第78話「昼休み」
「ねぇ空くん、購買に行かない?」
「購買? 珍しいな、凜が弁当を持ってきてないなんて。......なら一緒に行くか」
俺は持ってきていた弁当をそっとカバンの中に隠しながら席を立った。持ってきていた弁当は今日の晩御飯にでもしようと決める。これが自炊している人の利点といえるところだろうか。
忘れてきたにしては切羽詰まったような感じがなく逆に購買に行くことを楽しみにしている様子の凜を見ていると、もしかすると購買に食べたいものでもあるのかもしれないと思う。
俺もたまには購買で済まそうと思うときはある。だが、同じようなことを考える人が多いのか、購買はいつも並ぶ必要がある。高校生の昼休みは充分とは言い難く、あっという間に過ぎ去ってしまうちっぽけな時間である。そこを並ぶことに費やせるほど俺は自分の時間を潤沢に使うつもりはない。
だがそれはあくまでも一人で並ぶ時の場合だ。
会話できる人と一緒に並ぶのならばまた話は変わってくる。なぜならその並ぶ時が仲を縮めるチャンスにもなるからだ。無言を嫌うのでどうしても何か話そうとする。そうすると自然と仲が良くなるという計画だ。
まぁ凜とこれ以上仲を深める必要はないと思えるぐらいには俺は親密だと感じているのだが。
「何か買いたいものでもあるのか?」
「最近新発売したらしいシフォンケーキが美味しいって噂になってて、私も食べたいなぁ」
「チャイムが鳴ってすぐに並んだから買えるんじゃないのか?」
俺の言葉に凜はゆっくりと首を横に振る。
「空くん忘れてない? 購買は三限が終わったときから空いてるんだよ? 頭のいい人たちはその空いた三限と四限の間に買いに来るの」
「......それがわかっててどうしてこの時間に凜は買いに来てるんだ?」
「その時は......忙しかったから」
「俺としりとりしてただけだよね?!」
あの後、また変な雰囲気になりかけたが流石に二の舞は踏まない男なので、至って冷静にただの付け忘れだということにして特に言及することもなく再開した。よくあることだよな、とフォローも入れつつ再開したのだが、そんなわけあるかとばかりに脇腹をつつかれたがいまだに解せない。
凜は困ったような表情を見せた後、首を傾げた。
「空くんと過ごす時間が楽しかったから」
斜め上を見上げているそのアングルは男としてとてもくるものがあったし、全俺が採点札を満点表記で掲げていたが全身の理性で平静を装う。俺程度のポーカーフェイスで彼女が騙されてくれるのがありがたい。
「まぁ熱中してたもんな。不正もたくさんされたような気がするけど」
「してませーん。空くんがたまたま私の答えに声を出したり、笑ったりしてただけです」
「絵心あるのせこいな」
「それをいうなら空くんの絵は何を書いてるのかわからないから読み取るのは大変だし、笑っちゃいそうになるからおあいこね」
「そうなのかなぁ......」
俺の絵心が酷すぎるのはもう諦めているので何とも思うことはないのだが、凜の絵は意図的に俺を笑わせようとしたり、驚かそうとしたり、と俺の感情を揺さぶるようなものばかりだった気がする。
天然か意図的か。意図的な方が悪い気がするけどなぁ。
「空くんも何か買うの?」
「まぁな。お腹すいたし」
「お弁当持ってきてたのに?」
「......バレてたのか。まぁ別に隠したかったわけじゃないんだが。......あの弁当は帰ってから夜ご飯として食べるよ。昼食はせっかく凜が誘ってくれたから購買にしてみようかな」
「購買の虜にされなきゃいいけどね」
俺は凜に見られていたことを知って少し悔いた。言葉として凜に言ったように隠すことでもないのだが、なぜか隠してしまったし、気を使わせてしまったような気がしたから。
だが俺が弁当を持ってきたのを知っていてどうして購買に行かないかと誘ってきたのだろうか。当たり前だが凜は俺ではないので友達もたくさんいるし、それこそ一言話しかければほとんどの人間が泣いて喜ぶだろう。だから同じように購買で昼食を済ませようとしている人に話しかければよかったのに、と思ってしまうのは俺の考えが足りないだろうか。
「虜?」
「そうそう。結構おいしくてハマるの。空くんにもシフォンケーキ少し上げるね。あ、そうだ! あ~ん、とかしてあげようか?」
「ば、ばか言え! そんな恥ずかしいこと人前でできるか! ......もし本当に付き合ったらありかもしれないけど」
「何か言った?」
「別に」
「何か隠してる時の言い方だけど?」
「本当に何もない」
こんな言葉もう一度言うのさえ恥ずかしい。
「私は空くんに何も隠し事はしてないんだけどなぁ」
「......俺と一緒に隠し事をしているくせに」
俺に対してしていなくても全世界の人間に対しては平然とうそをつき続けているのにそういう純情なアピールはやめてください。
それに今日は何かと積極的というか、アピールが激しいような気がする。
午後も乗り切れるかな......。俺は迫りくる運命の瞬間を考えながら購買デビューをした。
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