第92話「凜パパ」

「そうなの?! 空くんからは優しい様子が伝わってくるから学校でも一番モテモテなのかと思ったのに」

「買いかぶり過ぎです。俺ぐらいの性格が優しい人間ならそれこそ腐るほどいると思いますし......」

「なるほどなるほど、その自虐もまた原因の一つなのでしょうね」

「......そうですね」


 俺は凜母と話をしていく内にだんだんと分かってきたことがある。

 凜はほとんどこの母親の遺伝子を受け継いでいると思う。なぜならば俺が会話の途中でまるで凜と話しているかのように錯覚してしまうときが多々あったからだ。俺も感覚的に誰かと錯覚してしまうことはたまにあるが、しかし絶対に凜と錯覚することはない。遺伝と言われればそれで終わってしまうかもしれないが、俺を見つめてくる瞳と仕草の一つ一つがどうしても凜の面影をちらつかせてくる。隣にいるはずなのに前にもいる。

 そのような変な感覚に襲われていた。


「でも前向きに考えればそういう空くんだからこそこうして凜と一緒になる人になったということでもあるのよね。いいわぁロマンチックね~。私ももう一度甘酸っぱい青春を送りたいわ」

「ママも高校生の時からパパと付き合ってたんでしょ」

「今考えるともっといい人がいたのかなぁなんて。まぁ嘘だけど」

「半分以上本音でしょ」

「あら? バレちゃったかしら。洗濯も掃除も料理も全部私がしないといけないし、ことあるごとに否定から入ってくるし。娘の愛している人を連れてくるって言ったときも認めないからな、の一点張りで話を聞こうともしないし。一体どこで間違えたのかしら。高校生の時はそれこそ優しい人で柔軟な頭をしていたはずなのに」


 凜母が困ったように頬に手を当てながらため息を吐く。そしてお茶を一口すする。それを見ながら俺は何かフォローをしようと思い口を開こうとすると、凜にくいっと袖口を引っ張られた。


「そういう変なことはしなくていいから。それにパパは都合が悪くなるとすぐにパチンコに逃げるから今日も多分パチンコね」


 そういうあまり聞きたくなかった情報ももらった。どうやら凜父の居場所が家にはないらしい。とはいえ父というから娘を大事に思う気持ちは強く抱いているらしい。父さんも俺がもしも女に生まれていたならば今よりももっと厳格になっていたのだろうか。


「パチンコ......ねぇ」


 賭け事はしない方がいいとさんざん言われている俺にはパチンコの魅力というものがどれほどのものなのかはさっぱりわからないが、平静な気持ちではないときにそういう賭け事をするとどうなるかぐらいはわかる。

 それを考慮して考えると、俺のあいさつのハードルは平静時以上に上がっている訳で。


「ただいま」


 噂をすれば、男性特有の低い声が玄関の方から聞こえてきた。ついでに大きめな舌打ちも聞こえてきたような気がした。


「おかえり」

「......おかえりー」


 凜が露骨にいやそうな感じを醸し出しながらとりあえずは出迎えの言葉を贈る。

 そして居間に現れたのは凜父と思われる男性だった。

 無精ひげが特徴の顔だが凜に引継がれているのは耳ぐらいだろうか。かすかに面影はあるが凜母ほどではない。

 身長は平均男性よりも多少低い程度しかないが、中年男性特有の肥満体系ではなくすらっとしたかっこいい体つきをしていた。体躯に関してはこの娘にしてこの父ありといったところだろうか。


 微かに頬が赤くなっており、視線もどこかうつろな感じを受ける。


「今日そういえば凜の彼氏が来るんだったか! おっ? キミがその噂の彼氏かな?」

「星野空と申します。今日はあいさつに窺いました」


 怒気が多少含まれた声色に俺は震えあがりそうになるのを必死にこらえて毅然と言い放った。

 俺の堂々とした態度に気圧されたわけではないだろうが、凜父はそれ以上俺に何も言わなかった。


「酒臭いわ。あなた、まさか飲んでないでしょうね?」

「飲んでないとやってられるかって! 大失敗した仕事の案件の責任を押し付けられるし、大事な大事な娘は彼氏を作って家に呼ぶし、パチンコには五万円負けるし」

「ねぇ。私が彼氏を作るのがそんなに悪いことなの?」

「ねぇあなた。その五万円はどこから抜き取って行ったのかしら? あなたには三万円しか持てないように管理していたのだけれど?」


 女性陣がトラのように吠え掛かる。だが男としてはその二つよりも仕事の件で慰めてほしいのだろうな、という気持ちが何となくではあるが分かった。


「お義父さん」

「......」

「その仕事の話、俺でよければ話してくれませんか?」

「キミに話が通じるとは思わない。高校生で恋愛にうつつを抜かしている時期だろう? こういう大人の話はもう少し年を取るか思春期を終えてからだね」

「俺は! もう働いているので仕事がどういうものなのかは多少なりともわかっているつもりですし、父と二人で煮え湯を飲まされたことだってあります」

「......働いている? 高校生だろう? 気に入られようと必死なのはわかるがそういう方便はやめてくれ」

「本当よ。空くんはお義父さんと一緒に働いてる。将来のことも考えてくれている」


 まさか凜との将来とは思わなかったけどな。

 娘の一言はやはり心に刺さりやすいのか俺の言葉は拒絶していたのに凜の言葉は素直に受け入れた。

 こうして俺は吉川家に迎え入れてもらえることになった。

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