風圧』で頭部に左右から圧力をかけました。立てないでしょう」
衝撃は脳を揺らし、三半規管をマヒさせた。
「相変わらず手緩いガキだ。お前には戦士としての資質がねぇ」
「ぼくは魔導士です」
「良い気になるなよ!!」
ブルゴスが起き上がった。
(この短時間で回復したのか‥‥‥)
「死ねぇ!!!!」
『風切』
一発で十分だった。
「がはっ!!?」
ブルゴスを吹っ飛ばし、鎧ごと切り裂いた。
ブルゴスは茫然とおれを見上げた。
「今回のはよく利いただろ?」
「化け物が‥‥‥」
「ぼくがその気になれば、あなたは死んでいた。手も触れず一瞬だ。でもそうしなかったのは優しさじゃありませんよ。それでは生ぬるいからです」
「若様」
ローレルがおれを抱き止めた。
「大丈夫ですよ、ローレル」
「へ?」
おれにいたぶる趣味はない。
おれはこいつらとは違う。
「裁きを受けろ。お前が残りの人生でできることはそれだけだ」
「ふ、ふざけんなぁガキがァァァ!!!」
駐屯騎士団がすぐに駆け付けた。
使用人たちも安全かどうかを確かめようと部屋から出てきた。
ヴィオラは泣きながらおれを離さなかった。
後日。
ブルゴスは審議官に自分がフューレとブランドンの父親だと白状した。
■ちょこっとメモ
光 基礎級魔法
『発光』魔力を圧縮することで発熱させ、光を生む。
『集光』光が高濃度の魔力で曲がる性質を利用し、光の向きを制御する。
対人級魔法
『閃光』『発光』×『集光』光を一方方向へ集中し強力な光を生む。
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