10.決闘

 学院が夏休みになり、お屋敷内が物々しい雰囲気になった。

 退職を願い出るメイドや、嘔吐を繰り返し寝込む使用人もいた。


 彼らの行動や症状の原因は一つ。


 フューレ、ブランドンが王都から戻ってくる。


 彼らについて、おれは多くを語らないようにして来たがそれももう無理だろう。


 口にするのも憚られるような内容だが、その中でもライトめなエピソードを、比喩を多めにしてお送り致します。


 いいかな?



 まずフューレ。

 代表的なのは小さいお友達のおすそ分け。


 とある小さいお友達が大好きな彼は特に脚の多いお友達と仲良くなって、いつも一緒。

 彼はそのお友達をよくメイドたちに紹介する。

 お友達には朝食のスープやデザートのパイがおすそ分けされる。

 気が付かずフューレのお友達と食事を楽しんでしまった人は、その場でダンスパーティーするはめになる。

 


 おすそ分けをしているところを料理長に見つかり、叱られたときのこと。

 その後料理長が厨房でキャンプファイアーし、全身パーマになった。


 その後もキャンプファイアーが続いたので小人探しが始まり、フューレだと判明した。

 神殿に連れて行くことになったが、まだ幼いことを理由にベスが拒否している。




 兄のブランドンはもっと質が悪い。


 これは最近の話。

 ブランドンは誕生日だからとメイドの一人を部屋に呼んで妖精ごっこをしようとした。

 抵抗したメイドを今度はお馬さんごっこに誘った。

 お歌を唄わないように顔面をナデナデして、服のお片付けをした。


 幸いなことにそのメイドがいないことを心配したメイド長がヒースクリフ、エルゴンらと共に部屋に行き、妖精ごっこの前に止められた。



 顔をナデナデされたメイドは神殿で治療しなければならないほどお星がキラキラして、部屋中ワインだらけだったという。


 当人は反省の色が無く、お口からクッキーをボロボロこぼした。



 神殿で審判を受けるはずだけどベスがメイドにコソコソ話をして訴えに至っていない。



 ◇



 この世界で法を担っているのは国だが、裁判をするのは神殿内にある法院だ。


 だから神殿での審判を免れる手段をいくつも講じて、法院で裁かれるのを避ける。


 神殿は国の政治権力とは一定の距離を保っているので、無理やり裁くことも、賄賂で判決をうやむやにすることも無い。


 神殿に連れて行かせなければ、罪を免れる。

 そうやって今までは好き勝手やって来た。


 だが、おれも好き勝手されるのを許す気はない。

 これ以上被害者を増やすわけにはいかない。




 夏休み、学院から戻って来た二人と決闘になるのは自然な流れだった。




 ブランドンがヴィオラをターゲットにした。


 具体的に言うのは避けるけど、妖精ごっこをヴィオラとしようとした。

 おれが止めた。


 フューレはおれの部屋でキャンプファイヤーを始めたり、小さいお友達をおれの食事に混ぜたりした。

 火はすぐに消し止め、お友達入りの食事は事前に気づいてフューレに食わせた。



 理由は色々あるが、初めからこの決闘はやると決めていた。


 真剣での立会は許可されないので、木刀での戦いとなった。

 この方が先端恐怖症のおれにはやりやすい。




「ぐぇへへ、容赦しないからな! お前が言い出したんだ。負けたら出て行け。あとヴィオラはおれのものだ」



 一応証人と審判として、騎士たちも来ている。

 決闘に水は差さないのが慣例。


 それに屋敷の使用人たち。

 もちろん父上も。


 父上は何も言わない。


 ベスはむしろ狂喜している。



「キャハハハハ!!! 所詮バカな子供ね!! 庶民のくせに私のブランドンちゃんに勝てるわけないでしょ!! バカね~!!!」

「身の程知らずが! おれに稽古してもらって才能無いのかわからなかったようだな。お前じゃブランドンにはかなわねぇよ! 剣術はおれ様が教えたからな!! ギャハハハハ!!」



「ほう? 南部の荒くれ者が、我々駐屯騎士の剣に勝るとでも?」

「なにぃ!?」



 ブルゴスとスパロウが場外乱闘だ。



 ヴィオラは不安そうにしているが口には出さない。



「ぐひひ、待ってろよヴィオラ」



 この戦いは剣だけで行う。だからブランドンもすぐさま申し出を受けた。


 おれに勝てる気でいるらしい。




 決闘が始まった。



「おらぁぁ!!!」

「よっ、ほっ!!」


 体格は大人と子供。パワーは比べるまでも無い。

 だが、ブランドンの剣は空を切る。


 やはり、思っていた通りだ。


「おい、避けるな!! 命令だぞ!!」


 気の弱い奴なら剣が鈍ったかもしれないが、ガキの恫喝ごとき、おれに効きはしない。



 伊達に社畜をやって来たわけではないんだよ。



「ぶふぉ!!」


 おれの木刀が、奴の脚にヒットした。

 ヴィオラ曰く、こいつは剣が得意らしいが、やはりたいしたことなかった。

 子供同士の競い合いでは体格が実力の大半を占める。


 ブヨブヨに太っているだけのこいつはパワーはあるがスピードも持久力も無い。


 全くおれの動きについて来られない。



「何しているの!! 早く、頭をやりなさい!! 頭を!!」



 ばかめ。

 狙いが頭に集中している方が避けやすい。

 半身になるだけでいいからね。


 剣技を習ったのならそれぐらい初歩だ。

 これは木剣の試合。


 頭を狙うより、着実に打撃を決めて行けば……



 おれがチャンスに攻めた瞬間、向かい風が吹いた。

 思わず足が止まる。



「おらぁぁ!!」



 ブヨブヨがブン回した木刀への反応が遅れ、やむを得ず受けた。


 とっさに後ろに飛んで勢いを殺した。


 それにしても今のは……


 ふとフューレを見るとニタニタとこちらを眺めている。


 そうか、こうなったか。


 やっぱりね。



「はは、さっきまでの勢いはどうした!!」


 こいつらがルールを守るはずが無いということは分かっていた。


 だから、準備と対抗策も用意してある。



 フューレが風を操ろうとした瞬間、おれは魔力を放出し、それを打ち消した。



「あ、あれ?」



 木剣が膝にクリーンヒット!



「ぶほぉ……お、おいフューレ!!」



 属性魔法は別の属性魔法が発動している中では上手く制御できなくなる。

 フューレが風魔法を発動させようとしたのに対し、おれは土、水、風、火、光、全ての属性を同時に発動待機させ、場の魔力を乱した。


 横やりを入れられなくなり、焦ったフューレは詠唱を続ける。



「聞いたぞ、今の詠唱はなんだ?」

「ふぇ?」


 当然そんな露骨に魔法を使えばバレるに決まっている。

 フューレは騎士たちに取り押さえられた。決闘の横やりは虫にも劣る最低の行為。



「キャア、何するのよ! フューレから離れなさいよ!!」

「黙れ!!! 決闘を穢した。恥を知れ!! 貴様らも南部貴族の端くれであろう!!!」



 エルゴン隊長の一喝に全員黙った。



 後はブランドンだけだ。


「ひぃひぃ、何すんだ!! おれを誰だと思ってるんだ!! ちょっと待―――」

「やぁー」


 背の低さを利用して脚を中心に狙ったため奴の動きは止まっている。


 狙い撃ちだ。


 抵抗するブヨブヨは蹴って来たり砂で目つぶししたりするが、その程度の小細工は効かない。

 全部ローレルと訓練済みだ。


 非力な6歳の打ち込みも、止まっていれば、大ダメージだ。

 おれの正確な打ち込みはスパロウ仕込み。

 効果的にダメージを重ねた。



「ちょっと、何しているの!! こんな試合は中止よ!! やめさせなさいよ、あなた!!!」



 ベスがヒステリーを起こすがヒースクリフは無視。

 騎士たちの眼も冷ややかだ。


 決闘には介入してはならない。


 決闘を厳正なものにするため、伝統的に守られて来た不文律。


「行け、若様!!」

「がんばって!!!」

「お願い、勝って下さい!!」

「ロイド様!!」


 屋敷中の応援を後押しに、おれはブランドンの脳天に渾身の一撃を見舞った。




「ぶふぉぉぉ!!!」




 そのままドシンと巨体を地面に伏して、気絶した。



 おれはノーダメージ。


 文句ないだろう。

 最後に勝つのは地道に努力した者だ。



「勝者ロイド!」



 場が喝采に包まれた。

 おれが真っ向勝負で文句のつけようも無く完勝したことで、色々と大きく状況が変わる。


 6歳に負けた12歳。おまけに厳正な決闘で不正を働いた10歳。



 もう誰もこいつらがギブソニア家の家督を継ぐとは考えない。


 南部貴族も、この力による証明には異論はないはずだ。


 横柄な者を跡継ぎにするのと無能な者を跡継ぎにするのでは意味が違う。

 こいつらを跡継ぎにすれば笑いものになるのはギブソニア家だ。

 逆に、家督を養子に譲る理由が出来ただろう。


 まぁ、そんな細かいことよりも重要なことは、こいつらにどちらが上か示せたということだ。



 これでおとなしくなればいいんだけど。



「見事だロイド。たった半年でここまで剣を修めるとは」

「いえ、剣はやはり苦手です」

「そうだな。それにあのレジストは独学だろう。あんな魔力量と魔力制御にものを言わせたレジストは実戦では通用しないよ。今度ちゃんとしたレジストを教えよう」

「ありがとうございます、父上」



 もう勝負はついたというのにベスがこちらをにらみ、金切り声を上げた。



「討論と言う形で勝負をしてもいいんですよ? 今からやりますか?」



 そう言うと、おぞましい顔になって喚き始めたが、ハッと周囲の視線に気が付き去って行った。



「はぁ、ロイド……挑発するな。あとが厄介だ」

「すいません」

「あれの力はそれほどではないが、実家が怖いのだ。あまり一人で行動するなよ?」

「大丈夫です。わかっています」


 そう、わかっている。

 この決闘で勝っても完全な決着は着かない。


 おれが目立っても色々面倒なことが起きるだけだ。でも、おれは逃げない。



 この家のコンプライアンスはおれが守る!!


 決意を新たにおれはとりあえず笑顔で向かってくるヴィオラの胸にダイブした。




■ちょこっとメモ

ロイドが勝った噂は情報屋によってすぐに広まって、ボスコーン家の株は大暴落し影響力も大幅に衰えた。

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