コント『オカンとおれ』
宇目埜めう
コント『オカンとおれ』
俺が
バイト先で知り合った孝とは、育ってきた環境や性格がまるで違った。それなのに不思議と馬があった。孝も俺も孤独だった。
とはいえ、孝の孤独は、俺とは少し違っていた。俺みたいに慣れない環境に馴染めずにいる、なんてカッコ悪いものではない。
孝には家族がいなかった。幼い頃に、両親と死別したのだという。
けれど、普段の孝はそんなこと微塵も感じさせなかった。俺がそのことを知ったのは、知り合ってかなり経ってからのことだった。
孝はお笑いが大好きだった。バイト先で会えば、必ずと言っていいほど「昨日のネタ番組見たか? あれ最高だったよな」と言って笑う。お笑い好きなだけあって、孝自身も愉快なやつだった。
滅多に深刻な表情を見せない孝だが、一度だけそんな表情を見せたことがある。それは孝の生い立ちを話してくれた時のことだった。
「俺の両親さ、俺が八歳のときに死んでるんだよね」
本当に唐突だった。「是非見せたいコントがある」と言われて家に招待された時のことだった。
始めは孝のオススメコント集を笑いながら見ていたように思う。
「なんでだと思う?」
どうしてそんな話をする気になったのか分からない。けれど、俺は聞きたくないとは思わなかった。むしろ、本当の友達になれた気がしていた。だから、怯むことなく答えた。
「分からないよ。病気とかか?」
テレビには、見たこともないお笑い芸人が映っていた。
『オカンとおれ』というコントらしい。
『なんやの!! あんた!! 全然勉強もせんとっ!!』
女装をしたコンビの片割れが、子供の格好をしたもう片方を激しく叱責している。
「事故ってことになってる」
孝は、テレビには目もくれない。その間もコントは続いている。
『勉強ってなんでせなあかんのよぉ』
『そら、あんた。将来立派な人になるためやんか!!』
『ほな、おかんはあんまり勉強せぇへんかったんか? 立派ちゃうもんな』
『余計なこと言いなや!! あんたのこと産んだってんから充分立派やないの』
『なんやねん。それ』
バシンッと子供役が床を叩くと母親役が子供役を叩く。その音とほぼ同時に笑い声が起こる。
「事故ってことになってるって、まるで事故じゃないみたいな言い方だな」
俺がそう言うと、孝は微かに笑って頷いた。
「実は違うんだ」
『くっそぉ、おかんのやつ。マジで殴ることないやんか』
コントはまだ続いていた。母親役は画面から消えている。
『容赦なく殴りよってからに。虐待やろ。なんやねん。俺のこと産んだから立派やって。意味わからんわ。ほんま、あんな虐待親、殺したろかな』
子供役がコミカルな動きとともにそう言うとまた笑い声が起こる。
「違うって? じゃあ、本当はなんなんだ?」
孝は何も答えず、それまでほとんど気にしていなかったテレビに視線を移す。
また場面が変わっていた。不釣り合いなナイフを持った子供役と母親役がシチュエーションとは相容れない馬鹿げた緊張感のないやりとりを繰り返している。
孝は、クスリとも笑わず、ただ画面を見つめていた。
『もうええわ。ほな、お母ちゃんもうあんたの子になるわ』
『なに訳わからんこと言うてんねん!! ほんま、殺すぞ』
笑いが起こる。
『何をそんなケンケン言うてんのよ。ほら、そんなもん、もうお母ちゃんに貸しっ!』
母親役はそう言うと子供役に一歩踏み出した。そして、わざとらしく足をもたれさせて子供役に向かって倒れかかる。その拍子に子供役の持っていたナイフが母親役に突き刺さった。
「あははははははははは。あははははははははははははははは」
その瞬間、孝の笑い声がけたたましく鳴り響く。笑っているのは孝だけだった。
ひとしきり笑うとその顔を俺に向ける。
「面白いだろ? 虐待する親は殺してもいいんだよ」
そう言うと孝はテレビの電源を消した。
コント『オカンとおれ』 宇目埜めう @male_fat
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます