幕間 メイドのヴィオラ
◆ギブソニア家 メイド ヴィオラ
こ、こんにちわ!
初めまして。
私は坊ちゃまの専属メイドになりました。
ヴィオラです。
坊ちゃまがこの屋敷に来る数日前に、私は当主様から坊ちゃまの面倒を見るように仰せつかりました。
元々、決まっていましたが、事件があって私は安全のために坊ちゃまのお側仕えから外される予定でした。
でも私は坊ちゃまの専属を自分で望みました。
正直、このお屋敷でのお仕事は辛いです。
奥様はヒステリックで人の話を全く聞かないし、ご子息は超問題児。
長男のブランドン様は腹を立てるとすぐ手が出る。
12歳だけど体格は私より大きいので本気で殴られると命に係わる。
次男のフューレ様はいつもニタついていて正直不気味です。
油断しているとスープに虫を入れたり、虫を服に入れたり信じられないような嫌がらせをしてきます。
挙句、私はフューレ様に火を付けられました。
私が坊ちゃまのメイドになると決まっていたかららしいです。
はい。
私のような低い身分の者が伯爵様のお屋敷で働かせていただけるのはこういう事情があってのことです。
私より前に働き始めた先輩が3人、後輩が6人。
精神を病んだりして辞めて行きました。
この時はその二人が学院から戻ってきているので、屋敷内はいつもより殺気立っていました。
そんな中、坊ちゃまの傍に仕えることは命に関わります。
だってですね。
奥様の御実家の南部貴族ボスコーン家は、そういうお家柄なんだそうですよ。
権力争いで死人が出るのはよくあることなんだとか。
でもお側にお仕えする私でこんなに怖いのですから、当人である坊ちゃまの恐怖は想像できません。
きっと想像もしていなかった生活になる。
もしかしたら平民で居た方が楽だったかもしれない生活を強いられる。
だから、せめて私がこの子の味方になって支えてあげなければと決心したのでした。
助けていただいたご恩に報いるために。
(それにしてもどうして当主様はこんなことをするのかしら?)
坊ちゃまがこの家に居てどんな目に逢うか、私ですらわかる。
だからおかしいなと思ったんです。
当主様は温厚で誠実な方だから、坊ちゃまを酷い目に逢わせるようなことはしないはずなんです。
その答えは時機にわかりました。
「初めまして、ご挨拶が遅れましたが私はロイドと申します。五歳です。このギブソニア家の養子に迎えられたので、ロイド・ギブソニアでしょうか? こういった生活に不慣れな無作法者でご迷惑をお掛けすると思いますがこれからよろしくお願いします」
「……へ?」
部屋に入れると開口一番、丁寧なあいさつをされ固まってしまいました。
メイドにこんなにかしこまる貴族様なんて居ない。どう返していいのかわからなくなってしまいました。
「私、あの、改めましてヴィオラと申します。十五……いえ十七歳です! 坊ちゃま、こちらこそお世話をさせていただくのでよろしくお願いします!」
ちなみに年齢を二歳誤魔化しているのは秘密です。
本当は15歳ですけど、働くために2歳ごまかしたんです。
「え? あはは、そんな畏まらなくていいですよ。ヴィオラさん、15歳ね」
「17歳‥‥‥」
「ああ、はいはい」
(おかしい。この余裕はどこから来るのだろう? それに口調が大人のようだ。貴族っぽくないけどまるで当主様みたいだ。ああそうか、当主様の真似をしているのかな?)
「いずれにせよ年下ですし、平民なんで。気楽にお願いします」
「坊ちゃまはいずれこのお屋敷の御当主になられるかもしれません。そのような高貴なお方にお仕えする以上、他の高貴な方々と同様に接しさせていただきます」
「ぼくは三男で養子で平民出身だよ。その物言いは聞かれたらマズいのでは?」
「ああッ!」
はい。
御もっともです。
こんなこと奥様の耳に入ったら暗殺されます。
でも不思議とそれが当たり前の未来のように思えたんです。
私は五歳の平民の少年に貴族の風格を見ました。
「わ、私は坊ちゃまにこの家の当主様になっていただきたいです。ヒースクリフ様の領地経営の手腕は素晴らしく、領民の生活を第一に考えてくださっています。しかし、あの二人のどちらが継いでもこの家は没落するでしょう。皆そう言ってます。だからヒースクリフ様は坊ちゃまをこの家にお迎えになったのだと思います」
(言ってしまった……五歳の子供に。ばれたらきっと、家督簒奪を企てたと処罰される!!)
「そうなれば、ボスコーン家が黙っていないでしょう」
「は、はい。でも私がお傍にいます! ですからどうか希望を捨てないでください!」
「それならヴィオラ、あの二人の得意なことは何だろ?」
「へ……? えっと……ブランドン様は〝暴力〟です。フューレ様は〝嫌がらせ〟ですかね」
坊ちゃまは心底呆れたような困った顔をされました。
(なんだろ? 変なこと言った?)
「いやそうじゃなくて、得意な分野は?」
「ああ! え〜っとブランドン様は剣術、フューレ様は魔法です」
貴族の御子息には様々なご教育が施されます。
礼儀作法。
剣術。
馬術。
歴史や語学などの教養。
それに才能がある方には魔法も。
ギブソニア家は魔法で大成したお家柄なので、魔法の教練はもちろん、領内に駐屯されている駐屯騎士団から指南役を派遣していただき、剣術や馬術も学ばれます。
しかし、お二人はすでに問題を起こして駐屯騎士団からは指南役ご辞退の宣言を突き付けられ、通っている王都の魔導学院でも落第を続けています。
ブランドン様が剣術が得意なのもフューレ様が魔法が得意なのも、ご本人たちの自己認識に過ぎません。
「そう……なら計画を立てられそうだ。半年我慢すれば後の半年は快適に暮らせるだろう。一年ほどでおれは王立魔導学院に行き、あの二人と顔を合わせることになるが、計画がうまくいけばおれに敵対はできなくなるだろう」
「えっ? そんな簡単に? どうやるんですか?」
「単純だよ。『力』だ」
坊ちゃまの確信に満ちた顔は5歳とは思えないほど凛々しく、立派だった。
それがただの憶測じゃないことを私はすぐに知るのでした。
■ちょこっとメモ
ヴィオラ 15歳 赤毛 ベルグリッド市孤児院出身
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