俺の黒歴史が呪いの漫画と言われている

久世 空気

第1話

『君が消えると夏も消える』

 これはすでに絶版されたホラー漫画だ。当時学生だった作者はこの作品を1ヶ月で書き上げ、出版社に持ち込んだ。それはほぼ手直しされることなく出版され、作者は直後に交通事故で亡くなった。この本には不可解なことが多く、「未来の災害を予言している」「読んだら7日後に死ぬ」「一緒に置いていたリンゴが半日で茶色く朽ち果てた」など噂がささやかれている。


「・・・・・・俺、生きてんねんけどなぁ」

 トシは大きなため息をついて、幼なじみのヒロに愚痴を漏らした。

「俺もSNSで見たときはびっくりしたけど。予言書や呪いの本とかえらい言われようやな」

「リンゴは冷蔵庫で保管してほしい」

「それな」

 トシとヒロは座卓に1冊の漫画を挟んで向かい合わせに座っている。トシはこの『君が消えると夏も消える』という漫画の作者である。おかしな噂と、実際死者が出たという話に、現状放置するわけにもいかずヒロにSOSを出したのだ。

「俺当時読んでるけどピンピンしてるし、俺のばあちゃんも生きてるけどな」

「おまえ、ばあちゃんにホラー漫画読ますなよ」

「喜んでたで。夢に出たって」

「悪夢やんか」

 再びトシは頭を抱えた。

「あの頃凝り性やったもんなぁ。1年くらいこの漫画に注いでたやろ?」

「そうそう、帯にも『ホラー界のマルコポーロ』って書かれて出版社も乗り気やってんなぁ」

「いまいちピンと来ないな」

 噂は適当で、作者のトシは生きているし、漫画は1年かかったし、出版社に持ち込んだ後のダメ出しと手直しには骨を折った。その後、就職してトシは漫画家として活動したことはない。

「当時の担当者さんとは連絡取れへんの?」

「担当さんは携帯番号変えたのか通じんし、出版社は3年前に潰れてた」

「世知辛いなぁ」

 言いながらヒロは漫画を引き寄せパラパラとめくった。

「おい、大丈夫か?」

「何が?」

「読んだら死ぬんやぞ」

「死ぬわけないやろ。どっちかというとこれを朗読したらおまえの方が死ぬやろ」

「止めてくれ、あの頃は厨二病やってん・・・・・・」

「大学2年生やったけどね」

 漫画自体はおどろおどろしいが、どことなく情緒のある幻想漫画だ。主人公の幻覚とも妄想とも言えるシーンが意味深で、予言と言われているらしい。

「SNSでいろいろ言われてるけど、実際死んだ人がいるかどうか疑わしいやんなぁ」

「いや、おるらしいで? 警察来てん」

「え? マジで?」

 1ヶ月前、若い刑事がトシを訪ねてきた。もちろん呪いの漫画を描いた、という罪に対し逮捕状は出ず、ほぼ単独でこの事件を追っていたらしい。

「一応献本分が余ってたから1冊あげて、元の原稿は実家にあるって教えてあげたけどね。最後に『次は必ず逮捕状を持ってくる』って帰った行ったけど」

「犯人扱いか」

「でもその後実家に向かっている途中で交通事故に遭って殉職されたらしい」

「おい、いきなり怖い話やめろよ」

 ヒロはそっと漫画を座卓に戻した。

「先週、週刊誌の記者も来てん」

「おお、個人情報漏れてんなぁ」

「こっちも献本あげて、話はした。最後に『この呪いは絶対俺が解いてみせる』って言って帰ったきり、連絡つかん」

「漫画あげない方がええんちゃう?」

 ヒロに指摘され「確かに」とトシが頷く。

「もう一人あげた人おんねん」

「次は誰が来たん?」

「某秘密結社の幹部」

「某秘密結社?!」

 トシはスマホで検索してヒロにニュースページを見せた。

「この人」

 それは某国の在日大使の訃報だった。日時は本日の数時間前。

「この人、そうやったんや。日本語の漫画読めたんかなぁ?」

「片言で『この漫画は必ず世界を救う。おまえを救世主にしてやろう』って言ってたんやけどな」

「どういうスタンスやねん」

 ニュースサイトを見ていたヒロがふと眉をしかめた。そして動画サイトを表示した。

 ライブ配信がおこなわれている。目と鼻に小さな穴が空いた仮面をかぶった、体格からしておそらく男らしき人物が画面の中心に写っている。ヘリウムを吸ったような高い声で男は厳かに話し始めた。

『これより我々は、奇書から冥界におられる作者と通信し、復活されるよう説得を試みる!』

 カメラが引くと、男と同じ仮面をかぶった数人の男女が、床にひざまずいていた。彼らが囲んでいるのは直径3メートルほどの魔法陣だ。中央に『君が消えると夏も消える』が置かれている。男は蝋燭を手に取ると、円を囲む人たちの間を通り、漫画の前に立った。何やら呪文らしき者を詠唱し始める。

「なんか可笑しいこと始めたな」

「え? 俺呼ばれる? どうなんの? スウェットやねんけど」

 トシが着替え始めると同時に2か所から爆発音がし、地面から突き上げるような振動が起こった。1か所はライブ動画から。画面は乱れ、悲鳴や破壊音などで混乱しているのだけが分かった。

 そしてもう1か所は窓の外。マンション3階から見えた。ビルが崩壊していく様子と、そのビルと同じくらい巨大なタコの足のような触手が地面から伸び、周りの家々を潰していく。

「・・・・・・あんな近くで謎儀式してんか・・・・・・」

「あれも漫画のせいか? ちゃうやんな?」

「クトゥルフみたいやな」

「俺の漫画、クトゥルフ関係ないけど?!」

 この後世界は謎組織によって召喚された謎の巨大生物によって終焉を迎えるが、それは『君が消えると夏も消える』という漫画とはまったく関係なく、その作者のトシがどうすることも出来ない事態であった。

 そしてこの小説の結末やこれを読んだ読者に後に起こる事態も、筆者にはどうすることも出来ないのである。

 


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