◆ 22・天使の降る夕方 ◆


 まず考えるべきは天使の交信範囲だ。

 アーラは町に入るずっと前に、人々の声をキャッチしていた。生半可な距離では心の声で居場所を特定されるおそれがある。

 山道すらも飛ぶように駆け、道行きを急ぐ。



 もっとも、天使ちゃんがそこまでして俺様の事を探すかって問題もあるけど。



 ルーファは悲しい現実を考えないように、更にスピードを上げた。

 別れてから数十分しか経ていないが、アエーラスの属性付与をして駆けている。距離にして通常の1日分は稼いでいる。



 本当は、天界に帰るとこまで見届けてとか。一緒に帰ってやれたら……一緒に、帰る?



 足が止まる。

 巨石のごろついた沢は緑豊かに、周囲の気温を下げている。コポコポと流れる水の底には小さな魚が見て取れた。

 ルーファの時間だけが置き去りにされたような心地だ。


「そぅ、……だよな?」


 今更ながらに重要なことに気づいてしまった彼は、呆然と空を見上げる。

 緑の合間に赤く染まった夕焼け。時刻は思ったよりも過ぎており、白い雲も段々と灰色になりつつある。

 この空を見れば、ルーファにも己がいかに視野が狭まっていたかに気づく。


 帰すことばかりに意識がいき、共に行くという選択肢に至れなかった。後から行こうと思ってはいた。

 魔王や悪魔は地上にもやってくる。そして彼らは天界を狙っているというのも定説だ。

 つまり、下から上へと上がる道があるのだ。

 上へと至る道は、悪魔を拷問してでも聞き出せば良いと先送りにしていた。



 で、良かったんじゃね?

 いや、で。



 そう考えれば、先ほど恨みを買ってでも逃がしてしまったことは吉である。きっと水の魔王はまた来るだろう。


「俺様、ツイてるな」


 笑みが浮かぶ。

 今日の道程を終え、ここを休憩所にするのが良さそうだと腰を下ろす。思えば、モンスター退治の為に町から出ていたこともあり、荷物は町の宿屋だ。

 大した物はいれてないとはいえ、時を見て取りに戻る必要はある。


「ルフス……!」


 大事な声だ。

 聞き間違うはずもない声で、聞こえるはずもない声。しかもありえない位置から響いてきている。

 空を見上げる。

 翼の音。


 そうして天使は、またも降る。


 今度はルーファも抱き留めることができるだろうと両手を広げ、待ち構えた。空から白いモノが落ちる――否、ゆったりと降りる。

 小さな翼は光を纏い、実物の何倍も大きく背で主張している。

 彼女は大気に抱かれるようにふんわりと、毛先の流れまで計算され尽くしたように降り立った。

 ルーファは行き場のなくなった両手をそっと下ろし、腰に当てる。

 だが彼女は両手を広げ、抱き着いてきた。


「ルフス、捜したっ」


 彼女の突撃に、思考が追い付かない。沢の奥がガサリと大きな音を立て、そちらからも聖女ことドミティアが現れる。その腕には、泡を吹いているランドールの首がある。ぐったりとした肢体を見る限り、気絶している。


「舐めないでもらおうか、こっちは生活魔法も完璧にこなす勇者様だぞ!」


 意識の遠くで、サー・ランドールを追ってきた速さの理由に至る。

 だがそんなことよりも、大事なことは抱き着いてくれている塊である。柔らかく甘い匂いを放つ彼女はまさに天使だ。


「……ルフス、一人はダメ。一緒にいよう? わたしは一緒にいたい、だってルフスはわたしの……」


 ルーファを見上げ、必死に言葉を紡ぐ彼女に答える。


「うん……、います……」


 それが彼に答えられた精一杯。

 彼女は嬉しそうに微笑み、身を預けた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

美少女天使の告白受けたし、勇者なるわ! ムツキ @mutukimochi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ