エサのない釣り針

秋空 脱兎

毒矯みの決意

 夕方、曇天の海辺。砂浜に、一人の若く見える男が釣りをしながら座っていた。

 その実年齢は、八十八。

 男は六十三年前に瀕死の重傷を負い、その時出来る最善の策として、不老不死になる選択をした。そうせざるを得なかった。


 そんな男に、これまた年齢不詳の森人エルフの女性が訪ねてきた。


「よう、不老不死。まだ生きてたか」

「……フェアウェルか」


 不老不死の男にフェアウェルと呼ばれた森人は、小さく頷いた。


「記憶力も上々と。何年振りか覚えてる?」

「最後に会った日から二十回冬が終わった。二十年ぐらいだ」

「うん、まあそのくらい。隣に座っても?」

「構わない」

「じゃあ」


 フェアウェルは男の右隣に座り、海を見つめた。


「最近、どうだ?」

「…………」

「今は釣りしてるみたいだけど……エサもないのに釣れるのか? この辺には釣り針そのものに食らいつくヤツもいないだろ?」

「…………」


 男は何も言わず、立ち上がり、竿を上げて糸を手繰り寄せた。森人の言った通り、針には餌が付いていなかった。


「止めるの?」

「見透かされてるなら、意味ないし」

「…………。」

「皆、あっちに逝っちまう。仲良くなったやつも、嫌いで堪らないやつも、不死になりたがるやつすらも、皆、皆……」

「いるだろ隣に、昔馴染みなら」

「でも、お前もいつかいなくなる。お前が最後なんだ」

「それは……」

「あの時、不老不死になる選択しかなかったとはいえ、正直……辛い。覚えてるか? あの時、『どこかには解除する方法もあるだろう』と虚勢を張っただろう、俺は」

「……ああ」

「全部本気だったんだ、あの時は」

「…………」

「結果はこのザマだ。あちこち彷徨ったけど、治せそうな手がかりすら無かった。当たり前だよな、なりたいと願っても元に戻りたいって考えるヤツはいなかったんだ。実際になったヤツはいなかったから、不老不死になった後、最後はどうなるのか考えもしなかったんだろう」


 男は釣り竿に糸を巻き付けて固定すると、どこかへと歩き出した。


「ちょ、おい、どこ行くんだよ」

「今日はもう、帰って寝る。今は一人になりたいから、宿泊は許可しない」

「…………分かった。また、来るからな。この辺にいてくれよ」


 こうして、フェアウェルは決意した。

 不老不死を解く方法を作ろう。薬でも呪文でも武器でも何でもいいから。

 始めるには遅いかもしれないが、幸いにも時間を他人より多く使えるのだから。

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