◆ 21・天使の事情 ◆


◆◇◆



 目覚めたと同時に走り去るヒトを見て、アーラは瞳を瞬かせた。


「ルフス……?」


 アーラには分からなかった。

 聖女によって勇者の力を強化されることは、世界のことわりとして組み込まれたものだ。

 システムを作ったのは天使である彼女の兄である。彼女自身、このシステムの成功を信じることは兄を信じることと同義だった。


 だが、せっかく組み込んだ地上の新システムは使用されておらず、聖女は何をもなさずに消えては生まれた。

 地上を見下ろしていたある日、彼女は気付く。

 始動したばかりの聖女システムへの認知が薄いのだと――。


 聖女と勇者がいてこそ世界は救われると、アーラは信じている。かつて見た古き時代の『勇者』の鮮烈さを彼女は覚えている。

 同じものだ。

 ルフスにあるものは全く同じ鮮烈さだった。


 ミハイル・ルファ・ミンター。

 天使である彼女には名前を呼ぶことが叶わない。それでも信頼と精一杯の好意をめて、今だけのを交わした。


ルフス赤き魂


 聖女を置いてどこかに行ったのか問おうと、傍観者に目を向ける。


「いやぁ、そんな目で見られてもなぁ。オレもあの人怖いし?」

「テァ・フィーィス……」


 言葉を自由に操れないことが悲しい。兄と話すように、たくさん話せたらいいのに、言葉の共通理解が進んでいない。

 これはアーラの責任だった。


「それ、役職名で名前ですらないから。まぁ天使に名前呼ばれんのはゾッとすっし……テスでいいや。それと、あの人たぶん……勇者じゃないと思うね」


『ゾッとする』と言った傍観者――テスは身を震わせてみせた。


 アーラにも分かっている。

 天使は三界の嫌われ者だ。

 かつてのの様子を見ても、ドミティアの心から流れてくる感情も負にいろどられている。傍観者ですら、天使への畏怖いふが強い。

 そんな中、不思議なほどにルフスから流れてくる気持ちは心が温かくなるような物ばかりだった。

 時に冷たく澄むことはあっても、ソレは天使に対しての感情とは別物で知らない想いだった。



 ルフスは、天使を想ってくれてた。たぶん、いてくれてた。優しくしてくれたアレらがパーロス勇気じゃないなんて思えないよ。



 アーラは途方に暮れる。

 聖女が勇者を選別するのだ。天使のアーラが決めることではないし、それは兄の作ったシステムを否定することにも等しい。



 それでも、わたしは彼がギェンメーロゥス勇ある者であって欲しいんだ……。



 立ち上がれば、天上とは違う堅い大地。この地上で羽ばたくには小さな翼は役に立たない。

 それでもアーラは心を決める。

 兄に黙って地上に来た理由も全て、勇者なのだ。なぜなら、空から戦う彼を見て、彼の鮮烈な赤に、もっとよく見ようと身を乗り出し――落ちてしまったのだから。


「セイジョ、お願い、一緒に来て? ルフスのところに行こう?」


 聖女は奇妙な顔でアーラを見下ろした。



◆◇◆

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