第96話「満員電車」
俺と凜はデートで都会に来ていた。普段は家でのんびりしたり、学校からの帰り道にぶらぶらとどこかに寄る程度のことしかしていないのだがせっかくの休みだから、という謎の理由で都会に出てみることにした。
そして早速俺たちは都会の関門に直面することになった。
「空くん......時間間違えたね」
「そうだな、完全に通勤ラッシュと同時間帯を選んでしまったみたいだ。この人の量は一周回って気持ちが悪くなる」
「まさか吐いたりしないよね? 頑張って」
俺の顔色を見て、それが冗談で言っていることではないと察した凜が俺の背中を優しくさすってくれる。
結構人がいるといってもまだ身動きができないというほどではない。ただ若干の息苦しさを覚える程度だ。
「次の駅でいったん降りる? 次の次の駅にもっと増えると思うし」
「これ以上増えたら入らないだろ......」
「強引にねじ込むのよ。そしておしくらまんじゅう状態。ちゃんと手を上に上げておかないとだめよ? 痴漢に間違われた時に大変だから」
俺はさっと血の気が引いた。
今の状態でも俺は結構限界なのにこれ以上の人が押し寄せてくるというのか。そしてさらに自分の意思で自分の身体を動かせない状況に陥っていながらもたまたま痴漢のような行為をしてしまったときには痴漢行為が成立したり、わざとではなくても疑われたりするのか。
「でも、次の駅で降りたら間に合わなくなるだろ? 凜は開く前から並んでフルタイムで遊ぶって言ってじゃないか」
「言ったけど空くんの身体の方が大事。私の希望は今後いつでも叶えられるから」
「......着いたときに少し休憩させてくれたらそれでいいからこのまま行くぞ」
俺は見栄を張った。本当は凜の言葉に従って次の駅で降りてまったり休憩したい。しんどい思いはもうたくさんだという気持ちが俺の中で強くなってきている。だがそれは俺だけの意思を優先しただけにすぎない。誰が自分のやりたいことを押し殺して相手を優先する行為を一番に考え着くのだろうか。それはただ我慢しているだけだ。
俺は他の誰にでも我慢させるのは苦ではない。だが凜だけには我慢させたくはないと思っている。それは俺が恋をした女性であるからなのか、そういう気持ちにさせてくれる凜の性格や雰囲気のおかげなのかはわからないがともかくも俺は凜のためならば我慢もするし、凜を最優先させる。
俺はそこまで考えてふと気づいた。もし凜も俺と同じ気持ちなのならば全く同じだというならば俺のために我慢しているということなのだろうか。
わざわざ聞くことでもないし、それぐらいは察してしかるべきなのだろうが俺の経験不足でそれは難しいし凜も俺にすべてを見透かされるのを快くは思わないだろう。
「苦しくなったらいいなね? 座っている人に変わってもらうから」
「......ありがと」
「これぐらい当然だから」
そして次の駅では降りずにその次の駅に着くと、どっと人が押し寄せてきた。荒波よりも強いのではないかと思うほどの人の波が押し寄せ、俺と凜は成すすべなくその波に吞まれていく。離れ離れになることだけは避けるために手は繋いでそれに備えていたが、二人とも窓際に押されてしまった。まだ降りる駅は先なのだが、出やすくなったと考えればいい位置につけたのではないだろうか。
「降りる駅までこっち側は開かないから辛かったら言ってね」
「マジか。まぁ変な人がこなかったら大丈夫だ」
「変な人って?」
「香水のきつい人」
凜があぁと納得したような表情を浮かべた。柔軟剤や芳香剤の香り程度ならばふんわり鼻に飛んでくるだけなのでまだ平気なのだが香水をがっつりつけている人はその人自身は鼻がバグってその香りの強さを分かっていないのでとても強いものになるのだ。
俺が口呼吸をすれば問題ないのかもしれないが、いつも鼻呼吸なのに急に口呼吸に変えられることはできない。
「私の匂いでも嗅ぐ?」
「......どうしてもつらくなったら」
変な会話をしているのはわかるがどうしても辛くなったら仕方ない。
しかし、どうも変な感覚だけが残って俺と凜はくすくすと抑えながら笑みをこぼした。満員電車に当てられて変な気分になっていたらしい。
「ひゃっ?!」
凜が突然軽い悲鳴を上げた。それもそのはず、さらに人が乗り込んできて思い切り押されたのだ。
俺は凜を守るように人一人分の空間を作る。
それは奇しくも俺が凜を壁ドンしているような状態になっていた。
凜の表情は驚いたものから頬を染めたものに変わる。
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫。ちょっと驚いただけ」
「今までも結構いっぱいいっぱいだったはずなのにどんどん入れるんだな」
「これが本当の満員電車よね。もう無理だと思うのにそれ以上の人を詰め込んで走るんだから。でもまだマシよ? 他の国なら外にはみ出て死者だってでてるんだから」
「そういう国と比べること自体が間違いだと思うんだけどな。もっとスマートに......どうした?」
俺が話している途中に凜は俺の腰に手を回して俺の身体をぎゅっと抱きしめてきた。
「空くんの匂いを嗅いでいる」
「香水強い人でもいたのか?」
「ううん、溢れそうだったから」
何が、とは言わなかったが俺は何となく察したので何も言わずに自由にさせた。
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