姉に好かれすぎてる僕が好きな先輩が好きなのは姉
吉岡梅
弟は苦悩する
手っ取り早い話、姉が生徒会長で先輩が副会長だ。そして僕は書記。学校でも1秒でも長く僕と一緒にいたいという姉が、無理矢理生徒会に引っ張ったのだ。
お察しの通り、姉は重度のブラコンでそれを隠そうともしない。放課後、僕が生徒会室に入るなり、ぱぁっと顔を輝かせて椅子をずりずり引き摺って来て、ぴったり隣に着けるとニコニコ笑って執務をこなす。時にはわざとらしく腕を組んできたり、顔を覗き込んできたり。
それだけなら家でいつもやられている事なのでまだいい(いや、よくない)。それよりも僕の心を締め付ける問題がある。先輩だ。姉が上機嫌で虎視眈々といちゃつきチャンスを狙っているのを、氷のような目で見つめている。しかも無言だ。本当ごめんなさい。
実は先日、僕は先輩に呼び出されて告白された。超ドキドキした。なにせ、先輩は僕の憧れの人……。すみません、今、ウソをつきました。憧れレベルを遥か超えて、好きな人なんです。
姉が中学の頃から仲の良い先輩は、ウチにもよく遊びに来た。当時の僕は小学生。それでも姉は一緒に遊びたがり、結果、僕たちは3人で遊ぶことになり、気が付いたら好きになってしまっていました。だって、ドストライクなんです。先輩が。
その先輩が僕に告白。なんてことだ。呼び出された日は1日中気が気ではない。先生に指名されても上の空、体育の授業では周回数を間違い、姉の手作り弁当は喉を通らない(超悲しまれた)。緊張して呼び出し場所に行った僕に、先輩は顔を赤らめて告げたのだった。
――私、好きなの……。姉のことがっ!
と。あ、はい。としか言えない僕の両手を先輩ががっちり握ってくる。凄く柔らかくて先輩が近い。なんだこれなんだこれと思っているうちに、先輩は、だから協力してね。ね? と目を潤ませて上目遣いで見てくる。そんな事されて「はい!」以外の返事ができる男はこの世に存在しないわけで、僕はあっというまに協力者認定されたのだった。で、毎日これ。あらためまして、申し訳ございません。
先輩の冷たい視線に耐えながら執務をこなし、家に帰ってからお詫びに姉の秘蔵写真を送信してなんとか毎日を乗り切っている。ちなみに姉は隠し撮りをしようとすると目ざとく気づき、いろんなポーズで写真を撮るよう強要してくるのでネタには困りません。中には弟として、いや、人として送ってはいけない写真までも。
そして今日、昼休みに先輩が教室に乗り込んできた。ガラガラピシャーンと勢いよくドアが開き、真顔で真っすぐ僕の目の前にざかざか歩いてくる先輩。ざわつく教室。そして僕の前の席の机を断りもなく180回転させると、どっかり座り込んだ。
なにか気に障る事をしてしまったんだろうか。心当たりはあり過ぎる。それにしても真顔の先輩も素敵だ。すき。そんな事を考えていると、先輩が力強く何かを目の前に差し出した。それは――弁当箱だった。
えっ、先輩が僕に? 手作り弁当を!? マジですか。僕は舞い上がった。本当に食べていいんですか、と聞くとこっくりと頷く。こんな幸せがあっていいのだろうか。僕が涙を堪えながら弁当を一口食べると、勢い込んで先輩が聞いてきた。
――食べたよね。じゃあさ、代わりに弟くんのお弁当、私が貰っていい?
え、いいですけど。僕は先輩の手作り弁当だけでお腹も胸も一杯だ。喜んで差し出すと、先輩はそれを奪い取るようにして蓋を開けた。その眼はキラキラと輝き、なんだかちょっと頬も赤い。こころなしか、呼吸も荒くなっているようだ。そしてぎゅぎゅっと力強く両手を合わせていただきます、というと、恍惚の表情を浮かべて弁当を食べ始めた。超嬉しそうに、愛おしそうに。
僕は気づいてしまった。先輩が狙っていたのはこれだ。姉の手作り弁当だ。姉が毎日僕に弁当を無理矢理持たせている事に目を付け、それを手に入れるために自らが弁当を手作りし、僕と交換することによって手に入れるという策に出たのだ。なんという情熱。これが愛か。僕は姉に嫉妬した
が、そのおかげで僕は先輩の手作り弁当を食べられている。しかもこんなにも幸せそうな先輩と一緒に食事すらしている。傍から見れば、互いの弁当を交換し合ってデレデレと食べているやべー奴らだ。皆の視線が突き刺さる。が、それでいい。先輩の弁当が食べられるのであれば、そして、先輩が嬉しそうならば。
これは先輩の気持ちを知りながらも姉に好かれるままにしている僕への罰だ。いや、ご褒美か。わからない。考えれば考えるほどわからない。だが、先輩の手作り弁当は超おいしかったです。生きててよかった。
その思いを反芻しながら生徒会室に入ると、やっぱり姉がいて、花が咲いて、隣に来ていちゃついて、そして氷の視線。すみません……。
動揺した僕は、お茶を飲んで落ち着こうと思った。ペットボトルを開け、一口飲もうとした瞬間、変な所に入ったのか、むせてしまった。
この隙を逃す姉ではない。奴は歴戦の弟好きだ。大丈夫ーと笑いながら零れたお茶を拭く。そして事件は起きた。口の端に飛び散っていたお茶を目ざとく見つけると、あろうことか、それをぺろりと舐めとったのだ。
ちょっと姉ちゃん、なにすんだよ! と怒る僕に、えー、だってー。と甘える姉。僕は先輩の方を見れなかった。だが、そちらの方向から何かが爆発するドカーンという音が聞こえた気がした。
姉がトイレ行ってくる、と席を立った。僕は恐る恐る先輩の方を見てみると、燃えるような視線とぶつかった。いつもの氷の視線とは真逆の灼熱の炎。メラメラと燃え盛る音が聞こえてくる。
先輩はガタっと音を立てて立ち上がり、僕の方へ歩いてきた。そしてぐっと胸ぐらを掴む。す、すみません! と謝ると、動かないで! と一喝。そして、僕の口元を熱に浮かされたような顔でじーっと見つめる。近い。可愛い。先輩?
そして先輩はポツリと言った。
――さっき、そこにキスされてたよね
キ……キスというわけでは。行き過ぎたスキンシップというか。ただペロっと舐められただけというか。僕がへどもどしていると、ごくりと先輩の喉が鳴った。
――てことは、私がそこにキスすれば、間接キス成立ってことだよね
は? 待ってください先輩! それは違います。いや、成立するにはするけどそれより先に成立するものが。手作り弁当理論でキスを取りにこないで下さい。慌てているうちに先輩の顔がぐぐっと近づいてくる。目を瞑った顔もすき。なんだかいい匂いもする。だが待った待ったストーップ! 待ってください。先輩。落ち着いて。
宥める僕に先輩は真っすぐな目で頷く。落ち着いてるよ。早くしないと姉が帰ってきちゃうから、ね? そしてまた目を閉じて顔を近づけてくる。
なんなのこれ。いったいどういうことなの。これでいいのか僕は。いや、嬉しいか嬉しくないかと言われたら超嬉しいけど違うんじゃないか。だが、こんな機会が今後あるだろうか。だが待て、弟として、いや違う後輩として、人としていいのか。
そんな考えがぐるぐると頭の中を巡る。
そして、そして――。
僕たちのウロボロスの三角関係はしばらく続くことになるのでした。
姉に好かれすぎてる僕が好きな先輩が好きなのは姉 吉岡梅 @uomasa
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