第87話「ある日の下校時の話」

「私ゲームセンター寄りたい」

「別にいいけど、何するの?」

「デート」


 真顔でそういいのける凜に俺は咥えていたストローの口を無意識のうちにのけてしまっていた。凜はその俺が飲んでいたカフェオレをぐいっと俺の手から奪い取り、チューと何の意識もしていないかのように啜った。


 それは間接キスと呼ばれるものではないのか、と喉元まで出かかったものの、そういえば俺と凜は付き合っているのだからそれのひとつやふたつぐらい平気でするのがカップルなのだろうと思ってじっと耐えた。しかし凜の表情を見ているとだんだんと彼女も今の動作がどういうものなのかに気づいたようで耳まで真っ赤にして俺に返してくれた。


「今日は空くんの家にお泊りしないからこのまま帰るってなると空くんと一緒にいられる時間が少なくなるでしょ?! だからゲームセンターなら空くんも退屈せずに楽しめるかなって思って! それだけっ!」

「お、おう。凜がいかにゲームセンターに行きたいかはよく分かった。今のは全部聞かなかったことにしてあげるから今すぐそのお口をチャックしなさい」


 凜はジェスチャーで自分のお口にチャックした。かわいい。


 凜の希望により、俺と凜はゲームセンターに向かうことにした。俺としては凜と行く場所ならどこへだって楽しめると思うのだが、せっかく凜がゲームセンターと決めてくれたので今日はそれに乗っかることにしよう。

 向かったのは少し外れにあるが規模は大きめのゲームセンター。そこではメダルゲームはもちろん、リズムゲーム、プリクラ、ユーフォーキャッチャーなどあらゆるゲームがそろっている。


「空くんが得意なゲームって何?」

「ん~、リズムゲームとかかな。リズムに合わせてどこどこ叩くだけだし」

「勝負しましょ!」

「罰ゲームは......?」

「言葉で相手をドキッとさせる、もしくはハグ」


 マジか。

 する方もされる方も結局は同じ状況におかれるということで、他人からみればバカップルもいいところのような気がする。


 だが。今なら言える。


 言いたい人には言わせておけばいいのだ、と。

 どうせその人はそういうことができる相手がいないから妬んで俺や凜を狙うのだ。ならば逆に寛大な心で見せつけてあげることで存分に分からせてあげればいいのだ。


「空くん大丈夫? 何か変なことを考えているような顔だったけど」

「そんな顔はしていない」


 俺はそう言いながら、百円玉四枚を機器に投入する。一プレイ二百円は高いような気がするが、まぁ仕方がない。


「最初はノーマルかイージーぐらいで感覚を掴んだらどうだ?」

「別にできるもん。それに空くんと一緒の難易度じゃないと勝負にならないし」

「三曲あるからそのうちの最後の曲だけでいいかなと思ってたんだけど、三回とも勝負するのか......」

「三回勝負ってことね!」


 凜はどうにも勝負師の血が入っているというか、負けず嫌いというか。

 だが驚くべきは凜の吸収力だろう。


 面をたたく場合とふちをたたく場合、など基本的なことは教えたがその他のテクニックは教えていない。にもかかわらず彼女はそれを曲中で自然に出している。天賦の才能か、それとも俺の技術を盗み見てコピーしたのか。

 そのどちらにしても凄腕技術には変わりない。


 それに見とれていた、と言い訳をする気はないが、完全な初心者にも関わらず凜に一杯食わされたのは自分でも驚いた。二勝一敗でぎりぎり俺の勝ちだ。


「むぅ。最後の曲はひどくない? 最後に早くなるなんて聞いてないよ」

「早くなったんじゃなくて叩く量が増えただけだよ。重なっているところが多かったから一度ずれるとどんどんずれて行ってしまうんだよ」

「何でそれを知ってて最後にその曲を......。もしかして」


 そう、俺だって負けたくないのだ。得意なゲームなら尚更。


「空くんは彼女にも手を抜いてくれない人なんだね」

「おいちょっと待て、凜は手を抜くと怒るだろ?」

「まあね」

「だったらその返しは少々せこくはありませんかねぇ?」

「せこいのが女の子だよ」


 そう逃げられるとどうやって捕まえればいいのかがわからない。俺がぐうの音も出ずに黙っているのを見て、凜がくすくすと笑った。

 そして突然、彼女は俺の手を引いて歩き出した。


「記念写真撮る」

「さいですか」

「照れた顔写真に収められるのと、可愛い彼女にぎゅーされている写真収めるのどっちがいい?」


 プリクラに入るとてきぱきと設定を終わらせてあっという間に撮影まできてしまった。

 プリクラの簡易的な個室感は凜の積極性を開化させてしまったらしい。二人きりでいるような究極の二択を突き付けられて俺はすぐには答えられなかった。

 プリクラの音声で秒数のカウントが俺をさらに追い込んでくる。


「罰ゲームだからどっちも撮ろうかな!」

「えぇ?!」

「まず一枚目!」


 そういうと凜は俺にぎゅっと抱き着いてきた。びくっと身体が跳ねるがこれはどうしようもない。フラッシュがたかれ、一枚目は終わったらしい。


「ねぇ空くん」

「......?」

「ちょっとかがんで」


 そうして収められた二枚目の写真には、凜が頬を赤くさせながら俺の頬にキスをし、俺がそれに気づいて照れた瞬間が見事に撮影されていた。

 これは人に見せられるものじゃないな、と思いながら約束したので財布の奥の方へ押し込んでおいた。

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