第93話「お義父さんとお呼びしても」

「お義父さん」

「......まぁ確かに酒に酔っていたとはいえキミと凜のことは認めたよ。認めたが、急にお義父さんと呼ばれては気恥ずかしいというかむっとしてしまうというか」

「照れている、の間違いでしょう? あなたもそろそろ大人になったらどうですか?」

「もう大人だ。だが......」

「それを抑えて笑顔で接するのが本当の大人ですよ。それにあなたが凜にまた以前のように仲良くしてもらいたいというのならここで貫録を見せつけておくべきでは?」

「ママ? 全部私に聞こえてるのは知っていて?」


 うふふ、と笑みをこぼしながら台所へと消えていくお義母さん。お義母さんはきっとこの状況をかき乱して他の人の反応を見たいだけだろうから言葉をすべて真に受ける必要はないだろう。だがそれを受けてしまうのが凜の父上であり、それを引き継いだのが凜である。


「そうか、確かにそれなら父親としての威厳も戻ってくるかもしれないなっ!」

「だから全部聞こえてるって言ってるでしょ! そんなんでパパのことを許したりはしないから!!」


 ぎゃいぎゃいと言い争う二人を眺めながら俺は手元にあったお茶をすする。

 お義父さんは俺と言葉を交わした後、ばたんと倒れこみ、ぐーすかと寝息を立てて豪快に昼寝をし始めた。どうやらアルコールが回ってきていたらいい。その状態で俺と話していたのだから全く記憶にないのも仕方のないことかもしれないのだが、つい先ほど起きたお義父さんは俺のことなどさっぱり忘れており、もう一度同じ説明をすることになった。

 驚くほど同じ展開になったのでこれ以上詳しい話はいらないが、酒の入っていない中だとやはり冷静な判断を下そうとするらしく、最後の決断は渋られていた。何とかお義母さんが説得をして認めるというところまでは来たのだが、事前に聞いていた頑固が発動したらしくなかなか素直に接してくれようとはしてくれない。


「私家出しようかな」


 ぽつりとつぶやかれた凜の言葉に俺はもちろん、お義父さんもお義母さんもぴたりと固まった。それはもう面白いほどに固まった。

 お義父さんが面倒くさいのは凜のことが好きで好きでたまらないからだろう。それを分かって言っているのならあまりにも無慈悲と言わざるを得ない。俺が娘にそのようなことを言われたら一週間ほど寝込むことは必須だろう。そのあとに何でもするから戻ってきてくれと嘆願しそうだな。


 お義父さんはあまりのショックで脳がやられてしまったのか瞬きすら忘れてじっと凜の方を見ていた。呼吸もしているのかどうか怪しいほどである。

 そこでやめておけばいいのに凜はさらに追撃を仕掛ける。


「空くんに泊めてもらおうかしら。そうすればママは私の居場所がわかって安心だし、私も大好きな時間をたくさん過ごせて嬉しいし」

「凜......? そこにパパの幸せが入ってないみたいなんだけど」

「パパは私よりもパチンコに勝った方が幸せそうだし。ママには内緒ねって言われたけど毎晩残業だって言いながらお姉ちゃんのところで酒を飲んでるだけだし」

「あ、凜それは」


 凜の言葉のナイフはとどまることを知らなかった。先ほどまでの父親の威厳などと言っている場合ではなくなってしまった。なぜならば。


「ねぇあなた? 最近残業が多いわりにお給料が少ないなと思っていたところなのよ。それはそうよね、私たち家族ではなく一緒に飲んでくれるお姉ちゃんにたくさん貢いでいるのだから少なくなるのも当たり前ね。......そして何より凜には話して私には何にもなしなのが一番気にくわないわ」

「ごめんよ洋子! そういうつもりじゃなかったんだ!」


 虚しい抵抗だがお義母さんにはまったく効いていない。


「凜。申し訳ないけどここで仲良く三人で暮らすのは少し厳しくなってしまったわ。多分一か月ぐらいで気持ちの整理はつくだろうからそれまではあなたの好きなようにしなさい。パパと一緒にこの家に残るのでもいいし、さっきの言葉が本気なのなら空くんが許せば、だけれど一緒に生活してきてもいいわ」

「ママはどうするの? ママも来る?」


 え? まぁいいけどさ。

 その俺の気持ちがやはりお義母さんには筒抜けだったらしくくすりと笑うと。


「いえいいわ。私がいると楽しい時間が半減してしまいかねないし、大人はほいほいと付いていくものではないもの。私は......そうね、パパがキャバクラに使ったお金は大体想像がつくからそれをきっちり家の口座に入れるまではパパのお金でホテル住まいでもさせてもらうわ」

「......行動力」

「空くんも気を付けるのよ? もしかしたら凜は私よりも過激かもしれないのだから」

「肝に銘じます。......俺の家にいる間はお任せください」

「パパよりも信頼しているから大丈夫よ」


 うふふふ、と笑うお義母さんに俺は愛想笑いを浮かべるしかない。恐ろしいという気持ちと同時にそれを引いて余りある魅力に当てられそうになる。


「じゃあ空くん、行こ」

「俺は結局あいさつできたのかな」

「できたんじゃない? パパも一人になったら頭冷やせるだろうし」


 そうして一か月間、凜は俺の家で住むことになった。着替えはお義母さんが持ってきてくれた。


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