第90話「近いのに遠い」
とある休日の昼下がり。
ぽかぽかした陽気に当てられて何も考えずにぼーっとしている時間。
てきぱきとした性格をしている凜でさえもすることを終わらせてしまってからは空の隣に座り、のんびりと何をするわけでもなく過ごしていた。
「もうすぐ秋だっていうのに今日は春だと思ってしまうほどにあったかいな」
「春だと空くんとこうして時間をまったり過ごすことはできていなかったなぁ、ね」
「まぁな~。ちょうど偽彼氏になろうとかどうとか言ってたぐらいの気温な気がするなぁ」
俺はそういいながら横になった。
「空くんさっき起きたばっかりなのにまた眠たくなったの?」
「さっき起きたとは失礼な。平日同じ時間には起きてたさ。でも凜の寝顔を見てたらまた眠たくなってさ」
「いろいろと言いたいことはあるけどそれって要は二度寝でしょ! それは理由になりません」
「二人でソファに座っていると何だか緊張しちゃうからな。自分の家で二人きりなのに緊張するのはちょっとアレだからさ、こうして緊張を解してるわけ」
「アレって何? 空くんが緊張してるなんて意外」
意外とは結構失礼だな。俺が緊張しない人間にでも見えたのだろうか。
「うん、だって飄々としてるし。緊張で真っ赤になったところなんて見たことないよ」
「隠してるだけかもしれないぞ」
事実、必死に隠しているだけなのだが、俺の口調に逆の確信を持った凜は鼻を鳴らしながらふふんと得意げに腕を組んだ。
「そういう言い方をするっていうことはやっぱり緊張してないってことねっ。私の目は誤魔化されないわよ」
節穴なのは言わないでおこう。
俺はこれ以上何かを言ってボロを出したくなかったのと、俺だけ横になって話しているのは構図上あまりよくないような気がしたので、凜の腕を引っ張って体重を移動させた。倒れてくる上半身を優しく受け止めてそっとソファの空いているところに寝かせる。
「昼間から......」
何やら意味深に呟いているが、これは昼間だからこそできる禁断の遊びだろう。
「昼間にすることと言えば贅沢に昼寝だな。時間を無駄遣いしている感じがまた休日って感じだ。......ん? どうした凜、何か勘違いしてそれに気づいて顔を真っ赤にさせてる人みたいだぞ」
「べ、別に? そんなことないし」
「? ならいいけど。っておいどうした」
昼寝を促そうとしたところで凜が俺の身体にしがみついてきた。顔も俺の胸にうずめて腕は背中に回されている。そして弱い力ではあるが俺の身体を自分のもとに近づけようとしているのが分かった。
俺は苦笑しながら凜とソファの間にも一本腕を通し、抱え込むようにして抱きしめる。
「......狭い」
「仕方ない。ソファは座るところで合って寝るところじゃないし」
俺が正論を言うと彼女は頭突きをしてきた。本当のことを言うと人は怒るというのは真実らしい。
「遠い」
「もう近づけないよ?」
凜の一言に俺は一つ一つ丁寧に返していく。
事実、俺と凜の間は人が一人通れるスペースはなく、誰が見ても近いという距離だった。
「隙間埋めて」
「こう?」
「ん」
凜にいわれるがままに試行錯誤を繰り返しながらベストなポジションを探していく。俺としてはほとんど誤差のようなもので正確には凜が納得のいく場所を探していくというのが本音だが。
だが、どのポジションであっても、凜が満足してくれる様子はなかった。
「遠い」
「遠いって俺はここにいるよ? 今は凜を抱き枕にしているし、すぐにでもキスができるぐらいには近い距離にいる」
「でもなんか今日は遠いの」
そこで俺はようやく彼女が意図しているところが分かった。彼女は先ほどから距離の話をしているのではない。いや、正しく言うのならこれも距離の一種になるのかもしれないがともかく現実世界の物理的な距離という意味ではない。
彼女が意図している距離とはつまり、心の距離だろう。
それならばどれだけ距離が近くても遠いと感じるわけだ。
だがそれをわかったところで新たなる難題がたちふさがってきたことを悟る。
それが分かったのはいいがそれをどのようにして攻略するのかが全く分からないということだ。心の距離を縮めるには凜自身が心を満たす必要がある。
「俺はどうしたらいいの?」
「私との隙間を全部埋めてぎゅーってしてて」
「はい、どう?」
「ん~、だんだんと効いてきた気がする。でもまだ足りないや」
「他には? どんなことしてほしいの?」
「甘い言葉をいっぱい囁いてほしい」
そのような言葉を言われるとは思ってもいなかったので俺の方が一瞬だけドキッとしてしまう。
「今ドキッとしたでしょ」
くすっと笑われて俺は恥ずかしくなる。だがここで折れるわけにはいかない。
「好きだよ」
「やっと言ってくれたね」
「大好きだよ」
「私も」
「愛してるよ」
「私の方が愛してる」
「かわいくて食べちゃいたいくらい」
「空くんだけしか食べちゃダメなのよ」
俺はいたずら心がわいて、凜の耳をあまがみしてみた。すると本当に食べられるとは思っていなかったのか、ひゃんと甘い声が漏れ出てきた。ぷるぷると身体を震えさせている姿は赤ちゃんの姿や小動物と重なっていた。
「好きだよ、凜」
「何で今日はそんなに連呼するのよぉ! 耳食べちゃだめぇ!」
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