エビで人魚が釣れた話
北野椿
第1話
ピチピチと、塗装された岬を打つヒレの音。飛び散る水泡がペシペシと私の頬に当たっり、咄嗟に閉じた目を開くと、太陽その鱗がきらきらと虹色に輝いている。艶やかだ。海中で生きているのになぜそうなるのかは謎だが、肌はつるりとしている。
「おい……何じろじろ見てやがる」
きっと睨みつけられてたじろぐ。ふさふさに蓄えられた髭と、むきむきの筋肉。鋭い眼光はスナイパーのようだ。もしスキューバダイビングをしているときに出会ったら、私は固まってしまっていたと思う。しかし、ここは陸の上、ヒレの生き物は圧倒的に不利だ。そのため、1メートルほどしかない近距離でも、比較的平常心でいられている。
「さっさとこれを取ってくれ……」
指をさしたのは、髭に引っかかった釣り針だった。喋る合間に、もぐもぐと口を動かしているのは、多分私が釣り針につけていたエビだろう。
釣りをしていたら人魚(マーマン)が釣れた。簡潔に述べるとそういうことだ。
「す、すみません」
近づいて、私は、塩で傷んでいるのか、その絡まりに絡まった髭から釣り針を取ろうとした。取れない。どれだけ絡まってるんだこれ。
「おい」
「はい」
「早くしろ」
「はい、すみません……」
マーマンは不機嫌に圧を掛けてくる。あまりに取れなくて、だんだん焦ってくる。焦ると余計に指先が滑る。
「おい」
「はい……」
「取れないのか?」
「……ごめんなさい」
諦めて、私はポーチからゴソゴソとハサミを取り出した。
「待て、なにしてる!」
「でも、このままでは身動きができないですし……」
待て待て待てと慌てるマーマンをよそに、私はすいと手を動かして、髭にハサミを近づけた。
エビで人魚が釣れた話 北野椿 @kitanotsubaki
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