おまけ これまでとこれからと

運命の恋、はじめました



 ── 一月某日──



瑠璃川るりかわせんぱーい?」

「呼び出しといて留守か?」


 年明け、瑠璃川から呼ばれた日。俺達は二人揃って暮らすマンションへ訪れていた。呼び鈴を鳴らすが、返事がない。あの野郎、散々呼び出しといて一体何様のつもりだ。


「窓割ってやれ」

「無茶言いますね白瀬しらせさん。あ、物音しましたよ」


 扉が開く。眩しいほどの金髪に鍛えた体、英国の血が流れているという日本人離れした顔立ち。瑠璃川その人だ。


「すまんすまん、待たせたな。早く入ってくれ」

「おう、待たせやがって」

「この度は、えっと……おめでとう! ございます!」

「ありがとう、飛鳥あすか


 今日は、この二十年近い付き合いになる男瑠璃川の、「ちょっとした結婚式」の日だ。

 会場は二人の同棲している部屋。神父はいない。ドレスコードも、豪華な飯も無い。ケーキも、俺と千晴ちはる以外の客もいない。ただ、ひっそりと祝うだけ。

 それだけでも、充分幸福だと思う。


「来たのか、お前ら」


 奥のリビングから、本日の主役──瑠璃川の恋人が姿を見せた。千晴がええっ、と声を上げる。


「せせせ、清掃員さん!?」

「なんだお前、知らなかったのか。久しぶりだな、あかね


 俺よりも低い身長。瑠璃川と並べば頭二つ分くらいの差がある。学生時代の先輩、十年来の友人。そして幼馴染な瑠璃川の恋人。あかね紅緒べにおだ。


「いや、初耳ですよ! 先輩も白瀬さんも、知ってるなら早く教えて下さいよ!!」

「いやー、気づくかなって」

「気づきません!!」


 頭を抱える千晴の背を瑠璃川は叩く。「早く来い」と茜が呼んだ。茜と千晴が袖まくりをし、台所へ立った。


「さーて! 腕によりをかけますかね!!」

「客人にばかりやらせるわけにはな」


 料理を始める二人の姿を、俺と瑠璃川はテーブルに座って見る。


あおい! ぼけーっとしてないでなんかしろ!!」

「はいはい!」

「はいは一回!!」

「はい!」


 怒らせると怖いんだ、と瑠璃川は笑う。慣れ親しんだ夫婦のような関係。遠慮が無く、側にいることが当たり前。そんな二人が少し羨ましい。


「俺はお前達の初々しさが羨ましいがな」

「うるせぇ」


 思い切り小突く。瑠璃川は笑って頭をかいた。その手、薬指に収まる指輪。


「まさか、本当にくっつくなんて思わなかったがな」

「ははっ、俺もそう思う」

「俺はそうは思わなかったぞ。初めて出会ったときからこうなる未来を予測してたからな」


 カウンターの向こうから茜が顔を出していた。


「黙れ茜。お前らバカップルのせいで俺が、どれだけ大変な目にあったと思ってる」

「そのときのことが巡って、今に至ってるんだろ」


 茜は剥いた海老をかごに入れている。その首にかかる銀のチェーン。先に付いた指輪。瑠璃川と揃いのもの。


、お前達の番だな」


 さらりと言った茜の言葉に動揺し、千晴が野菜を取り落とした。俺も思わずグラスを落としそうになる。


「おい危ねえぞ後輩!!」

「すみません!! いきなり言われて……」


 千晴はわかりやすく照れながら人参の皮むきを終わらせた。俺も取り繕うように水を飲む。


「ははははっ! なんだお前ら、まるで中学生カップルみたいじゃないか」

「笑うな!!」

「おい俺の男に何をする!!」


 瑠璃川をしばくと茜からの怒号が飛ぶ。うるせえ! 十年の恋人生活がなんだ。こちとら二十年の腐れ縁だ!!


「白瀬さん俺を仲間外れにしないでー!!」

「うるせぇ! アラサー未満!!」

「やめろ雨宮あまみや、その言葉は俺に効く」







 そして小一時間後。卓の上に並べられる料理。メニューもコースも関係無い。ただ、各々の好物が並んでいる。そして席についた。

 咳払いをし立ち上がる。こんなこっ恥ずかしい役目を押し付けてきた瑠璃川には後でなにか奢らせよう。


「えーと……面倒くせぇな」

「白瀬さん、情緒情緒……」

「うるせえ、もう略すぞ。えー瑠璃川るりかわあおいあかね紅緒べにお。双方、お互いを愛することを親友である俺に誓うか?」


 二人は顔を見合わせ、頷く。


「誓う」

「誓うよ」


 それを見、俺は椅子に座る。こんな神父まがいの役目、うんざりだ。瑠璃川の礼を片手でいなす。とっとと飯に移ろう。


「白瀬さん」

「ん?」


 箸に手を伸ばすと、隣の千晴がその手を遮り言った。


「実は今日、俺の誕生会も兼ねてるんです」

「は」


 コイツの誕生日は一月十七日、まだその日じゃない。千晴に手を引っ張られ、立ち上がる。何がなんだか困惑する俺の向かいで、瑠璃川が立ち上がった。


「えー雨宮も略したしな。俺もそうさせてもらおう。俺の二十年来の幼馴染にして親友、雨宮あまみや白瀬しらせ。俺の後輩にして親友、飛鳥あすか千晴ちはるなんじらは互いを愛し、離れないことを、親友である俺に誓うか?」


 な、なんだ、なんだ急に。いきなり。


「誓います!」


 千晴が高らかに宣言する。俺を見、笑った。


「これから先何があっても、自分の命より何より先生を大切にします。先生の側から、離れません。親友である瑠璃川先輩と、あの日差し出された傘に誓って!」


 握るその手。髪が短くなったせいで、千晴の顔がよく見える。瑠璃川は千晴の言葉を聞き笑った。


「おいおい傘ってなんだよ」

「俺にとって大事なものなんで!」


 傘、俺達が出会った一年前、俺が渡したというもの。名前も知らない奴から渡されたものを、そんなに大事に持っててくれたんだ、コイツは。


「ほら、雨宮」

「え、あ」


 千晴は笑う。瑠璃川は早くと促し、茜は鼻を鳴らした。迷いながらも、言葉を選ぶ。


「俺は、もう二度と、八つ当たりをしない。自分自身に、呪いをかけない」


 あの日、千晴を拒絶した日。


「もう二度と、差し出された手を、突っぱねたりしない。出された手は掴むし、甘える。そのうえで、それに感謝をして、次は差し出せる人間になる」


 クソみたいな母親、一晩だけの男達。忘れ去るわけじゃない。それも全部、抱えて、そのうえで。


「俺は、千晴を愛する。自分に嘘はつかない。受け取った何倍もの愛を、千晴に、みんなに返す! それを親友であるお前達と、漫画家人生にかけて、誓う」


 俺の言葉を聞き、瑠璃川は頷いた。


「うわーん!! 白瀬さぁん!!」

「うわ!! やめろ千晴!!」


 千晴が泣く勢いで縋り付いてくる。鼻水がつく!!


「ははっ、お前はちゃんと早めに原稿を出すことを誓って欲しいがなー」

「うるせえ! 原稿落としたことはないだろ……っておい! マジで離れろ!!」

「へっ、初々しいこった」


 縋る千晴を引き剥がすために奮闘する。瑠璃川と茜も、揃って笑った。











 一月某日、今日の天気はにわか雨。

 たとえ雨が降ろうとも、傘をさせばいい天気だ。


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先生!締切ヤバいです!!〜運命の恋はじめました〜 夏野YOU霊 @OBAKE_summer

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