お笑い旅芸人は罪を撒く

日諸 畔(ひもろ ほとり)

極悪お笑い芸人

 俺にとって『一生』とは『一笑』と同じことだ。人を笑わせることができれば、人に笑ってもらうことができれば、俺の人生は大成功と言ってもいいだろう。

 しかし、その一笑が難しい。特に、この国では。


「待て!」


 かっちりとした制服を纏った憲兵隊が数名、叫び声を上げて追ってくる。いくら闇に紛れたといっても、このまま逃げ延びるのは難しそうだ。

 イチかバチか、やるしかない。俺は覚悟を決め、笑顔を作った。


「はーいどうも、こんな夜更けにご苦労様でございます」


 憲兵たちは動きを止め、俺と一定の距離を保つ。すぐに飛びかかってこないのは、様子を窺っているからだ。下手に近付けば危険が待つと知られている。

 そうだ、いい子だ。このまま俺を見続けていてくれ。


「先程までもですね、こっそりとやらせてもらっていたんですけどね、せっかくお集まりいただいたので、ここでもやらせてもらおうかと思いましてね」

「待て、やめるんだ!」


 隊長と思わしき男の制止は無視だ。俺の使命は、こんなことでは止まらない。俺はこれで、この国を変えてやる。


「ある男がいましてね、それはもう、だらしない男でした」


 俺はすぐさま表情を変え、だらしない男を演じる。憲兵の目はこちらに釘付けだ。


「あー、やってらんねぇなぁ、ん? 湖の向こうが光っているぞぉ」


 わざと大袈裟にした間抜けな演技に、一人の憲兵が吹き出した。よし、これならいける。

 これは、国民なら誰もが知っている昔話の冒頭だ。ただし、そこかしかに変更を盛り込んでいる。思わず笑ってしまうような。


 この国では、国教が定められている。その戒律によって『笑うことは恥ずべきこと』だと規定されて、罪と扱われていた。

 俺はどうにもそれが許せない。厳格である事を唯一の美徳とし、枠から外れることは許さない価値観など間違っている。

 笑うことは楽しい。楽しいとはすなわち、幸せだ。だから、皆に笑ってもらおうと思った。規律や戒律など関係ない。


 昔話のストーリーは、実にありきたりなものだ。

 湖の向こうで光を見つけた男は、本来は心の優しい好青年だ。彼は光の中で赤ん坊を見つけ育てる。子供はいつしか神の子となり、世界を救う。


「うわぁ、金かと思ったら神の子かよ」

 

 俺の演技を見て、憲兵のひとりが「なんで神の子って知ってるんだよ」と呟く。それに呼応するように、三人程が小さく唇を歪ませた。慌てて口を塞ぐ様子が目に入る。

 我慢せず笑ってしまえばいいのに。

 

 ありきたりな昔話の中に意外性を込めてみたら、面白いのではないか。最初は思い付きに近い発想だった。

 実際に話を作り演じてみると、周りの人々は予想通り笑ってくれた。ただ、その瞬間から俺は追われる身となった。もちろん、笑った者は犯罪者扱いになった。

 以来、俺は闇のお笑い芸人として、戦いの旅を続けている。いくら憲兵といえども、笑ってしまえば神への反抗とみなされ職を解かれるだろう。そうなってしまえば、もう笑うしかないのだ。


 笑いとは幸せだ。幸せとは笑いだ。

 職を失い路頭に迷ったとしても、笑ってしまえばそれでいい。食べ物がなくても、住む場所がなくても、笑いがあればそれでいい。

 六人全員を笑わせた後、俺はその場を立ち去った。きっと幸せになってくれたことだろう。


 そろそろ新しいネタを考えなければならない。人の笑いとは難しいものだ。個々人によって好きなものが異なる。

 例えば俺が熱い料理を無理して食べている所を見てもらったら、面白いだろうか。他には、全裸と見せかけて股間だけ上手く隠すなんていうのもいいかもしれない。


 笑いは無限だ。

 人々を幸せにするために、俺はこれからも戦い続ける。

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お笑い旅芸人は罪を撒く 日諸 畔(ひもろ ほとり) @horihoho

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