9.剣術



 駐屯騎士の護衛が就いておれに直接手出しできなくなったため三人はおれの顔を見れば口汚く罵ってきた。


 そんなジメっとしたシーンを語ってもつまらないから割愛しよう。


 二人の義兄弟は学院を落第したため、すぐに王都に戻ったし、ベスのヒステリーは耳障りだが、長年パワハラを受けていたおれには耐性があるのでどうということは無い。


 そんなことよりも、少し自慢話に付き合って欲しい。


 おれはこの世界に来て、ようやくまともに教育を受けられることになった。

 ヒースクリフがおれに家庭教師たちを付けてくれたのだ。ありがとう父上!!


 それで気が付いたのだが、おれは、と言うかこのロイド少年は元から頭がいいのかもしれない。


 とにかく、知識の吸収するスピードが尋常じゃなかった。




 ◇


「素晴らしい!! 書式、文法、内容全て完璧でございますよ、坊ちゃま!!」


 興奮気味におれをべた褒めしてくれているのは家庭教師。


 おれも最初は驚いた。

 先生が文字を書いているのを見ていたら、すぐにできた。一発だ。


 今まで書く代わりに『記憶の神殿』に記憶することが習慣になっていたからか、先生のペンの運び、抑揚のつけ方、クセまで、完璧に記憶できた。


 それだけでなく、それを自分で再現できたのだ。



『記憶の神殿』は大げさな言い方をしているだけで、ただの記憶法のはずだ。

 それに記憶が完璧だからって、再現もできるものではない。


 元々が器用なのかもしれない。


 貴族のルール満載の定型句や言い回しを一通り教わり、算術、歴史、マナー、一般教養まで様々なことを教えられた。




「あの、坊ちゃま? ここまではまだ教えていませんが?」



 元々の知識に加え、おれは屋敷にある本をとにかく貪り食うように読んでいった。

 さらに驚いたのは、一回読んだ本を完璧に記憶できていることだ。

 完全記憶というやつだ。

 本の内容という複雑で膨大な情報も、集中すると正確に引き出せる。


 二か月もしたら大抵の本は読みつくし、基本的な座学は吸収し切った。


 前世は暗記するにしても要領悪かったのに、ここまで効率がいい脳みそなのは、やはり元々の才能なんだろう。


 おかげで毎回の授業は基礎から応用、実践へとシフトしていった。


「坊ちゃま、ここは!? この問題はさすがにわからないでしょう? ね!!?」

「……わ、わからなーい」


 教わることが無いと家庭教師はいらなくなる。

 わざわざ来てもらっているのに、二か月でお役御免とするのは申し訳ない。


 それにちょっとムキになった先生たちが怖いので子供らしく授業を受け続けた。



「坊ちゃまはすごいですね~。私には何のお話をされているのかサッパリです」

「どれも形式的な手続きとか、法の解釈とか普通に生きてたら必要の無い知識だよ」

「でも、坊ちゃまには将来必要なのですよね? それぐらいは私にもわかります」



 元々勉強は好きでも嫌いでも無かった。

 でも、ここで頑張れる理由の一つは、このヴィオラだ。


 カワイイ女の子にすごい、すごいと言われているとやる気が出てくるだよ。皆知ってた?

 前世で全く女の子と接点が無かったから、おれは知らなかった。


 異世界の常識よりも、女の子に褒められると謎のエネルギーがチャージされるという事実の方が為になった気がする。


「ヴィオラも文字ぐらいは覚えたら役に立つでしょ? ぼくが教えてあげるよ」

「ええ、無理ですよ私なんか……それに……」

「大丈夫だよ。それぐらいの時間はあるから」


 勉強は楽しいが、女の子に勉強を教えている方がもっと楽しい。


 それに、彼女がメイドとしてもうワンランクキャリアアップするには教養は必須だ。

 掃除や洗濯、身の回りの世話などはそつなくこなしているが時々ポケ~っとしていることがある。

 彼女は成長期だが、ただ言われた仕事をして、暇なときは何もすることが無いのだ。


 これは問題だ。


 人生一番楽しい時期にただ時間を浪費するなんて!



 屋敷のコンプライアンスが改善した時仕事しかやることが無いでは困る。




「坊ちゃま、気のせいでしょうか。時々私を生暖かい眼で見られてませんか?」

「ヴィオラは趣味とかないの?」

「あ、これは気のせいではありませんね。趣味ですか……そのような贅沢は庶民には無用でございますから」



 ん嘆かわしい!!

 十五の少女がただ仕事仕事、仕事って!

 そんなことでは人生を豊かにすることはできませんよ!!



 いつも笑顔でおれに元気をくれる彼女の将来が心配になった。



「何かやりたいことないの?」

「……そうですね。お料理ですかね」



 その理由を聞いてみると、何と彼女はおれに料理を作って食べて欲しいというのだ。


 ここまで来ると、何か策謀めいたものを感じるがあのポケ~っとした彼女には無理だろう。


 彼女が料理を教わるには、メイド長の許可、料理長の許可、それに父上の許可が居るのだがすぐに許可が下りた。


 日頃の行いだよね。



 なんてね、ちゃんと上手く説得した。

 今後、自分のメイドに習い事をさせたい時の参考に皆さんにもおれがどんな言い訳をしたか教えておこう。


 おれは座学だけやればいいわけではない。


 ダンス、馬術、剣術など、カロリー消費が多い日々を送っている。

 だから補給分を適度に作る人が屋敷の厨房の人たちと別に居れば効率がいい。

 毎度の食事の時におれだけ山盛りにすればいいって?

 それではベスにバレるし反感を買うと言ったら、効果は抜群だった。


 実に理に適った理由だ。だれもメイドのキャリアアップのためだなんて思ってもいないだろう。



 しばらくしておれに料理を作りたいという彼女の願いの理由が分かって来た。



 彼女はおれがフューレ、ブランドンに叩きのめされるという悪夢におびえているのだ。

 成長期のおれに食べさせるだけ食べさせて、早くあの二人を追い抜いて欲しいというのが正直な彼女の望みだ。


 ちょっとだけがっかりしたけど、なるほど、理に適っている。

 彼女がおれの前で笑顔が多いのも、精神レッドゾーンと距離を置けるからだ。

 そんな日々を護るため、彼女も危機感を持って働いていたんだな。

 ポケ~っとしてるとか思ってごめんね。



(あの子、包丁とか持って大丈夫かな?)



 ちょっとドジっ子体質な彼女を心配して調理を見守ってみたが、安心した。

 素直で頑張り屋な彼女は教わったことを教わった通りにやっていた。


 あれならすぐにある程度調理の基礎はマスターできるだろうと思った。

 おれは料理しないから知らんかったけど。





 しばらくすると消費カロリー多めの訓練の後にはヴィオラがお弁当を作ってくれるようになった。



 照れながらお弁当を用意する彼女の顔を御見せできないことが心苦しい。



 いや、剣術の後は腕が上がらないからって、あ~んして食べさせてもらったりなんてしてないよ?




 お礼に文字の読み書きを教えるようになった。

 いや、お弁当のお礼だよ?




「――あの、どうして坊ちゃまは私にここまで良くして下さるのですか?」



 ある日突然そんなことを聞かれた。



 良くできたのならよかった。



 おれは理想の上司ってこんな感じだろうかと思ってやっていただけだ。




「あなたがカワイイからですよ」

「……え、そうですか? ふふ、ありがとうございます」




(おいおい、五歳児に褒められて喜び過ぎだろ)



 この子、ほっといたら悪い男にコロッと騙されそうだなと不安を覚えた。


 人を疑い、もっと警戒する術を持ってもらわないと。



「ヴィオラ、今のは君を試したんだ。結果は残念だが不合格だよ」

「なんで私、試されているのですか!?」

「もっと精進し給え」

「……ええ、何をですかー?」



 こうしておれは心を鬼にして、時々ヴィオラにちょっかいをかけることにした。






 ギブソニア家の養子になって二か月の間。


 おれが悠々自適な生活を送っていたわけではないことも知っておいてもらおう。


 人には必ず苦手分野があるよね。


 おれにもあった。

 剣術だ。


 おれは剣を見て最初はテンションを上げた。


 あれれ、おっかしいぞー。



 上がった緊張感はそのまま下がらなかった。

 切っ先を見てわかった。



 おれは先端恐怖症だったようだ。




 うぉぉい! 神よ!

 おれが何をしたっていうんだぁー!!



 刺されて死んだからでしたー。



 転生しても悪影響が残っているなんて、迷惑な奴だ、荒木め!!



 そんなことを言っていても剣術は修得しておかなければならない。

 なぜなら、剣はブランドンの得意分野だからだ。


 後数か月もすると、学院の休みで戻ってくる。

 その時に陰湿な嫌がらせをしてくるであろう、あいつに得意分野で勝つ!



 幸い、おれには立派な先生が就いてくれた。

 領地の防衛を担っている騎士のスパロウとローレル。時々エルゴン隊長。


 スパロウには基礎を、からめ手や小技をローレル、戦術や精神論をエルゴン隊長に教わるようになった。




 わかっていたことだが剣術に近道はない。

 地道な積み重ねだ。



 ここでそんな地味な話をしても退屈だから、師匠たちについてちょっと説明しておこう。


 騎士と言ってもスパロウは元々平民で、爵位は持っていない。

 兵士として軍に所属し、一定の地位に上がると、騎士と呼ばれる。まぁ、普通の鎧を着ているのがこの軍人騎士と言うわけだ。

 一方、エルゴン隊長はモノホンの騎士爵だ。土地も持っているし、立派な貴族。

 この国の騎士爵は結構地位が高い。



 準男爵、男爵、子爵、騎士爵という順番でいわゆる王都の王宮騎士とはこの騎士爵を指す。



 闘う人が重要視されているというわけだ。




 なぜならこの世界には魔獣の脅威があるからだ。

 魔獣と戦える剣士の力は並ではない。



 当然その訓練も厳しく、先端恐怖症を患うおれにはなお不利だった。



 おれは血反吐を吐きながら剣を振るった。



 この国の代表的な剣術、パラノーツ軍隊剣術の基礎をおれはわずか半年でマスターした。



「全然マスターしてないよ若様~」

「ええ、若様がマスターしたと口にするには百年早いですね」




 ウソを付いた。

 おれは魔獣に対しての剣技ではなく、対人の技をひたすら反復した。

 地味な訓練だったが木刀ならよく見えるし、反応できるようにはなった。




「でも、立派に剣を振るわれていると思いますよ! ロイド様かっこいいです!!」

「ヴィオラ、苦しゅうない。もっと言って」




 こうして屋敷にやって来て半年。

 6歳になって間もなく、その時はやって来た。



■ちょこっとメモ

戦う者の地位が高いため、戦える令嬢、女騎士の人気は男女共に高い。

一方隊内でスパロウは男女ともに人気が無い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る