第79話「放課後」

 午後、俺はこの後のことを考えてしまい結局、凜とうまく話すことができなかった。凜も俺が何かを言いたいがために一生懸命考えていることを汲み取ってくれたらしく怒られることはなかったが申し訳ないと思わずにはいられなかった。


 そして時間は無情なもので早く過ぎろと願うときに限って遅く進み、もっとゆっくりになってくれと思うと、すぐに潤沢にあった時間という財産はなくなってしまう。


 だが凜が俺の様子を見てあえて話しかけてこなかったのでよくよく考えることができた。ここからはしっかりとできるはずだ。いやするしかない。

 俺が一世一代の告白をするのだから、結果はどうあれ準備は万全で力は全力で立ちはだかる壁は突き破る勢いで臨む必要がある。


「それで、話って何かな?」

「あ、あぁ。まずは俺のメールを読んできてくれてありがとう」


 俺がぺこりと頭を下げる。腰から折って綺麗な礼を見せつける。凜はいつもとは違う俺の対応に驚いたような声をあげた。だが顔をあげた俺がふざけた様子ではなく真剣な面持ちなのを見てこれは決して何かの茶番だというわけではないと気づいたようだ。


「もうそろそろ一学期も終わる。だからそろそろ契約の確認をする必要があるかなと思って」

「......契約」


 凜から警戒心のこもった声が漏れる。

 この一学期の間、俺がこの契約のことを忘れた日はない。それだけ凜と関わる日が多くなったというのも理由のひとつではあるが、自分を律するためにことあるごとに頭の中で繰り返し言ってきた。


 俺と凜はお互いにメリットがあると思ったのでここに契約をする。

 曰く、凜は俺を偽の彼氏として擁立することで告白の回数を減らす、もしくは告白を受けないようにする。俺は......忘れた。

 いつの日か俺は凜のことを願って、この契約に基づいて実行してきた。

 そこに俺の願望やメリットなどはいつの間にかなくなっていた。


「空くんからそういうことを言うのは珍しいね」

「そうか? 大事なことだからかな」


 凜から警戒の色が抜けない。


「それで? 契約の更新はどうするの? 確か、空くんの同意があれば更新って形だったような気がするけど」

「告白の具合はどう? 減ったか?」

「ちょっとは減ったかな。本気の人はいなくなったような感じ。けど罰ゲームで告白しないといけなくなった人とかが来たときはしんどかったなぁ」


 俺が知らない間にそんなことがあったのか。

 そういう背景がある告白はされる方もする方も気持ちのいいものではない。まして断るのならなおさらだ。

 俺はそこにいなかったことに対して悔しく思った。凜がそこに俺を同席させてくれるとは思っていないが、すべてが終わった今になって知りたくはなかった。


「気づいてやれなくてごめんな」

「いいよ、私も言わないようにしてたし」


 俺がもしも凜の立場だったらきっと同じようにしただろう。けれど凜が俺の立場だったら言って欲しいと思ったのではないだろうか」

 というか。


「隠し事あるじゃないか」

「バレた! 隠し事は隠すから隠し事っていうの。あと謎がある方が女は輝くのよ」


 ふじこちゃんみたいな発言だな。

 このまま楽しく談義を続けたいところだが、助走がこれでは本番にうまく飛べない。コホンと一つ咳ばらいをして場の雰囲気をフラットにした俺は少々強引だが一つの話を始めた。


「俺は前々からずっと考えていたことがある。俺が高校受験の時にペンを貸した女の子がいたっていう話はしたよな? そしてよくよく思い返してみればそのペンを返してもらった記憶がないんだよ。まぁその時は返してもらおうとすら思っていなかったし、人助けしたっていう程度の認識でしかなかったから仕方がないといえば仕方がないんだが......。まぁ、何が言いたいかっていうとそのペンは今、もしかすると凜の持っているペンじゃないのかって思ってるんだ」

「......でも高校受験の時に私と会った記憶はないのでしょう?」

「俺の夢の話だから根拠は薄いんだが、俺と凜は恐らく会ってる。俺がペンを貸した少女は吉川っていう苗字だった気がするんだ」


 俺は少し早口になりながらまくし立てた。あっているのかあっていないのかはもうどうでもよく、ただ俺の思ったことだけをずばずばと伝えていく。最後に全然違うと笑われても構わない。そういう思いが俺の背中を強く推してくれた。

 凜はポケットから何かを取り出した。よくみるとそれはほとんど塗装が剥げてしまったペンだった。

 やはり女の子が持つにしては少しいかつい。


「......無事に合格してたんだな」

「空くんのおかげだよ。私は空くんと話していなかったらこの高校は受かっていなかったし、人生も諦めていたと思う。女の子らしくしようなんて思わなかったし、今まで馬鹿にしてきた奴を見返してやろうなんて思わなかった」

「そういう理由で今に至るのか......」


 その並外れた努力が彼女を突き動かしたのだろう。

 ならば俺も答える義務がある。今のぬるま湯を抜け出して新しい一歩を踏み出すために。最初は傷つけるかもしれない。けど話せばきっとわかってくれる。

 そんな気がする。


「凜」

「はい」

「落ち着いて聞いてくれ。......俺は今回、契約の更新をするつもりはない」


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