第94話「水着と下着」
「めっちゃ暑いね!! 絶好のプール日和だよ!!」
「楽しそうだな。俺はもう解けそうで解けそうで......。あつーい」
俺と凜はあまりの暑さに耐え切れず、近くの市民プールに来ていた。日焼け対策ということで俺も凜もラッシュガードを着て防備を固めているが、凜は泳ぐ気満々という感じでせっせと準備運動を始めている。
俺はと言えば、適当に木陰で横になっていたい。水の音を聞くだけで結構涼しく感じるし、泳ぐと終わった後に身体の奥が温かくなってしまう。
きょろきょろと辺りを見回してみるが、良さそうな木陰はすべて先客で埋まっており、俺が占領できるところはどうやらないらしいことに気づく。
「そんな悲しそうな顔しないでよ。私と一緒にプールで遊ぶって考えたらまだマシでしょ? それどころかこっちの方が役得だったりして」
「役得ってなんだよ。......凜が俺に勝負を持ち掛けないって約束してくれるなら一緒に遊んであげる」
「うぐ。......まぁいいわ! そういう日があってもいいし」
図星をつかれたような悲鳴が聞こえた気がした。やはり俺に勝負を挑もうとしていたのか。ことあるごとに勝負勝負と吹っ掛けてくる凜に戦闘狂の香りを感じていると、彼女がおもむろにバックから何かを取り出した。
「じゃ~ん、日焼け止め! 女の子はもちろん男の子も紫外線には予防しないと後で大変なことになるからね」
「俺も持ってきたぞ。日焼けすると赤くなって痛いだけだからな」
黒くならないタイプなので日焼けに対しては慎重なのだ。凜は俺の手際の良さに対してなのかは分からないが途端に不機嫌になると俺の手から強引に日焼け止めを奪い取った。
頭の中ではクエスチョンマークが三つほど浮かぶ。大変なことになるからね、と念を押されたのに肝心の日焼け止めが没収されてしまう。
「空くんもしかして今日のために買ってきた? 新品じゃん」
「まぁ凜に誘われなかったらこうして市民プールにくることもなかっただろうし」
「え~! もしかして空くんかなづちさん?」
「とりあえずは泳げるぞ。でも友達に一緒に行こうと誘われることもなかったから自然とプールになんか行かなくなってたな」
どうして日焼け止めの話からここまで湿っぽい話になってしまうのか。俺がそこに話を広げていこうとする癖でも持っているからいけないのだろうが。
凜は俺が持ってきた日焼け止めを俺のバッグの中に戻し、凜が持ってきていた日焼け止めを手の中にじゃぶじゃぶと落としていく。
「空くん背中向けて」
俺は言われたとおりに凜に背中を向けると、急に冷たい感触が背筋を撫でて俺は堪えきれずにピクリと反応する。
「ごめんごめん。日焼け止め塗るから我慢してね」
「それを先に行ってくれよ。というかそれは凜のだろ? 俺は自分のを」
「私が持ってきてたのと空くんが持ってきてたのが一緒の日焼け止めだったから新品使うのはもったいないなぁって思ってさ。私のはもう少しでなくなるしちょうどいいでしょ」
「それはそうかもしれないけど、俺だって自分で日焼け止めぐらい塗れるしさ」
「そこはさ、彼女らしいことしたいなぁって。気づいてくれてもよかったのに全然気づいてくれないからちょっと強引にしちゃった」
ごめんね、とにこやかな笑みとともにいわれてしまうと怒るに怒れない。全部俺のためだということが手に取るように分かる。それを怒ることなんてできないだろう。
背中に日焼け止めを塗ってもらいながら、本当は俺が凜に塗る方が正解なのではないか、と少し邪なことを考えてみる。
これだと何だか俺がさせているみたいな構図になっているのではないだろうか。それに俺も凜に日焼け止め塗るたいし。
「終わったら交代しようか。俺も凜に塗ってあげるよ」
「えっ? それは嬉しいけど、大丈夫?」
「大丈夫って何が?」
「空くん、まだ私と手を繋ぐのも結構頑張ってるような気がしてるから」
バレてた。
デートの時に手を繋いでいいものかどうか判断できないので俺はいつもおそるおそる凜の手を取っている。今まではそういうことをしていなかったのに彼氏彼女になったとたんに気持ちが切り替わってなれたように手を繋ぐという行為は俺にはできそうになかった。
俺なりに頑張るしかない。
「大丈夫だよ。ほら、後ろ向いて」
「え、あ。ちょっと空くん? も~」
俺は凜から日焼け止めを奪い取り、手に付けて準備をする。その間に凜はラッシュガードを脱ぎ始めた。そして俺はぴたりと固まった。
そういえば俺は自然に脱いだ。そして上半身裸は男ならさしておかしなことでもない。
だが今の凜が来ている服はどうだ?
どうみても下着と遜色ないではないか。
「もう少しちゃんとお披露目したかったんだけどなぁ。どう? かわいいでしょ。ちょっと頑張ってビキニにしてみたんだぁ」
「......に、似合ってると思う」
「何でちょっと言い淀んだの」
「え、だって綺麗でかわいくて俺のために頑張ってきてくれたのはすごい嬉しいし、好きで愛してるけどさ......下着ぢゃん、それ」
俺が恥ずかしそうに上からラッシュガードを凜に被せる。それを何もせずにただ受け入れていた凜だったが、俺が顔を真っ赤にさせているのを見てじりじりと距離を詰めてきたかと思うと耳元で一言。
「空くんが他の女の子を見ないようにね。私も恥ずかしいけど、空くんに喜んでもらいたいから」
俺は恥ずかしさを紛らわせようと無言で凜の背中とラッシュガードの間に手を滑り込ませた。
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