くしゃみ3回で恋の予感っ? ~でもだからってそれはないっ!!

藤瀬京祥

月嶋琴乃に告ぐ

「ぶへっくしょいっ!!」

「ちょ、琴乃ぉ~」


 隣を歩く琴乃ことのの突然のくしゃみに、さくらは顔をしかめる。

 仲のいい友だちである月嶋つきしま琴乃ことのは美少女だ。

 しかもいわゆる中肉中背である森村もりむらさくらとは違い、高一女子としては身長170㎝越えと高く、長く伸ばした黒髪は真っ直ぐのストレートで艶々。

 同級生はもちろん、上級生からも人気がある。

 男子からはもちろん、女子からも人気が高い。


 だが人間欠点の一つや二つはあるもので、どんな美少女でも欠点はある。

 その体現者の一人である琴乃にも欠点はあり、しかもそれは一つや二つではない。

 そしてその一つがこのくしゃみだ。

 いわゆる親父のくしゃみ。

 さらに今回は両手に物を持っていたこともあって、手をあてることが間に合わないという二重苦。


「もう、汚い!」

「ごめんごめん、手が塞がっててつい」


 だからといってくしゃみを堪えられなかったと申し訳なさそうに笑う琴乃に、さくらは 「ちょっとぉ~」 と繰り返す。

 さらに琴乃は、美少女にあるまじき行為に及ぶ。

 それは何かと言えば、思い切り鼻をすすり上げたのである。

 本人は 「危なく垂れるところだった」 などと言って照れ笑いを浮かべ、周囲の視線など全く気にすることはない。

 むしろ一緒にいるさくらのほうが気になったくらいだ。


「誰よ、わたしの噂してるのは」

「はぁ? なぁに、それ?」

「え? 知らない?

 えっと……確かくしゃみ一回でいい噂で、二回で悪い噂。

 三回が恋の噂なんだって」


 明らかに迷信である。

 だが本気で信じているのか、琴乃は楽しそうに 「どうせだったら恋の噂がよかったのに」 なんて呑気に言って、もう一回鼻をすする。


「止めたげて! あんたに憧れてる男子、多いんだから!

 女子だって多いんだから! 幻滅させないで!!」


 かくいうさくらもその一人だが、こうやって仲良く一緒にいることが多いとその実体を目の当たりにすることも多い。

 そうやって随分と 「月嶋琴乃」 という少女像の虚構と現実の差を知ったが、結局さくらは琴乃が好きなまま。

 憧れだって消えていない。

 いや、憧れるからこそそういう姿を他の人に見せて欲しくないと思うほど。

 それどころか、そういう姿は自分だけに見せて欲しいと思っている。

 日々思っている。

 だがうっかりな天然美少女は平然とその実体を公衆の面前に晒し続け、さらに周囲を、国民的美少女として魅了し続けている。

 だがこういう姿を世間にさらすことで、ファンを減らすのではないかとすら心配しているのも事実である。

 そんなさくらの心配をよそに、琴乃は口を尖らせる。


「いや、だったらやっぱりくしゃみ三回がよくない?」

「まだくしゃみから離れないの?」

「あんたは彼氏が出来たからいいけど、わたしは独りなの。

 あんな浮気性だけど、彼氏は彼氏だもんね」

「だからそれは説明したじゃない。

 佐竹さたけ君には佐竹君の事情があるの。

 そりゃ彼氏・・のことは気になるけど、でもヤキモチとか妬いて嫌われたくないの。

 だからもうそれは言わないで」


 つい最近出来たさくらの彼氏は同級生の佐竹さたけ勇一ゆういち

 告白された時に彼はさくらに、二刀流という流行語でバイセクシャルであることをカミングアウト。

 入学式からずっと憧れて彼を見ていたさくらは、恋愛フィルターの色が濃すぎてその実際を正確に理解出来ないまま 「浮気は男子としかしない」「本当にバイセクシャルか悩んでいる」 という佐竹の言葉をすっかり信じてしまった。

 そのことを琴乃に指摘された今も……である。

 つまり今さくらが言った 「彼氏」 とは、佐竹のもう一人の恋人のことである。


「それ、正直に佐竹に言ってみたら?」

「それは……」

「っへっくしょい!!」


 さくらが返事に困って言い淀む刹那、琴乃の二発目のくしゃみが炸裂。

 そして 「はぁ~ヤバ」 とつぶやきつつまた鼻をすする。

 なにがヤバいのかと言えば……


「二回だと悪口じゃん、最悪」

「ん? 分割でもカウントされるの?」

「されないの?」


 それだとこの世におぎゃ~と産声を上げてから何回くしゃみをしてきたかわからない。

 それこそ一回目、二回目など、遙か昔に終えているはずだ。

 いい噂とも悪い噂とも縁が出来るより遙か前に。


「だってあと一回で恋の噂になるじゃん」

「それ、無理があるから」

「え~」


 しかも待てど暮らせど三回目のくしゃみは出ない。

 挙げ句には、いっそ自慢のロングヘアの毛先で鼻をくすぐって見ようかなどと言い出しさくらを慌てさせる。


「それだけは止めて!

 だいたい琴乃に彼氏が出来ないのは律弥おとや君が……」

「もっりむっらさぁ~ん♪」


 どこに隠れていたのだろう?

 なにやら言い掛けるさくらの口を、いきなり背後に現われた月嶋つきしま律弥おとやの両手が塞ぐ。

 まるでタイミングを見計らっていたような双子の兄弟の登場に琴乃は 「律弥?」 と呟くと、その視線を隣に立っている幼なじみの木嶋きしま文彦ふみひこに向ける。


「……と文彦」

「律弥、森村が窒息する前に放してやれよ。

 琴乃も、俺を律弥のおまけみたいに言うな」

「え~わたし、文彦のことそんな風に思ってないし」

「じゃあどう思ってるんだよ?」

「律弥のお目付?」


 実際にそんな感じの役目を果たしている自覚がある文彦は、天然の琴乃が無意識の内に言い当てていることに驚き半分、呆れ半分。

 ついでに律弥を止め切れていない事実に無力感にも気付かされる。

 もう一つついでに、そんな律弥の暴走の、最大の被害者である琴乃がそのことに気づいていない事実にも呆れる。


「え? 違う? どうかした?」

「……いや、どうもしない」


(まぁ本人が気づいてないし、別にいっか)


 そう思って自分を納得させた文彦は、ふがふが言い続けるさくらがそろそろ窒息するだろうと心配して律弥の手を無理矢理に放させる。

 そして 「ほら、行くぞ」 と、律弥を無理矢理に連れ去る。

 律弥と文彦、二人の後ろ姿が廊下の喧噪に遠ざかっていくのを見送ったさくらは、一つ、大きく息を吐く。


「……あの二人、仲いいよね」


 それこそいつも一緒だし……などというのを聞いて、琴乃は少し顔をにやつかせる。


「わたしさ、実は気づいたことがあるの。

 第六感っていうやつ? 絶対あの二人、デキてるわ」

「………………は?」


 思わぬことを言い出す琴乃にさくらは呆気にとられるが、悪い顔で二人の背中を追いかける琴乃は 「だって絶対いつも一緒じゃん」 と続ける。


「それをいうなら、わたしと琴乃もいつも一緒にいるけど?

 しかもそれは第六感とは言わないんじゃない?」

「わたしとさくらは高校に入ってから。

 でもあの二人は幼稚園からなんだから」

「幼なじみらしいからね。

 でもそれは第六感じゃなくて女の勘みたいなものじゃない?」


(はずれてると思うけど)


 そう思うさくらの予感こそ第六感というものかもしれない。

 そして当たっている。

 後日、この話をさくらから文彦が聞き、その文彦から聞いた律弥は不満そうに考え込む。


「それは困るなぁ~」

「律弥のせいで彼氏出来なくて欲求不満になってるんだよ、琴乃は」

「それは文彦が悪いから」


 止められない律弥の暴挙。その数々を上げると暇がないが、つい最近も琴乃の靴箱に入っていた恋文ラブレターを、琴乃に断わりもなく破り捨てたばかりである。

 そんな推し活という名の律弥の暗躍をここぞとばかりに窘める文彦だが、サックリと切り替えされる。

 その意味がわからず 「は?」 と間の抜けた顔をするが、すぐさま琴乃とよく似た悪い顔をする律弥に嫌な予感を覚える。


(俺の第六感、当たるなよ!!)


 そう願う文彦の願いも虚しく……


「だって文彦、俺の顔好きだろ?」

「は? お前、なに言ってるの?」

「なにって、琴ちゃんと同じ俺の顔、好きだろ?」


 満面の笑みを浮かべて迫る律弥に、文彦はただただ身に迫る危機感を募らせるばかりだった。

                                 ー了ー

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

くしゃみ3回で恋の予感っ? ~でもだからってそれはないっ!! 藤瀬京祥 @syo-getu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ