8.戦闘
メイドに求められるのは伝統や格式に則る礼儀作法と知識。
一般人ではなく、学校を出た名家の子女がなる。
しかし、おれの専属となったヴィオラをはじめとしたギブソニア家のメイド、使用人たちは平民の出だ。
この屋敷のメイドに求められるのは忍耐力。
元々いた名家の子女たちは数々の無理難題、嫌がらせ、果ては暴力に耐えなければならず、次々と辞めていったらしい。
その機に乗じてベスはボスコーン家から使用人たちをギブソニア家に入り込ませた。
もはや乗っ取りだ。
ヒースクリフも対抗し、所縁のある諸侯から後ろ盾を取り付け、軍事力=【駐屯騎士団】からボスコーンの影響力を排除した。
問題は屋敷内のコンプライアンスだ。
これを改善するにはベス派の使用人たちを一掃し、ベス本人の影響力をなき物にするしかない。
それはボスコーン家との戦争に勝つ以外にないということだ。
それでも、おれは揺るがなかった。
自分の地位と力のために他人を苦しめるだけの存在は放置できない。
だからまず、剣術を習うことにした。
剣術に興味はないが、剣技は貴族のたしなみの一つ。
それにブランドンが得意というなら打ち勝ってみせる。
だが、独学というわけにはいかない。
この国にはローア剣術という大きな流派があって、大抵はこれを学ぶ。
このローア剣術の最も大きな派閥がパラノーツ軍隊剣術だ。
文字通り、軍で採用されている剣術のことで、対人、対魔獣を想定し、複数人での連携も組み込まれている。
ちなみに軍の話が出たから説明しておこう。
この国には職業軍人がいる。
でもこれは戦争や治安維持のためというより、魔獣対策だ。
この世界では人の住んでいない土地には大抵魔獣がいる。
人の生活圏を護るため、防衛戦力は常に必要だ。
各領地には領主の私兵に加え、この軍が配備されている。国から貸し与えられた彼らを【駐屯騎士団】という。
これに対し、王族を護る騎士を【王宮騎士団】と呼び、いわゆるナイト的なイメージはこっちの方が近い。
話を剣術に戻そう。
主要な剣術流派がパラノーツ軍隊剣術。
主要、ということは他にも流派が存在する。
中国武術なんかと同じで、地域によって特色が変わる傾向がある。
例えば、西部は山と海があり、気温の寒暖差も高いため、生息している魔獣も多種多様だ。
そこで、魔獣討伐を念頭に置いた、巨大な大剣を操る流派が多い。
一方東部は全く逆だ。
東は商業が発達していて、交易と共に海の向こうのゼブル帝国の技術が入り込みやすい。
帝国では鋭く細い剣を使った優雅な剣術流派が多数存在し、王国の東でもその影響を受けた片手持ちで独特な歩法を使うフェンシングに近い剣が流行っている。
そして南部。
この地は王国で唯一国境がある。
ローア大陸の南は小国家群で、絶えず戦争や内乱で混乱している。
その混乱の流入をせき止める盾が南部貴族たちの役割だ。
盾と言ったが、戦い方は勇猛果敢で攻撃的。
対人を想定しながらも、両手に武器を持ったり、投げたり、敵のを奪ったりと、実戦的で臨機応変だ。
ブランドンが使うのはおそらく、パラノーツ軍隊剣術ではなく、南部剣術の方だ。
以前駐屯騎士から指南を受けたがすぐにやめている。その後はベスの側近や護衛から教わっている。
あと、冒険者の我流とか、昔いた有名な剣士のスタイルなど‥‥‥
本を読んで分かったのはそれぐらいだった。
具体的なことは書いていない。
当たり前だ。
戦い方は秘伝。
それにここは宮廷魔導士の屋敷だ。
「仕方ない。頼みに行くか」
父、ヒースクリフに頼んだ。
「剣術か。わかった。だが少し時間がかかるかもしれないな」
「そうですか‥‥‥」
まさかおれが屋敷に来て二日目で剣を習いたいと言い出すとは思わなかったのだろう。
だがおれも、屋敷に来て三日目で、まさかこうなるとは思っていなかった。
「立てよ、庶民! 剣術が知りたいんだろ? 根性ないんか、ゴラァ!!」
おれが庭で棒を振っていると、熊のような大男が声をかけてきた。
ちなみに父が頼んだ駐屯騎士じゃないよ。
最初は「剣術やってんのか、教えてやろうか?」などと優しく声をかけてきたが、それはすぐに豹変した。
「返事しろや!!」
おれは五歳だぞ。
幼児虐待だ。
まさか三日目で、いきなりベスの刺客に殺されかけるなんて思うわけない。
この大男はベスの側近で、ブルゴスというチンピラ同然の輩だ。
ベスの実家ボスコーン家から付いて来た家臣。
「お前、奥様とフューレ坊ちゃんに無礼を働いたらしいじゃねぇか。ここで殺されても文句は言えねぇぞ、ド平民が!」
本当にいかれている。
どう言い訳するのかとか考えてもいないんだろう。
大男は木刀を思いっきり振り、おれを殴りつけた。
「あ、なんだ? 泣きもしねぇ気持ち悪いガキだな」
突然大男に棒で殴り付けられたんだ。
出血大サービス状態だった。
「や、やめて下さい!!」
様子を見に来て気が付いたヴィオラが叫んだ。
だがブルゴスには火に油だった。
「ヴィオラちゃん、そんな大きな声出さんでよ。おれはちょっとこのお坊ちゃんに頼まれて稽古を付けてるだけなんだからさ~」
「あ、あのでも‥‥‥」
「でもじゃねぇんだよ!! ガタガタ言うと――」
幼児を殺そうとしている奴に道理なんて通じない。
おれは迷わなかった。
ヴィオラが泣いているから。
今度は自分でケリを付けなければならない。
そう、ここに来た時に決めた。
だからおれは迷わず、魔法を使った。
「ぐぁあ!!!」
ヴィオラの首に手を掛けようとしたブルゴスの巨体が吹き飛んだ。
風の対人級魔法『風圧』だ。
「ぼ、坊ちゃま!!」
「ヴィオラ、父上を呼んで来るんだ!! 騎士の詰め所にいる!!」
「は、はい!!」
詰め所はすぐそこだ。
駆け出すヴィオラ。
「逃がすかよぉぉ!!!」
「行かせるか!!」
再び『風圧』を発動した。
ブルゴスの巨体が止まる。
だが、今度は倒れなかった。
おれはたたみかけた。
『風圧』を何度も放ち続けた。
「少し魔法が使えるからって調子に乗ってんじゃねぞゴラァ!!」
それらをものともせずこちらに突進してくるブルゴス。
とうとう奴は剣を抜いた。
刃を見たその瞬間身体が硬直した。
「なっ?」
「とっとと死ねぇ!!」
身体が動かない。
だが身体を動かさなくても魔法を使う練習をしてきた。
『風切』!!
「効かねぇんだよ!!!」
「っ!」
理解できない現象が起きた。
木の幹ですらスパッと斬る対人級魔法『風切』。
ブルゴスは正面から受けながら突っ込んで来た。
とっさに土魔法『土壁』を発動。
地面が盛り上がり盾となった。
だがおれはその壁ごとフッ飛ばされた。
止めを刺そうとするブルゴス。
おれは再び『風切』を放った。
今度は乱れ撃ちした。
ブルゴスは煩わしそうにしているだけでダメージが無い。
ブルゴスの身体に風の刃が弾かれている。
(なんだ? 魔法か?)
この時のおれはまだ、この体技について何も知らなかった。
それに、対象が物体か生物かで魔法の威力に違いが生まれることも知らなかった。
知らないってことが如何に不利か痛感したね。
「小賢しいマネを‥‥‥往生しろや!!!」
その時、おれの魔法でビクともしなかったブルゴスが、吹っ飛んだ。
「ぐぁぁぁぁ!!!!」
ブルゴスは遥か後方の壁に叩きつけられた。
「ぐっ、この威力はまさか‥‥‥」
振り返ると、屋敷の建物の屋根の奥の、木々のさらに先にある詰め所の塔の上に、人が立っていた。
(あの距離から?)
父、ヒースクリフだった。
宮廷魔導士というのは伊達じゃない。
正確で強力。
これこそ魔法だ。
「ちくしょーいてぇな!」
タフなブルゴスはそれでもまだ立っていた。
しかし、いつの間にか居た別の男女が首元に剣を突き付けていた。
「おっと、はいはいわかりましたよ」
両手を上げて降参の意を示すブルゴス。
「言い訳は神殿でするんだな、ブルゴス」
「伯爵の命令であなたを拘束する」
ヴィオラが間に合ったのだ。
駐屯騎士団から部隊長二人が飛んできた。
「おれは頼まれて稽古をしていただけっすよ。それにおれを神殿送りにしたら奥様とボスコーンが黙ってないっすよぉ?」
「駐屯騎士を脅すとはいい度胸だな」
「はぁ? 騎士って言っても、おたくらはただの軍人だろうが? 大人しく見回りでもしてろ!!」
ベスの他の使用人がやって来た。
にらみ合いだ。
「ブルゴスも怪我を負っている。いくら稽古とは言え、加減を知らない魔導士の卵に魔法を乱発されては力が入るというもの。言い争いよりも治療が先では?」
まるでおれが始めたみたいな言い回しだ。
ふざけんなよ!
どいつもこいつも腐ってやがる!!
おれは反論しようとしたが、声も出なかった。
ベスの使用人の言葉で駐屯騎士の二人が剣を引いた。
ブルゴスは唾を吐き立ち去っていった。
おれは初めて魔法を人に使い、そして負けた。
え?
ブルゴスの処分?
何もないよ。
神殿で治療を受けて戻ってきた時、奴は笑顔で屋敷に居た。
ヒースクリフは伯爵だが、ボスコーン家は南部貴族とのつながりが強く、下手に手出しできない。
その上、ブルゴスはベスのいとこ。
爵位はないが貴族のコネもある。
だけど安心して欲しい。
おれには駐屯騎士の護衛が二人就いた。
さっき助けてくれた部隊長たちだ。
おれはこの二人から剣術を吸収していく。
■ちょこっとメモ
風属性【対人級魔法】
『風圧』『送風』にさらなる魔力を込め物体を動かす
『風切』『風渦』×2で切断力を風に持たせる
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