どないなっとんねん!

伊崎夢玖

第1話

「ヤベっ!寝坊した!」

現在時刻十時五十分。

待ち合わせ時間は十一時。

待ち合わせ場所までは家からどんなに急いでも一時間はかかる。

(…まぁ、えっか…。)


とりあえず、出かける準備をする。

歯を磨いて、服を着替える。

髪を整えようにも、今日はどうにも決まらない。

寝癖がしつこく、水を付けようが、ワックスを付けようが跳ねてしまう。

(なんやねん…寝癖のくせに…)

どうにもならないと分かると、寝癖を隠すために帽子を被ることにした。

頭が蒸れるから帽子は好きじゃないが、寝癖の方がもっと嫌だ。

かっこ悪いし、ダサい。

ボディーバッグを肩に掛け、家を出る。


駅に向かう途中、スマホで相方に連絡を…と思ったが、どうやら枕元に充電したまま忘れてきたらしい。

苛立っても仕方ない。

忘れてきたのは自分だ。

取りに帰るにしても、めんどくさい。

このまま行ってしまおうと一歩踏み出した瞬間、すれ違った男性と肩がぶつかった。

「痛っ!」

すぐに振り返ったが、ぶつかった男性はそのまま通り過ぎ去ってしまい、見失ってしまった。

「ほんま、朝からなんやねん…」

今日は本当にツイてない。

もしかしたら、朝のニュースの占いの結果がよくなかったのかもしれない。

今日は一日慎重に過ごした方がよさそうだ。


そこからは、無事待ち合わせ場所についた。

待ち合わせ場所と言っても、芸能事務所なのだが…。

かくいう俺はお笑い芸人をしている。

売れているかと聞かれたら、売れてない方だと思う。

相方もいて、二人三脚でなんとかやって営業をこなしているようなものだ。

キョロキョロとあたりを見回すと、相方の川越タローがいた。

「タロー、すまんの。寝坊したわ」

ちょっとふざけたように謝罪したのが気に入らなかったのか、タローは俺をシカトした。

「おいおい。すまんて。ちょっと寝坊しただけやん。シカトすな」

俺の声が聞こえてないかのようにシカトするタロー。

そんなタローの元へマネージャーがやってきた。

「タロー。ジローは?」

「まだアイツ来てないねん…。何の連絡もないし…」

「寝てるんとちゃう?」

「そうやったとしても、電話すればいつも起きるはずやねんけど、今日は電話にも出ん…」

「ほんまなんか?」

「……うん」

「俺からも連絡してみるから、タローも連絡してみてくれ」

「分かった」

マネージャーとタローは俺がそばにいるのに、俺のことは見えていないかのような素振りをみせる。

いい加減苛立ってきた。

朝からツイてないとは思ったが、ここまでツイてないなんて…。

「おい!タロー!」

力任せにタローの肩をどついてやろうとしたが、不発に終わった。

なぜなら、俺の体がタローの体をすり抜けてしまったからだ。

「は…?」

間抜けな声と共に頭の中はさっきまでの苛立ちはどこへやら。

代わりに、『ハテナ』がいっぱいだった。

どうして俺の体がタローの体をすり抜けたのか。

なんでタローに俺の声が聞こえないのか。

答えはすぐにマネージャーが持ってきてくれた。

「タロー、今ジローの件で連絡があった。……落ち着いて聞いてくれ…。ジローが死んだ」

俺が死んだ?

嘘だ。

さすがにテレビのドッキリですら、そんな質の悪いドッキリはしない。

しかし、マネージャーの顔は至極真面目だった。

本当に俺は死んだらしい。

マネージャーの話だと、俺の死因は胸に包丁がぶっ刺さっていたことによる失血死で、犯人の手がかりはなく、事件として捜査されるとのこと。

(そうか…。死んでもうたんか…)

思った以上にショックだった。

死んだことにではない。

もうお笑いができないことにだ。

「今日、決勝戦やったのにな…。優勝したかったな…」

独り言を呟いた瞬間だった。

事務所の扉が開いたと思ったら、大勢の警官が乗り込んできた。

「こちらに川越タローさんはいらっしゃいますか?ジローさんを殺害した容疑がかけられています」

タローが俺を…?

意味が分からない。

すぐ隣にいたはずのタローはいつの間にか姿を消していた。

自分が死んだことも納得していないのに、相方が殺人犯とか、どんなにおもしろくない漫才のネタよりもおもしろくない。

「こんなんシャレにもならんわ…」

これが夢なら早く覚めてくれ。

そう願わずにはいられなかった。

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どないなっとんねん! 伊崎夢玖 @mkmk_69

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