第5章「アフターストーリー」

第81話「本物」

「え? もう一回言ってくれないか?」

「だから、私たちは正式にお付き合いを始めたからお義父さんにこれまで騙していたことをごめんなさいして付き合うことを認めてもらいに行こって言ったの」


 俺の父さんはきっと偽の関係でも何でもいいから俺に彼女ができることを喜んでいるはずなので、正直に話したとしても騙されているとは思わないだろうし、そこまで気にする必要はないと思うのだが。

 しかし、凜は心の中で完全に決めているらしく、俺が何を言ったところで聞く耳を持つことはないだろう。


 父さんも凜と会って話すことに関しては喜びそうなので別にいいのだが......。そこまで気を張っていては疲れないのかと少々心配してしまう。

 俺が告白、いやお互いに思いを伝えあってから数日が経過した。その間に俺は一人でカラオケに行って歌もろくに歌わずに叫んだり喚いたり、途中で正気に戻ったかと思えばにやにやしたりと、まぁ人様に見せられないようなことをしていたこともあったわけだが、凜は俺からすると特段変わった様子は見受けられない。ただ時々、ちくちく言葉が降ってくることはある。


「もっと早く空くんが告白してくれたらお義父さんともより仲良くなれていたのになぁ」


 こんな風に。


「もう十分仲がいいだろ。これ以上仲良くなられると父さんの方に気があるんじゃないかって思ってしまいそうになる」

「空くんがデレた! かっわいい~」

「ちゃ、茶化すんじゃない!」


 そういうやりとりもできるようになったことを喜ぶべきなのか、それとも前以上にからかわれるようになったことを恨むべきなのか。コミュニケーションの一環、スキンシップの一つだってことは重々承知しているが、俺の正直な気持ちをからかわれると胸がきゅっとなるのでほどほどにしてほしい。


「お義父さんはいつなら帰ってこれそう?」

「完全に不定期だから電話して聞いてみないことには何とも」


 でも凜が会いたいそうだといえばすぐに時間は作ってくれると思う、という言葉は吞み込んだ。

 これがちょっとした男のプライドなのかもしれない。いや、ただの小さい嫉妬だな。


「じゃあ聞いてみてよ。その日は私お泊りするね」

「......ここは学校だからお泊りとかそういうことは大きな声で言わない方が」

「だって私と空くんは付き合ってるんだよ?」

「うん? うん、そうだね。......でも何が「だって」?」

「それなら私と空くんが何をしたって別に何でもいいでしょ? それに空くんは私とキスどころかハグだってしてくれないのに」

「しーっ!! 今すぐその口をチャックしなさい! そういう悪ふざけはほどほどに!! おいこっち見てんじゃねぇ」


 興味本位で聞き耳を立てている人や、凜の衝撃とも取れる一言に探求心がうずいた人たちが俺の方を見てくるが俺はしっしと追い払うようにジェスチャーを交えつつ電話を耳に当てる。

 本当に付き合うことになって、今までのひっそりとした態度はやめて堂々としようと決めたのはよかったが、ことあるごとに目立っているような気がして俺は決意したことを半分後悔しかけていた。


『もしもし? 今は学校ではないのかい? どうした?』

「いや、凜がもう一度改めてあいさつしたいらしくてさ......。いつなら帰ってこれ」

『そういうことなら今日にでも帰ろう! 何の挨拶なのかは少し気になるけど、今日の夜までのお楽しみとして......そうだ、凜ちゃんに今夜は何が食べたいのかを聞いておきなさい』

「......でも作るのは父さんじゃなくて俺だよね」

『......詳しいことは今日の夜にでも窺うよ。では』


 あの人最後、完全に無視して切りやがったぞ。

 ただ言葉の端々から何となく父さんは凜と俺が言っている挨拶の意味を察しているような気がする。そういういろいろと察するスキルが日本人の中でも高いほうな父さんは頼りになるが時としてたまに筒抜けでしんどい時もある。


「何て言ってた?」

「今日の夜帰るってさ。それに凜に食べたいものを聞いておけ、とも言われた」

「私が食べたいのは空くんの手料理かな」

「いつもと変わらない気がするけど」

「そうだよ。でもいつもと変わらない食事の方がぐっと力をもらえるような気がするから」


 凜が力こぶを作ってにこりと微笑む。その言葉と表情にうそはなく、俺程度の料理をそんなに好んでくれるのは冥利に尽きる。


「父さんにあいさつするのはいいけど、本当は俺の方が凜の両親にあいさつするべきだよな」


 俺の何気なく呟いた一言に凜がぴたりと制止した。それはもう彼女だけ時間が止まってしまったかのようにぴたりと一ミリも動かない。

 手を振っても動かないので仕方なく、手をにぎにぎして遊んでいると、


「そ、そそれは今度ね。......ていうかまだお付き合いしてるだけだから親にあいさつなんていらな......あっ」

「それを言ってはいけなかったな。完全なブーメランってやつだ」

「こ、今度会わせてあげるから、ね? 今回は空くんのお父さんだけにしておきましょう?」


 凜の家庭にも事情がある。それは当然理解しているつもりなのだが、どうにも何か隠し事をしているような気がする。

 まぁいいか。いずれ紹介してくれるというのならその時をじっくりと待とう。俺と凜は本物のカップルなのだから。

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