幕間 騎士たち
◆駐屯騎士団 第一陣部隊・隊長 スパロウ・スペイド・スピリタス
正直に言おう。
おれはあくまで王国に仕える一軍人に過ぎない。
隊長と違っておれはベルグリット領にもギブソニア家にも何の義理も無い。
ただ派遣されただけだ。
だから剣術指南など断っても良かった。
以前もおれはこの家の剣術指南をしていた。
しかしギブソニアの二人の息子に嫌気が差し、一度指南役を辞退した。
そのおれが再度指南役を引き受けた。
理由は若様の不屈の闘志だ。
ブルゴスというならず者に襲われても、メイドを逃がし、戦った。
一つ芯の通った、心構えというか。
信念のようなものが、五歳の幼い少年に見えたのだ。
『ベルグリット伯爵が街で子供を拾って養子にした。伯爵は、気狂いの妻と不肖の息子たちのせいでおかしくなった』
そう言う噂があったが、噂は頼りにならないものだ。
おれも平民だから若様がどれだけ特別か最初に話してわかった。
訓練を始めてそれは確信に変わった。
彼に剣の才能があったわけじゃない。
むしろ、彼には剣術の才能の欠片も無かった。
直感で動くタイプじゃなく、頭を使って戦略を練るタイプ。
おまけに切っ先を向けられると身体が硬直してしまう。
稀に、刃物に異常な恐怖を抱く者がいる。
おれの軍務局教練時代の同僚がそうだった。
訓練中に剣で刺されたことで、刃物全般がトラウマになってしまった。
若様も同じだ。
騎士にはなれないだろうと思った。
だがそれでもよかった。
若様は自分に才能が無いと分かっても訓練をサボらなかった。
若様は学び、恐怖に震え、泥にまみれながら何度も立ち上がった。
何度も何度も何度も立ち上がり、立ち向かって来た。
おれはパラノーツ軍隊剣術の基礎だけを指南した。
剣の握り方、構え、それに剣のメンテナンスも。
それはとても地味で退屈なことだっただろう。
それでも若様はやる気に満ちていた。
いつも腕が上がらなくなるまで剣を振っていた。
しかも、若様は剣術だけしているのではない。
馬術やダンス。
その後に剣術をしている。
五歳には過酷な日々だ。
それも若様ご自身が望んだ。
伯爵の力で跡継ぎになる気は無い。
そういう明らかな意志だ。
「若様、おれが付いています。がんばりましょう!」
おれが若様を慕い、そう呼ぶようになったのはこの時からだった。
「スパロウ‥‥‥頑張っている人に頑張ろうと言うのは禁句ですよ」
「すいません!」
若様は冷めてる。
◆駐屯騎士団 第二陣部隊 隊長 ローレル・ダイヤ・ブルボン
馬術を担当しましたよ~。
若様の頼れるお姉さん的ポジションでおなじみ。
ローレルで~す。
若様を最初に見たときの話?
私は最初から分かっちゃってたんだなー。
もうピーンと来たよ。
『いや、この子ただ者じゃないね』ってね。
貴族出身の私から言わせれば、礼儀作法というものは一朝一夕で身に付くものじゃないの。
それが、若様は完璧。
たどたどしさも無かった。
まるで頭下げることを命懸けでやって来たような?
よくわかんない。
頭が良いだろうね、きっと。
でも子ども特有の吸収力とは違う。
魔法を使いこなしているんだから頭が良いのは当然だけど、それだけじゃない。
スパロウの剣術の模倣。
私の馬術の模倣。
それはマネというレベルじゃなかった。
完全に同じ動きをしていた。
まるで全て記憶しているかのように。
特に馬術はみるみると上達していった。
馬にも好かれていて、あれは天性のものだね。
馬に乗って障害物を飛ぶのを見て、私は確信した。
若様は将来、トンデモない大人物になる。
「ねぇ、若様~。私ねぇ、ブルボン家の令嬢なんだよ~?」
「はは」
「嘘じゃないよ!?」
「はぁ‥‥‥ならなんで駐屯騎士やっているんですか?」
「剣が得意だから。実はスパロウより強いかもよ?」
剣も教えようかと言ったら、とってもいい子になった。
若様が素直で可愛かったのはあの頃だけだったねぇ~。
◆駐屯騎士団 団長 エルゴン・スペイド・ピット
ヒースクリフ様は若くして宮廷魔導士となり、ベルグリッド領を広げ発展させた。
魔導に長けたドラコ一族の中でも屈指の傑物。
その上で、優れた人格は非の打ちどころが無く、人徳があり、情け深い。
しかし、そこに付け込まれた。
南部の古い貴族が王国の中央に進出するために、政治的婚儀を持ち掛けた。
南部国境線を護る辺境地の貴族は時折無茶な要求をし、国内を混乱させてきた。
ヒースクリフ様はその犠牲になったと言えよう。
それも王国への忠誠ゆえだ。
動乱を招くより良いと考えたのだろう。
だが彼は精神的に追い詰められた。
妻のベスは散財し、犯罪まがいの高利貸しや地上げに加担していた。
息子二人は問題を起こし続け、魔導学院で知らぬ者はいない落ちこぼれ。
このままではギブソニアの評判は地に落ちる。
だから平民を跡継ぎにすると言い出した時、ついに正気を失われたのだと思った。
そんなことをして彼に良いことは無い。
ベスの実家ボスコーン家は黙っていないだろう。
その少年は命を落とす。
仮に生き残ったとしても、ドラコ一族の正統の血筋ではないのだ。
諸侯も平民の跡継ぎなど認めないだろう。
そんなことを許せば自領の反乱を誘発しかねない。
そう思っていた。
若様が例外中の例外だと会ってすぐにわかった。
調べさせ、神殿で出自を確認したほどだ。
魔法の才能だけではない。時折、魔法に長けた平民が現れることはある。
だが若様は立ち振る舞い、言葉の選択、所作に至るまでどう見ても立派な貴族の出身だったのだ。
屋敷にやって来た初日。
彼は魔法でフューレを打ち負かした。
無詠唱、しかも動作も道具も必要としない魔法はベスにも脅威だったのだろう。
フューレの蛮行のいい牽制になった。
ベス自身もフューレがやったか若様がやったか分からなくなってしまう。
それでは制裁できない。
これを考えてやったのだとしたら末恐ろしい。
続いて屋敷に入り浸るブルゴスという無頼漢が若様を襲った事件。
男は南部でも幾度となく戦闘に参加した、本物の傭兵だ。その悪行もさることながら、実力もあった。
敗れて当然だ。
5歳で立ち向かうなどただの子供にできることではない。
いや、我が駐屯騎士の中でも奴と正面から戦える者がどれだけ居よう。
だが若様はブルゴスに敗れたことを負い目に思い、鍛錬に打ち込まれた。
不屈。
一体何が彼の心を支えているのか?
私はその姿に尊さと偉大さを感じた。
人の上に立ち、導く才があるのだと。
しかし、どこまで辿っても生粋の北部ローア人の平民の血筋でしかない。その祖先は誰も名を残すことも無い庶民だった。
私はその結果をあえて市中に公開した。
冒険者ギルドの情報屋に報せるだけで噂は広まった。
後にそれを政敵に公表される前でなければならない。
若様が選ばれたのはそれにふさわしい才覚ゆえであると。
ベルグリッドの領民は自分たちの将来の領主として若様に期待を寄せるだろう。
その狙いは正しかった。
私は腹を決めたのだ。
例え何があろうとも若様に賭けたヒースクリフ様の判断を信じた。
二人が出会った運命を信じた。
ドラコ一族の血は途絶えても、その意思と技は新たなギブソニアに引き継がれる。
それができる者は若様以外にはいない。
私の考えが間違っていないことはすぐにわかった。
■ちょこっとメモ
スペイドは駐屯騎士の養成所で、男子寮を出たときに与えられる称号。
ダイヤは女子寮出身の証。
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