第11話 彩

 「円、愛してる」


 その言葉は、春の風に舞う妖精が一時の休息地として定めた円の肩で羽を休め、その耳元で囁いたかのように、それでも確かに円の耳に届いた。

 円は美しい女性だ。長い黒髪をポニーテールに纏め、快活な笑顔を周囲に隔てなく与える。ふと立ち止まった円に2,3歩ほどの間気付かなかった友人2人が、間に居たはずの円の姿を探すように振り返った。

「どったの?」

「どっちか何か言った?いや、2人のどっちかだったらちょっとキモいけど」

「キモいって何よ。ってか、ずっとしゃべりながら歩いてたじゃない」

言葉だけで受ける印象とは裏腹に、2人の表情は笑顔だ。冗談でも言い合っているかのような表情を見せている2人とは違い、円の表情に浮かぶ笑顔は作り笑いに見える。

「ホント、どーしたんよ?マドカ」

「またナンパ的な?」

2人が立て続けに円に声を掛ける。

「んーん、2人だから言うけど、何だか懐かしい声でコクられた」

「なんソレ?コクられたって・・・」

「なんて?」

2人の表情が怪訝さと驚きと興味の入り混じった複雑な表情へと変わる。その表情を受ける円は少し照れ臭そうだ。

「もぅ・・・楽しんでるでしょ・・・いや~、すっごいストレート。愛してるって・・・」

2人の表情が引き締まった。2人は円のことを理解している友人だった。円の表情、声色を推して笑い話で済ませる話でないことを察知していた。

「マドカじゃなかったら、カレシ居なさ過ぎて気でも狂ったかってツッこむとこだわよ」

「最近言ってる、例の顔なし男?」

「わかんないけど、たぶんそうだと思う・・・でも、一番聞きたかった言葉みたい・・・胸がキューってなる」

円から怪訝な表情は姿を消し、左手で胸の辺りを押さえるその表情には、優しい微笑みがあった。2人が円に近付き、その肩にそれぞれ手を置いた。

「アンタいったい誰に恋したのよ?」

「しゃーない、そのカレシ、探しに行こうよ」

3人はそれぞれ顔を見合わせた。その3人を避けるように歩く周囲の人々が思わず見惚れそうになる笑顔だ。揃って見上げた空には、太陽と、それを取り囲む虹彩の輪〝ハロ〟が見えた。

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