第88話「無自覚バカップル」
「ねぇ潤」
「ん? どうしたの」
「最近の凜と星野を見てどう思う?」
前原潤は最愛の彼女である高市葵の一言を聞いて吹き出しそうになるのを懸命に抑えた。真面目な顔で雰囲気まで真剣そのものだったからもっとシリアスな話が来るのかと思っていた潤にとっては肩透かしもいい所であった。シリアスだと思っていたのがシリアルだった、ぐらいの肩透かしだ。
とはいえ、彼女がついつい、そのように言いたくなってしまう気持ちも分からなくはない。
潤も最近知ったのだが、どうやら空と凜はつい最近付き合い始めたらしい。今までは偽の関係だったとかそういう見せかけでただの隣の席という関係だけだったといろいろな憶測が飛び交っている。潤は葵が偽の関係説を推しているのでそれを真実だと思うことにしている。推測の域を出ない事柄を何時間もかけて吟味する必要はないと思うし、そもそもそういう事柄は本人同士の問題であって他人が口を挟むべきことではない。
それをいうならば、冒頭の彼女の一言も放っておくべきというのが正解なのだろうが......。
「とても仲がいいよね。周りが羨ましくなるぐらいには」
「その感想だけで済ませられるなら相当心の広い人間だよ潤は」
「違うのかい?」
「そりゃ同じように仲睦まじくて羨ましいなぁとは思うよ? でもさ、でもだよ? 朝から晩まで二人でずっといちゃいちゃしてずっと引っ付いてて、昼食の時なんか「あ~ん」とかして見せつけてくれちゃってさ! 胸やけ起こしちゃいそうなんだよねっ!!」
怒涛の勢いに潤は苦笑するしかない。
葵の言う通り、四六時中一緒にいるのを見かけるし、とても仲よさそうにしているのを見るのは潤ですら多少の胸やけを覚えてしまうほど。それが彼女なしの男たちが見ればどうなるのかを考えるまでもないだろう。
しかしその感情を抑えてもう一度彼らをよく見てみると凜からのアプローチがほとんどだということがわかってくるのだ。それは凜からも空からもという両方からのアプローチではなく片方からの猛烈なアピールということでもある。
潤がここで導き出したのは空が凜に対してもう気持ちを持っていない、ということではもちろんない。あの二人は何事もなければきっと結婚までするのでなかろうか。
「空は苦手みたいだけどね、人前で見せつけるような行動をするのは」
「まぁそういう性格でもないしね」
空の凜への愛情は凜から空への愛情と遜色ないように見える。だがその一方で空はその自分の気持ちを他人には見せたくないように思える。きっと二人きりならば空も自分の愛を思いきり彼女にぶつけるのであろうがこういう人眼の付くところでは流石に自重しているらしい。
「吉川さん、かなぁ」
「今までの分が爆発したのと合わせて周りの女子への牽制だろうな。私の彼氏だから取らないでね、ってやつ」
「あおちゃんはしてくれないの?」
「あおちゃんっていうなっ! 私だってしてないことはないけど、それを言うのは恥ずかしい」
「ふぅん」
「なんだよ、その意味ありげな視線と表情と声は」
牽制してるんだなぁ、とは言わなかった。そういうことをされて喜ばない男子はいない。
葵は机に突っ伏してからしみじみとした感じで言った。
「凜のやつ、私が星野に話しかけただけで嫉妬してたからな」
「それっていつの時?」
「ん? 潤に告白される前の話だよ。覚えてない? 星野が耐え切れなくなってぶちぎれたときに物申したいやつが一列になって並んでた今となっては珍光景」
あまりそのような軽い言葉で纏めない方がいいと思うのだが、それによって葵との関係が今までのものよりも強くなって今の関係があるので潤もあまり強くは出られない。
「そういえばそろそろ誤解を解いた方がいいんじゃないの? 俺に強引に告白させたみたいなニュアンスで吉川さんたちには伝えてるけど実際にははぶっ?!」
「みなまで申すな」
潤は空に聞かれた時にどのようにして答えたらいいのか分からなかった。本当は潤が告白したのではなく、葵が告白した。いや、それも告白と言っていいのかわからないぐらいのものだった。その意図を汲み取れた当時の潤には何かの賞を与えてもいいと思えるほどに。
しかしそれを正直に伝えるには彼の言葉が嘘もいいところだと思い、きっと葵が見栄を張ったのだろうなと考え、それに便乗する形で今までうまく収まっていた。
「私だって頑張った! 二人きりになるまで頭の中で一生懸命何度も言いたい言葉を練習したし、絶対に成功させようと思って、おしゃれもしてたし、手紙だって書いてた。それに私が告白させたって言わなかったら凜が私に相談してくれなくなるでしょ」
「最後の最後で台無しだよ?! ねぇちょっと空ぁ! 聞いてくれよぉ」
潤は葵の拘束をするりと抜け出て二人の空間を作っている空のもとへと駆けこむ。それに遅れるようにして葵もまたその輪の中に入っていく。
牽制がひどい二組のカップルが一緒になって話に花を咲かせている。
それは今までとは比べ物にならないひどく甘い世界に変わっていた。
そして今日もまた他の学生はその熱に当てられながら学校生活を送るのであった。
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