第80話「告白」

 一瞬で静寂が訪れた。幾重にも考えてきた場面であるが実際に体感するのは全然感覚が違う。早く次の言葉を出そうと思うのに、凜の表情が辛いものに変わって行って俺は矢継ぎ早に言葉を紡ぐことができなかった。


「......そう。わかった。きっとそういわれるんじゃないかって心の中で考えてた。だって今日の空くんは何か特別決意が固そうだったから」

「凜......」

「みんなにも悪いもんね。ずっと騙したままなんて神様が許してくれるはずないし。......あれ、なんだろ」


 凜の瞳から零れ落ちる一筋の涙。それが引き金となって、とめどなく涙がこぼれていく。俺は彼女がそれを指で拭っているのをただ見ていることしかできなかった。

 女の子を泣かしてしまった。その現実が俺を蝕む。


 ここで泣かせるつもりはなかった。ただある程度のショックは受けるだろうとは思っていた。そしてそのタイミングで俺が告白をすれば成功率は多少なりとも上がるのではないか、と少しゲスい考えを持っていたのだが、これは告白どころではないかもしれない。


「あ、あの。......えっと」

「気にしないで。勝手に出てきてるだけ。空くんは空くんの道を歩めばいい。どこまでも夢に向かって突き進んでほしい」


 凜はそういうと俺に背を向けた。


「今まで楽しかったよ。ありがと」


 そういって凜は駆けだそうとした。だが俺がそれを察して、凜が後ろに出していた腕の手首を握った。


「ちょっと待ってくれ!! 俺の話を最後まで聞いてくれ」

「いやっ! これ以上私は惨めな思いをしたくないの。もう放っておいて!」

「運命だったんだ!」


 俺の突拍子もない言葉に凜はぴたりと止まる。

 俺はチャンスとばかりに続けた。


「俺はあのときにペンを貸した。そして高校二年生になってその人と再会することができた。ドレイク方程式とかいう難しい人の考えた方程式を運命の人に会える確率に当てはめた考えがある。その確率は0.0000034%だって」

「......ほとんど0、というよりもう0じゃない」

「そうだね。けど俺はその数字を信じてみてもいいと思ってる。だってこうして俺は高校受験の時に一目惚れして気になった人ともう一度再会することができたんだから」

「......え?」


 凜が驚きの声をあげて、走り出しだしそうな状態から直立の態勢へと変わった。

 俺の話を少しは聞いてくれるらしい。だがぱっと逃げ出されると怖いので凜の手首は掴んだままだ。

 凜も強くは掴んでいないので痛くはないようだ。


「俺自身は受かると思っていなかったし、凜はあの時と今で全然雰囲気が変わっているから俺はほとんど諦めていたんだよ。初恋は酸っぱいっていうしな。俺の場合はその速度が異常だったわけだが」

「......私も初恋だった」

「......はい?」

「見ず知らずの私に親切にしてくれたし、何より言葉遣いは悪かったけどその端々から優しい人だってことはわかったから」


 ストレートな言葉に俺はぐっと胸が締め付けられるような感じがした。だがここでふと気になることができた。


「凜が今まで言ってた初恋の人って」

「空くんだよ」


 やっぱりそうなるのか。途中からもしやと思いつつも違ったら恥ずかしいことこの上ないので努めて考えないようにしていたのだが、まさか俺が初恋の人だったとは。


「......そう言うサラッとかっこよくいうのは俺がしたかったんだけどなぁ」

「なら空くんもバシッといってもいいよ」


 俺が手を離すと凜はくるりと俺の方を向いた。

 逃げられない絶対の自信があったからだが、ここまで期待されるのもやりづらい。


 普通の告白ならば相手が何を言うかを分かってできることなど万に一つもありはしない。だが俺と凜はどうやら普通ではないらしい。今まで人様をだましていたからその罰でもあたっているのだろうか。果たしてこれが罰といえるのかどうかだが。

 にやにやしている凜を見ると罰な気がする。


 俺は深呼吸をして、まっすぐ凜を見つめた。


「高校受験の時に一目惚れしました。......あの時とは雰囲気も話し方も、もしかしたら性格も違うのかもしれないけど、俺はあなたのことが好きです。俺の隣にずっといて欲しい。......よければ契約に基づく偽彼氏とかじゃなくて本当の意味で俺と付き合ってください」


 俺は腰を曲げて手を差し出した。怖くて目を開けることができない。心臓の音がうるさい。汗もすごい。手を握ってほしいのに手汗が尋常ではないので握ってほしくない気もする。

 吐きそうなほど緊張しているのを実感する。もしかして俺ではだめだったのかと不安になってくる。

 そう思った瞬間に俺の手が握られた。


「私でよければ喜んで。......私も空くんのことが大好きだよ、ずっと一緒にいたいぐらいに」


 俺は嬉しくなってぱっと顔をあげた。そこには先ほどと同じように涙を流している凜の姿があった。だがその表情はいつになく幸せそうだった。俺も嬉しかった。

 腕を広げて、凜を思いきり抱き締める。

 凜も俺に包まれたあと、俺を抱きしめる。


「初恋は甘かった」

「俺は二度楽しんだ感じかな」

「酸っぱくて甘いの?」

「そう。甘酸っぱいってやつ」

「その分私をずっと弄んでいたことと一緒なんだからね?」

「......ごめんなさい」


 凜はひとつ嘆息すると俺の肩に身体を預けてきた。そして耳元でささやいてくる。


「ずっと離さない。だからずっとそばにいて」

「あぁ。約束するよ」


 普通の告白ではなく、思いのたけは凜に先に言われてしまうし、告白の前に泣かせてしまうしと大変だったが、無事に俺の一世一代の告白は成功した。


                 終わり

           (アフターストーリーへと続く)

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