第85話「アルバム」

 俺が風呂から上がると何やら居間の方からきゃっきゃと楽しそうな声が聞こえてくる。俺抜きで何を楽しそうに遊んでいるのやら、と思いながら向かう。


「何を楽しそうに......」


 俺の言葉は最後まで続かなかった。それはそのはず、凜と父さんの間にはたくさんの数のアルバムが散乱していたからだ。もちろん、その散乱具合に驚いて声を失ったわけではない。俺の幼少期や、思春期、などの要は黒歴史がたくさんちりばめられたノートを見られているような羞恥心が込み上げてきた。


「あ、空くんお風呂から上がったんだね。後で私も入ろうかな」

「凜ちゃんがお風呂に入るまではここにいようか。そのあと私は仕事に出かけてくるよ」

「じゃあもうちょっとアルバム見よー!!」


 いつの間にそんなに仲良くなったのやら。父さんがこういう性格なのであり得る話なのかもしれないが、それにしても早すぎる。

 父さんが仕事に行くのかお姉ちゃんと飲みに行くのかはこの際どうでもいいとして、俺は凜が見ているアルバムを覗き込む。


「......懐かしいな」

「え、覚えてるの?」

「何となく、だけど。......何の顔だよ」


 凜が頬をむっくりと膨らませて怒っていますよアピールをしてくる。何がそんなに気に食わないのか、俺はクエスチョンマークを頭に三つほど浮かべて考えてみるが、どうしても答えが出てこない。

 それを表情で察した凜が俺の太ももをぺちんとはたきながら、


「私との出会いはあんまり覚えていなかったのに」


 と何とも返せない答えが返ってきた。

 気まずい、と思いながら凜をちらっと見ると、視線が合った。彼女はくすっと笑って、その雰囲気を鎮める。そしてとどめの一言を繰り出した。


「空くんっていつもお母さんと一緒にいたんだね」

「ぐはっ」


 確かに残っている写真は母さんと一緒に映っている写真が多い。俺の記憶の中でも元気に一人で遊びに行っていたわんぱく少年というよりは人に手を引かれてついていく寡黙な少年だったような記憶がある。

 それに母さんはことあるごとに俺を抱きかかえたり、膝にのせたりして写真を撮ることが好きだったからそれも相まってそういう写真しかないのだろう。

 と、心の中ではいくらでも言葉を述べることができるのに、いざ口に出そうとするととても言い訳がましく聞こえるような気がして黙ってしまう。


「......仲良しだったからな。父さんに内緒でいろんな約束したし」


 父さんがピクリと反応する。どうやら本当に母さんはいろいろと俺にだけ話してくれていたようだ。

 凜が父さんの反応に驚いたことで注目の的にされた父さんは大きく咳払いをした後、凜に話を振った。


「凜ちゃんはどうだったのかな? お父さんかお母さんとどこかに出かけた、とか」

「そうですね、ママとはお買い物に行ったり、ご飯を食べに行ったりしてますけどパパはもういないもののように扱われてますね」


 何それ、パパ可哀そう。


「だって面倒なんだもん。勉強はしたのか、とか新しい服は欲しくないのか、とか恩着せがましいし鬱陶しいし......。あと学歴とか資格主義だし」

「聞く限りだと凜と仲良くなりたいようにしか見えない」


 俺の父さんがさきほどから凜のパパはもういないもの扱いという発言で痛く心を痛めたらしく、胸に手を当てて深呼吸を繰り返している。

 どうしたぱぱん。俺も給料入れてくれなくなったらいないものとして扱うからな。


 娘だとどうしても父は関わり方が分からなくなってしまうのだろう。俺はもちろん、父さんも娘を持ったことはないので細かいことはわからないが、自分に置き換えたときに感じるであろう疎外感はいたく共感できる気がする。


「凜が父さんに会いに来たみたいに俺も会いに行かないといけないよなぁ」

「えぇ、あんまりおすすめはしない」

「えらくきっぱり言うな」

「空くんに突っかかる未来しか見えないからせめてパパのいないときにしよ? ママとなら空くんの思う挨拶ができると思うから」


 そうはいっても父と母がどちらも存命なのならばどちらにも挨拶するのが道理というものではないだろうか。俺の場合は母が亡くなっているので仕方がないが、いくら面倒だとは言え、これから義理の父親になるかもしれないのだからそこはしっかりとするべきなのでは。

 凜はやれやれとため息をこぼす。おそらくは俺の考えていることが知られたのだろう。


「父はもう頑張れとしか言いようがないので、仕事に行ってくるよ」

「行ってらっしゃい。帰ってくるときには事前に連絡ちょうだい。じゃないと料理も作れないからな」


 今後は凜もいるのだから、という意味を込めて父さんに話す。父さんはわかっているのかわかっていないのかよくわからないが曖昧な返事をして玄関へと向かっていった。


「付き合ってからだと二人きりで一緒に寝るのは初めてだね」

「まぁな、とりあえずお風呂に入ってきんさい。髪乾かすのはやってあげるから」

「きょ、今日は自分でするからいい」


 何だか振られたような気分がして少しショック。だが自分でするというのだからあまりしつようにしても迷惑だろう。

 俺は風呂に行く凜を見送りながら散らばったアルバムを片づける。時折、懐かしい母の顔を見ながら。

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