11.審判

 後日譚でーす。



 決闘で負けたブランドン。不正を働いたフューレ。



 彼らとその母親ベス、ベス派の使用人、側近たちはどうなったかお話しよう。



「決闘は無効よ! そいつだって魔法を使ったじゃないの!」



 おっと、見苦しい言い逃れは割愛して結論を話そう。



 フューレとブランドンは神殿送り。

 使用人や側近は大幅解雇、法院で裁きを受けた。


 ブルゴスは逃亡。




 なんでそんなことになったのかというと、ベスが墓穴を掘ったからだ。




 きっかけはさっきの見苦しい言い訳だ。

 決闘の結果に異議を唱えたベスは、おれが不正をしたと糾弾し始めた。



「ならば神殿で確かめよう」



 ヒースクリフはおれを神殿で法院の裁きにかけることにした。



 ちょっと父上!!

 おれは悪くないよ!!

 魔法をレジストしただけだし、そもそも決闘で魔法を使ってはいけないなんてルールなかったよね!?



 なーんてね。

 そんなことはヒースクリフも承知の上だ。



 ベスたちは歓喜しておれの弾劾裁判に出廷するため神殿に付いて来た。



 それがヒースクリフの罠だとも知らずに。



 息子たちの法院送りを拒み、あれこれ手を尽くして来たベスだったが神殿に来るだけなら問題ないと思ったのだろう。



 そこで事件が起きた。




 ◇



 神殿は多くの人々が利用する。

 目的は懺悔とか、お祈りとか、治療だ。




 でも、その起源は争いの調停だった。



 騙し合い、争い合うことは人の常。



 それを治め、解決に導けるのは完全に中立で、人の善悪を見分けられる者。



 それが神官だ。



 神官には神より特殊な力が授けられる。



 例えばウソを見抜くとか。



 神殿に入り、出迎えたのは審議官と呼ばれるウソを見破る専門家。



「ちょっと、これはどういうことなの!!」

「審議官様に見ていただく。フューレとブランドン。それにお前の側近たちも。悪事を自分で告白し、審判を受けるのだ」



 使用人たちは一斉に神殿から逃げようとした。



 すると苦しみ、膝を着いた。

 


 なんだ?

 ガス漏れか?


 誰か空気を入れ替えて下さい!!




「神官様、これは?」

「相当な罪を重ねている者は、神殿の清浄な空気を吸うだけで苦しみます。もはや審議を開く必要も無いありません」



 まるで害虫ホイホイだ。


 自分たちでノコノコはいって来て出られなくなっていた。



「うぎゃあ、ママ、助けてぇ!! 息が、苦しいよぉぉ!!」

「うひぃ、うふぃぃぃ!!!」



 フューレとブランドンはのたうち回った。


 おれや父上、それに駐屯騎士たちは何ともない。



「ここまで苦しむのは見たことが無い。さぁ、神に懺悔を。これまで犯した罪を告白なさい! さもなくばあなた方は死に至ります!!」



 神官様や審議官様は困惑していた。



 そりゃそうだ。



 例えるなら悪魔祓いが悪魔祓いしに来たのに悪霊が勝手に苦しんでるのをただただ見せられてるみたいな。


 いや、まだ何もしてませんけど? みたいな。



「うぎゃあ、わ、わかった、もう許してぇ!!」

「うひぃ~、ひぃ‥‥‥」




 二人は聞くに堪えないこれまでの悪行の数々を告白した。


 メイドたちや、王都の学院で他の生徒たちへ、数々の嫌がらせと暴行傷害、それに盗みと性的悪戯の数々。殺し以外はほとんど手を染めていた。



 使用人たちも口々に自分たちがやってきた犯罪を告白した。



 神殿に来られなかったわけだ。



 ヒースクリフもさすがに頭を抱えた。

 やったのは息子だ。

 無関係ではない。



「大丈夫ですよ。父上のせいではないことは領民もわかっています」

「だとしても、私の責任だ」



 ヒースクリフは自ら法院の審判を受けることを決めた。



 だが、往生際の悪い奴が一人いた。


 ベスだ。

 高利貸しや地上げの不正をヒースクリフの名前を使って行い、街にボスコーン家ゆかりの商人が進出する手助けをしてきた。

 時にはライバル商人を手荒な手段で脅し、街から追い出した。

 その罪を別の者に着せるなど、証拠隠滅の方法もあくどい。



 しかし、その告白の後もベスの苦しみは消えなかった。



「おかしい。これだけの罪を告白して、まだ一体何を」

「何を隠している。正直に話なさい」



 ベスはヒースクリフを見て、動揺した。



 もうヤバい隠し事しているのはバレバレだ。



「うがぁぁあ!!」



 ベスは神殿の床を這いずり、逃げようとする。



「あなたの罪を懺悔なさい。神々が見ているのですよ。その苦しみは神と己の正義に反しているからです。あなたは誰に対し罪を犯したのですか?」



 審議官が問い質し始めると、苦悶の表情を浮かべながら出口へ這いずった。



「王国ですか?」

「きぇえええ!!!」



 半狂乱になりながらベスは告白を拒む。



「ならば領民ですか?」

「ぬぉぉおぉお!!!!」



 髪を振り乱し、汗だくで、化粧も流れて、眼は血走り飛び出るぐらいひん剥いている。


 ほとんど化物だ。悪霊でも憑りついていそうだ。

 その異様な様子に、誰もが唖然としていた。



「家族を裏切りましたか?」

「‥‥‥っぐうぅ」



 苦しみ方が変わった。



「夫を――」

「審議官様、もう結構です」



 ヒースクリフが止めた。

 妻のあまりの醜態に耐えられなかったのだろう。



 それに罪は明らかになったようなものだ。



 その間にベスは神殿の外に脱出した。



 ベスは涙ながらに、夫ヒースクリフに弁解していた。



「お願い、全部ボスコーン家のために仕方なくやって来たの! これからはあなたに逆らわないわ! だから、私にチャンスをちょうだい!!」

「私が止めたのはお前の醜聞が聞くに堪えないからだ。だが、確信した。今まで疑問だったことに答えがでた」



 ヒースクリフはベスを見据えて、尋ねた。



「フューレとブランドンは誰の子だ?」



 ベスは無理やりぎこちない笑顔を作り、答えた。



「もちろん、あなたと私の子よ」



 その答えの意味は誰から見ても明らかだった。



 まったくとんでもない女だ。



 まだベスの処遇について言っていなかった。

 不貞と謀略の罪で法院で裁かれた。



 そこで明らかにされたのは悪行の数々。

 ベスはヒースクリフの地位と財産を狙い、子供は別の男と儲けて、その名を利用して好き勝手してきた。


 ドラコの血筋を途絶えさせ、ボスコーンの氏族であるセイロン一族がベルグリッドに進出するための謀略だった。


 厚かましいにもほどがある。


 ベスは判決が出るまでの間ベルグリッドの収容施設に送られた。



「ふざけんじゃないわよ! 私は何も悪いことしてないわ!! アイツが、あの平民のガキが何かしたのよ!!」


 フューレとブランドンは遠方の神殿に送られた。


「おれを誰だと思ってるんだ!! ギブソニア次期当主だぞ!! ベルグリッド伯爵の息子だぞ!!」

「お前ら死刑だ。燃やしてやる‥‥‥うひひ、燃やしてやる。お前らの家族も死刑決定~。みんな燃やしてやる~!!」



 この大事件はすぐに王国中に広まった。




 ヒースクリフは致命的なスキャンダルを背負い、意気消沈。その後の処理に追われた。



 しかし、他の犯罪はともかく、不貞と偽息子問題は証明が難しい。

 過去の事例からこういった疑いが証明されるには相手の男の証言とその裏付けのための聴取が必要だ。


 長期戦となる。


 つまりそれまでは、ベスはヒースクリフの妻であり、フューレとブランドンはヒースクリフの息子となる。



 その間はボスコーン家からの圧力も掛かり、ヒースクリフの出方次第では南部貴族と内乱に陥る危険もあるわけだ。



 とはいえ、おれたちはつかの間の静かな日々を得た。



 屋敷の治安は著しく向上した。




「ということで、もう護衛は大丈夫です」

「何がということでですか? これからが厄介です」

「え?」



 スパロウ達の護衛は継続。

 むしろ強化された。



「若様はボスコーンに命を狙われるんですよ。御自覚下さい」

「ぼくを殺して何の意味が?」

「今回の件のきっかけを作ったあなたに報復です」

「ぼくのせいですか? 罪を明るみにしたのは神官様ですよね?」

「そんな道理が通用しない相手もいるということです」



 おれは屋敷で窮屈な思いをすることになった。



「文句言わないで下さい。捕まっていないベスの側近もいますから」



 逮捕された使用人や側近の中にブルゴスがいなかったのだ。




「それにしてもおかしいですね~」

「何がですか、ローレル」

「神殿に入っただけであれだけの犯罪者が検挙できるなら、苦労しませんよ~」

「確かに。全員審議官が問い質す前に倒れた。あんな光景見たこと無い」

「神官様が優秀だったからでは?」

「いや、王都の大神官様でもあんなこと出来るはずが‥‥‥」



 あの光景は衝撃的だった。


 悪が裁かれる。



 おれにとっては何にせよありがたいことだ。



「神々が見ていたってことでしょ」




 おれは特に気にも留めなかった。




■ちょこっとメモ

神殿には神聖な気が流れている。しかし神官が魔法を使わない限り、神殿には悪人でも入れる。


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