第89話「好きって言ってよ」
「ねぇ空くん、好きって言って」
「え、また今度な」
唐突に言われたが間髪入れずに返答する。最近、凜の様子がおかしいのだ。ことあるごとに俺に「好き」という言葉を言わそうとしてくる。最初は恥ずかしがって言わなかったというのもあったのだが、だんだんと言えるタイミングができても言えなくなってしまい今に至る。
それが凜には不満のようだ。
ぷくぅと頬を膨らませて顔全体で不服を表明してくる。
「好きなものは何?」
「ファストフード店に新しくシン・バーガーが出たんだがそれが最近好きだな。今度凜も行くか?」
「行く! ......じゃあ私のことは」
「あーでも最近凜はファストフードは食べないって言ってたな」
いや誤解してほしくないのは嫌いというわけではないのだ。好きだ、大好きだ。愛しているし、愛されすぎなくらい愛されている。けれどそれを言葉にするのはまた話が別だ。恥ずかしいし何より二人きりの空間ではなく、ただの買い物の途中なのだ。
今日は凜が手料理を振る舞ってくれるということで買い出しを一緒に行くことにしたのだ。初めは俺一人が行こうとしていたのだが、凜がついてくるとどうしても聞かなかったので一緒に行くことになった。
凜が言うにはこれもデートの一つになるらしい。一緒に食材調達というのはまた俺の想像とは違うデートだがこれもありなのだろう。
ただのスーパーでは味気ないので、大型のショッピングセンターに来てみた。チラシに記載されていた値段はそう変わっていたものではなかったのでどちらでもよかったからというのもある。
最初に食材を買うと他に回れないので家電や家具などを見て回っていたのだが、途中で何かに火が付いた凜に「好き」をせがまれるようになってしまった。そして冒頭に戻るというような感じである。
「最近空くん冷たくなーい?」
「そんなことないぞ、世界で一番大事だと思ってる」
「そう? じゃあ私のこと好き?」
「うん」
大きく頷いて肯定するが凜は不服らしく、俺の脇腹をぐいぐいと刺してくる。痛い痛い。
今のは話の振り方の方が問題だったような気がするぞ。はいかいいえで答えられるような聞き方をする方が悪いのだ。
へそを曲げそうに唇を尖らせている凜。俺はその両方の頬に人差し指を軽く刺した。何をされたのかわからずきょとんとした表情を浮かべる凜に一言耳元で囁いた。
「帰ったら全身で伝えてあげるから」
ばふん、と爆発したように顔を真っ赤にさせてわなわなと震えている。何か怒らせてしまったのかと勘違いしそうになるがよくよく見てみるとその瞳は潤んでいて、異様にとろけているような印象を受ける。
「そういうことを言うのはずるいと思う」
「そういうことって?」
「......いじわる」
俺の胸をぽかぽかと叩いて来るが痛みは伴っていない。顔をうずめていることを考えると、人前で落としに来るような言葉は言わないでほしい、ということらしい。
そんなことを言われても散々可愛い彼女から「好き?」「好き?」ときかれていたのだから返答はできなかったにしても何も感じないわけがないではないか。
「空くんが変なことを言うせいで腰抜けちゃったかも」
「俺は別に変なことなんて言ってませーん」
凜の身体を支えながら歩こうとするが凜が全く進もうという気がないのか一歩を踏み出そうとはしなかった。どうしたのだろうと、顔を強引にのぞき込むと、凜は俺の首に腕を回してぎゅっと抱きしめてきた。
咄嗟のことで何が何やらわからずにただされるがままだった。
ふんわりと漂う凜のいい香りと柔らかな感触が俺の理性を破壊しようとしてくる。ただここで爆発させるのはまずい。誰が何と言おうとまずい。
しかも完全に俺の呼吸ができないようになっていてこのままで窒息死してしまう。彼女の胸に抱かれて窒息死というのは男ならば夢を見るシチュエーションかもしれないがよくよく考えてみるとひどくあっけないので何としても避けたい。
「凜、ちょ、苦しい」
「え? あ、ごめんね!」
ぽんぽんと手をたたきながらギブアップを宣言し、何とか開放してもらえた。
ただ先ほどまでの温もりがまったくなくなってしまうというのも何となく物寂しい気分になってしまう。
そしてそれはきっと凜も同じだったのだろう。
どちらともなく相手を求めて差し出された手は視界の外で相手を見つけ出し、指を絡めて繋がっていく。
「手を繋ぎたいなら言ってくれればいいのに」
「それはそっくりそのままお返しするよ」
にやっと笑うと凜もそれにつられてくすくすと笑いだす。このほかの人では絶対に分からないであろう変なところで笑いだしてしまうというのがまた楽しいひと時だということを証明していた。
「誰もいなかったらこのまま......」
「そういうことを考えても口に出すのはやめてください。恥ずかしいです」
「ごめん......。でもんっ?!」
変なことを口走ってしまう口は塞いでしまうのが一番だろう。
後で人前でそういうことをしてはいけませんと凜にお説教を食らうことになった。でも恥ずかしそうにしながらも一瞬だけ甘い声が漏れた凜はとてもかわいかった。
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