【KAC20223】死霊探知装置『シックス・センス』

井澤文明

第六感

───第六感とは何か?


 博士は己に問いかけた。


───身体にそなわった感覚器官を超えて、ものを直感する感覚。視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚以外の、するどく物事の本質をつかむ心の働き。

直感。

勘。

霊感。

インスピレーション。

虫のしらせ。


 開かれた辞典には、そう記されていた。


 全ての人が第六感を───霊感を───自在に扱えたら、どんなに良いだろう。


 博士は、そんな空想に胸を馳せた。

 名作とも言われる映画『シックス・センス』でも、死者を見ることが出来る少年の姿が描かれている。


 生者と死者の交信は、人間が長年、魅了され続けてきた技術とも言える。死の訪れを恐れる生者にとって、死の世界を体験している死者の言葉は、死への恐怖を和らげ、安らぎを与え得るからだ。


 そうして生まれたのが、死霊探知装置『シックス・センス』である。

 まだ発展途上の技術のため、性能は低く、ごく限られた「力の強い」霊としか交信はできない。またそれは、微かに声のような物が聞こえる、という程度の装置だが、博士に地位と名声を与えるには十分な成果であった。

 初めは良くある出鱈目な機械だと思われ、見向きもされないような代物だった。だが幽霊の存在が「科学的に」立証され、『シックス・センス』の技術も多くの著名な研究機関から本物だと発表されたことで、一転して一気に注目を浴びたのだ。


 人々は皆、自分たちの失った大切な人とまた交流ができるのでは、と歓喜した。

 霊の存在を信じない者たちは、博士を詐欺師と非難する。

 宗教によっては、博士を悪魔だと罵った。

 裁かれていな人殺しは、自分たちの罪が明るみに出ることを恐れた。

 たった一つの小さな装置によって、世界は混沌とした状態に陥ったのだ。


「お前は、自分がしたことを理解しているのか?」


 夜。暗闇。

 電気が消さられた研究室で、博士の背後に立つ男が問いかける。黒ずくめの姿は部屋に満たされた闇に溶け込んでいた。


「分かっているとも。良く分かっている」


 博士の掠れた声が静かに響く。


「ならば、今すぐその研究を辞めてもらわないと困る」

「誰が困るっていうんだい?」


 男の目に博士の顔は映らなかったが、彼は博士が確かに笑っていることを、はっきりと理解していた。


「お前がそれを知る必要はない」

「へえ、そうかい」


 気味の悪いヤツだ───男は心の中で呟く。

 この博士は、華やかな業績があった訳でもなく、ごく普通の、どこにでもいるような平凡な研究者のはずだった。それが、ほんの数年で、世界を混乱に陥れる怪物と化した。


「この研究には誰が関わっている? お前が一人でやった訳ではないんだろう?」


 微かな笑い声が返ってくる。


「もちろん。一人で研究をするのは難しい」

「では他の研究員はどこにいる」

「いるよ、すぐそこに。君には見えないだけで」


 少しの間が生まれる。そして沈黙を破るように男は口を開いた。


「───もしかして、幽霊なのか? 他の研究員が?」


 先程よりも大きい、掠れた笑い声が返ってきた。


「そりゃ、そうだろう。こんな研究をやることに賛同する研究者は、そうそういない」


 こいつは、本当に狂っているのかもしれない。そんなことを男は考え、この任務に行くよう命じた上司に心の中で罵った。


「なぜそこまでして、この装置を作ろうと思った?」


 遠くの街灯に微かな照らされ、研究室の端に置かれた『シックス・センス』は淡く光っていた。


「世界は死で満たされているからだよ」

 博士の言葉の意味が理解できず、男は「どういうことだ?」と再度問いかけた。

「死は苦しい。死者はいつも呻き、生者を呪っている。それを毎日、物心ついた頃から聞かされていたのさ」


 博士の顔は相変わらず、男には見えなかった。男は部屋の温度が少しずつ、下がっているように感じた。


「だから、他のみんなにも同じ想いをして欲しいと思ってしまったんだ。結局、失敗してしまったけれど」


 博士の声に初めて、悲しみの色が見えた。


「失敗だと?」

「そう、失敗だ。怒らせてしまったんだ」

 誰を? 男がそう問う必要は、もう、なかった。

「道連れにしてすまないね。一人で死ぬのが怖かったんだ」

 男の目には、暗闇の中でもはっきりと見える、確かな『死』があった。

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